目当てはリチウム資源、ポルトガル語で別名「ペトロレオ・ブランコ(白い石油)」だ
電気自動車(EV)の充電式バッテリー(電池)を動かすのに欠かせないリチウム。現在、リチウムの安定調達をめぐって激しい競争が繰り広げられている。欧州連合(EU)が厳しい排ガス規制を導入しようとしているなか、リチウム版ゴールドラッシュが起き、大規模な環境破壊リスクが高まっている。
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「白い石油」の呪い

電気自動車の汚れた秘密

電気自動車(EV)の充電式バッテリー(電池)を動かすのに欠かせないリチウム。現在、リチウムの安定調達をめぐって激しい競争が繰り広げられている。欧州連合(EU)が厳しい排ガス規制を導入しようとしているなか、「リチウム版ゴールドラッシュ」が起き、大規模な環境破壊リスクが高まっている。

(文・取材 オリバー・バルチ)

ポルトガルの「白い石油」に熱い視線

 新しい鉱山が地元コミュニティーで話題になる前から、ジョアン・カソーテ(44)は退屈な生活を変えたいと考えていた。ポルトガル北部の丘陵地帯で畜産農家として生計を立てていた。幼なじみの中で仕事を求めて海外へ行かなかったのは自分1人だけだ。

 そんなわけで、2017年にトラス・オス・モンテス地方で英鉱山会社サバンナ・リソーシズがリチウム鉱床の探査を行っていると聞いたとき、ピンときた。銀行から20万ユーロ(約2500万円)を借り入れ、ジョンディア製トラクターやブルドーザー、移動式貯水タンクを購入した。

 サバンナはカソーテの畜産農場周辺へ探査チームを派遣し、すでに何カ月にもわたって地質調査を行っていた。当初の推定では、リチウム――銀白色のアルカリ金属――の埋蔵量は28万トンに達し、10年間にわたるリチウム生産が可能だった。

 カソーテはサバンナの地元事務所に「仕事はないか?」と打診したところ、うまい具合に試掘現場への給水業務を委託された。その後はスピーディーに投資元本を回収できた。1年足らずで畜産農家としての年収の56倍を稼いだのである。

 サバンナをはじめ内外の鉱山会社がポルトガル北部・中部に熱い視線を注いでいる。目当てはリチウム資源、ポルトガル語で別名「ペトロレオ・ブランコ(白い石油)」だ。

 なぜリチウムなのか。EVの普及で特需が生まれているからだ。EVがめったに走っていないポルトガル北部・中部には、EV用の充電式バッテリーに不可欠のリチウムが豊富に埋蔵されている。そのためリチウム版ゴールドラッシュが起きている。

 リチウムは塩湖に溶け込んでいるだけでなく、鉱山に鉱物の形で埋蔵されている。密度が最も低い金属であることから、軽くても多くのエネルギーを蓄えられ、バッテリーメーカーの間で人気が高い。

Photo/Getty Images

ローカーボン戦略のカギはリチウム

 輸送手段の電動化は、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の切り札と見なされている。ヨーロッパでは自動車はCO2排出量全体の12%を占めている。地球温暖化対策の国際的な取り組み「パリ協定」に従えば、各国は2030年までに乗用車の温室効果ガス排出量を3分の1以上(37.5%)削減しなければならない。

 EUはパリ協定以上に意欲的な目標を掲げ、同年までに排出量の55%削減を目指している。55%削減に向け、欧州委員会と加盟各国は何百万ユーロに上る補助金を出して、自動車オーナーに対してEVへのシフトを促している。一部の加盟国はさらに先を行き、近い将来にディーゼル車・ガソリン車の販売を全面禁止に踏み切る(ノルウェーは2025年に全面禁止の予定)。すべて計画通りに事が進めば、EU全体でEV保有台数は現在の200万台から2030年には4千万台へ急増する見通しだ。

 このようなローカーボン(低炭素)戦略のカギを握っているのがリチウムだ。リチウムを利用したリチウムイオン電池はグリッドスケール(電力網)蓄電池のほか、EVの動力源として使用されている(スマートフォンやノートパソコン用の電池としても広く普及している)。

 EUはリチウム調達の面で一つ問題を抱えている。現在、電池グレードのリチウムに限るとほぼ全量を輸入に頼っているのだ。しかも調達先は世界各地に散らばり、遠く離れている。

 そもそもリチウム産出国は限定されている。2019年に世界で産出されたリチウムを見ると、半分以上(55%)がオーストラリア産である。オーストラリアに次ぐ産出国はチリ(23%)、中国(10%)、アルゼンチン(8%)だ。

 EU域内ではオーストリアやセルビア、フィンランドなどでリチウム鉱床が発見されている。その中で最も大きな期待を集めているのがヨーロッパ最大といわれるポルトガルだ。ポルトガル政府は「白い石油」を外貨獲得戦略の要に位置付け、内外の鉱山会社を対象にリチウム採掘権の入札準備に入っている。

EU内でリチウム版ゴールドラッシュに拍車

 EUにとってリチウムの域内調達は大きな意味合いを持つ。物流の効率化や価格の引き下げに加えて、輸送に伴うCO2排出の削減につながるからだ。最大の利点は資源の安定調達だろう。新型コロナウイルスの感染拡大で世界的なサプライチェーンが打撃を受けているだけに、なおさらである。

