トランプ現象再考 待ったをかけられた「アメリカン・ドリーム」
トランプ就任後、移民への締め付けを強めるアメリカ。壁を越えて入ってくる人々。排除か受容か、揺れる姿を徹底取材。

1 メキシコ国境

駆け込み入国

 2017210日正午過ぎ。米カリフォルニア州ロサンゼルスのオフィスで、日課のニュースチェックの作業を終えた。いつもより早い。ドナルド・トランプ大統領に関する話題でロサンゼルスから報じる話が一段落したようで、少しホッとした。

 前日の9日、トランプが就任早々引き起こした「混乱」が、一時的ではあるが、決着をみたばかりだった。

 トランプは1月末、イスラム圏の一部の国からの入国を制限する大統領令を出した。「テロを起こす可能性のあるイスラム系住民の入国を認めない」という公約を実現しようとしたわけだが、そのせいで多数のイスラム系の人たちが入国審査の際に足止めを食らい、世界中の空港がパニックに陥った。

 この大統領令について、移民を多く抱える西部ワシントン州などが差し止めを求める裁判を起こし、連邦地方裁判所が差し止めを決定。9日には、サンフランシスコにある連邦控訴裁判所(日本の高等裁判所に相当)が1審を支持したのだ。

 しかし、これは、白人層を中心に「米国第一」(America First)の国づくりを目指すトランプによる「移民対策=非白人層の排除」の序章に過ぎないはずだ。

 これからトランプは、最大の公約である不法移民の徹底排除に本腰を入れるだろう。いずれにせよ、発言や行動を予測しづらいトランプに振り回される日々がしばらく続くのは、間違いない。

 トランプは大統領選期間中から、不法移民の排除を声高に訴えてきた。それだけに、大統領就任から3週間が過ぎた今、不法入国しようとする人はさすがに減ってきているのではないかと思っていた。

 ところが、現実はそうではないようだ。どうやら「駆け込み入国」する人が殺到しているらしい。

 確かに、トランプが大統領になったからといって、国境で入国を物理的に阻む巨大な壁が一夜にして完成したり、警備の兵士や警官らが国境を隙間なく埋め尽くしたりするわけではない。そう考えると、「トランプの不法移民対策が徹底されていない今のうちに、米国に入ってしまおう」と思う人がいるのは不思議ではない。

「では、トランプの就任後に不法入国した人に会いに行こう。その思いを聞いてみたい」

 米国人スタッフのサム・ヘクト(25)と手分けし、情報収集を始めた。その結果、南部テキサス州のメキシコ国境に近いマッカレンという町に、国境を不法に越えたばかりのヒスパニック系の人たちを受け入れている施設があるとわかった。

「こんなことをして、当局に目を付けられないのだろうか」。そんな疑問を抱きながら、サムとマッカレンに飛んだ。

あの質問

 マッカレンは、メキシコとの貿易拠点となる町のひとつだ。国境を越えたメキシコ側の町レイノサとその周辺に工場を建設し、賃金コストを抑えて製品をつくり、米国に輸入する米企業がいくつかオフィスを構えているという。空港近くのショッピングモールは、米国内でも有数の売上高を誇っているらしい。メキシコからの買い物客が多いからだ。ヒスパニック系移民の人口も少なくない。

 214日午後、マッカレン中心部に入った。平屋の建物が続く町並みは閑散としていた。教会が運営する移民支援施設「Humanitarian Respite Center」は、そんな町中に堂々と存在していた。施設は2014年から不法入国者に衣類や食事を提供し、滞在許可を得られるかどうかを相談できる弁護士を紹介している。

 施設に入る前に立ち止まり、「あの質問をここでもまたすることになるな」と自分に言い聞かせた。

「なぜ不法移民を守るのか」

 移民を巡る取材の際に必ず尋ねるが、「なるほど」と自分を納得させられる答えを得られたことはない。

 マッカレンに来る前も、ロサンゼルスのオフィスで、サムと、もう1人の米国人スタッフ、キオ・ランス(36)に、この質問をしてきた。2人とも、何のためらいもなく言った。「困っているからでしょう」

 それはそうだ。だけど、許可なく入国するのはどの国でも不法行為だ。不法入国者を助けることは、不法行為に加担していることになるのではないか。何らかの罪を犯した人を、その罪を知っていながらかくまったり、逃走を手助けしたりするようなものではないのだろうか──。

 そんな考えを口に出すと、キオはこう言った。「彼らはそうするしかないから、来ているわけでしょう。米国に助けを求めているのよ」

 それもわかる。貧困や暴力など様々な理由があるのだろう。それでも、法律に違反した人を助けるという行為は、人道的には理解されても、社会のしくみとしてそれが当然だと受け止められてはいけないのではないかという気がするのだ。

 では、見捨てるのか。それとも、当局に通報するのか。そうすれば、彼らは拘束され、強制送還されるだろう。それはまさに、トランプが望んでいることではないか。では、トランプと自分は考えが同じなのか。そんなつもりはない。では、どう違うのか。説明できる言葉が見つからない。なんともすっきりしない。その繰り返しだ。

 ただ、簡単に答えが見つかるのであれば、移民を巡る問題がこれほど取りざたされることはないのだろうし、トランプが重要政策に掲げることもないのだろう。とにかく、様々な立場の人たちに話を聞いて、考えを深めていくしかない。そのうちに、見方が固まってくると信じたい。

ようこそ、米国へ

「Humanitarian Respite Center」のドアを開け、中に入った。

 床には古着やおもちゃが積み上げられ、そのそばで数人がせっけんやお菓子を袋詰めにしていた。忙しそうに動き