 コロナ禍以前でもEU政策当局はリチウム調達を緊急課題と見なしていた。世界的に保護貿易主義の動きが広がり、米中貿易戦争が勃発していたためだ。最近では中国とオーストラリアの間でも貿易摩擦が激化している。米ロードアイランド州プロビデンス大学で教鞭を執る政治経済学者シーア・リオフランコスは「そこにコロナ禍が加わったことで、EU政策当局が抱える不安は百万倍になったのではないか」と推測する。

 EUがリチウムの安定調達体制の構築に乗り出したことで、リチウム版ゴールドラッシュに拍車が掛かっている。同時に環境問題がにわかにクローズアップされているものの、鉱山会社側は有利に立ち回っている。「EV=CO2排出削減」というロジックで環境政策を打ち出すEU政策当局を味方に付けているからだ。

「リチウム生産・消費の根底にあるビジネスモデルは大きな問題を内包しており、持続可能とは思えない」とリオフランコスは指摘する。「誰もがEVを保有する世界を想像してみてほしい。とんでもない規模でリチウムの採掘・製錬が行われ、大規模な環境汚染が起きるだろう」

 トラス・オス・モンテス地方の小村ムロでは、別の理由でカソーテも不安で仕方がない。2020年に入ってサバンナによる探査が終わったことで、仕事がなくなってしまったのだ。高価なトラクターやブルドーザーなどは使われないまま農場で待機状態になっている。

 サバンナは現在、ポルトガル政府からリチウム採掘許可が下りるのを待っている。許可を得られれば1900万ドルを投じて鉱山を開発する計画だ。美しい丘陵地帯にぽっかりと大きな傷口を開けるわけだ。カソーテは傷口には無関心で、一刻も早くブルドーザーを動かしたいと思っている。

Photo/Getty Images

辺境にヨガスタジオ付きリゾート施設

 誰もがカソーテと同じようにリチウム鉱山に夢中になっているわけではない。

 鉱山開発を警戒する一人がプロダンサーのマリオ・イナシオ(50)だ。30年間に及ぶアムステルダム生活を終え、6年前に母国ポルトガルに戻っている。当初大きな夢を抱いていた。どこかポルトガル辺境の町でヨガスタジオ付きのリゾート施設を開こう! 野鳥の鳴き声でゲストが目覚めるほど牧歌的な世界で新たなスタートを切るのだ!

 イナシオはパートナーのミルコ・プリンゼと共にポルトガル中部へ行き、内陸部で完璧な一画を見つけた。47エーカーに及ぶ農場跡地に一目ぼれし、「ファームハウスをリフォームすれば、想像していた通りの環境がすべて手に入る!」と大喜びした。曲がりくねったでこぼこ道を車で行きながら、早くも今後の計画を夢心地で思い描いた。ファームハウスを横に拡張する、複数の納屋を住居へ改修する、岩石をくりぬいて自然の池を造る――。ヨガスタジオ用に絶好なスポットもあった。遠くに広がる地表を見渡せる小高い丘である。

 6年に及ぶ準備期間が終わり、リゾート施設「キンタ・ダ・ルアノヴァ(新月農場)」はいつでもオープンできる状態になった。ところが、タイミング悪くコロナ禍が世界の観光業界を直撃。観光立国のポルトガルでも外国人旅行者の足が遠のき、キンタ・ダ・ルアノヴァは客室9部屋を埋められない状況に立たされている。イナシオが自分の全貯蓄を投じて手に入れたリゾート施設なのに……。

 実は、イナシオはコロナ禍以上に大きな不安を一つ抱えている。キンタ・ダ・ルアノヴァ1階の大きな窓から外に目をやり、広々とした草原を指さした。「ここがリチウム鉱山になるかもしれない。いつリチウム探査が始まってもおかしくないんだ」

水源枯渇、生息地破壊、化学汚染、騒音公害――

 過去数年、イナシオのように不安を覚える住民はポルトガル各地で増えている。有志による活動家グループが発足し、政府が進めるリチウム鉱山政策について警鐘を鳴らしている。情報不足から現状をなかなか把握できず、地方自治体の開発計画局に対して問い合わせもしている。

 だが、今のところなしのつぶて。イナシオは「担当者に伝えておく」と言われるだけで、その後どうなっているのかまったく知らされていない。

 そんななか、リチウム鉱床の探査現場がポルトガル各地で目撃されるようになっている。探査チームを率いているのはサバンナのほか、ポルトガルの鉱山会社ルーソ・レコルソスだ。活動家グループの一員が見つけ出した政府文書も話題になった。2016年にエネルギー省が国内リチウム資源についてまとめた技術評価文書だ。結局、政府は「何も最終決定していない」としつつ「内外の鉱山会社とリチウム開発について協議中」と認めた。

 20201月になって新たな展開が訪れた。ソーシャルメディアで出回った地図が活動家グループの不安を裏付けたのである。地図は地元のソフトウエア開発企業によって作成され、イナシオのような活動家の間でワッツアップやフェイスブックのオンライングループ経由で共有された。地図上ではポルトガル内陸部に点在するリチウム鉱床が幾何学模様のように描かれ、自然保護地区と隣接している状況が浮き彫りになっていた。

 リチウム鉱山に反対する抗議活動も地域レベルに加え、全国レベルでも散見されるようになっている。代表例は201912月に首都リスボンで行われたデモ行進だ。水源枯渇、生息地破壊、化学汚染、騒音公害――。乱開発に伴う環境面への懸念材料は枚挙にいとまがない。環境破壊が進めば観光産業も打撃を受ける。ポルトガル内陸部では観光産業は重要な位置を占めており、年間184億ユーロの売り上げを生み出している。

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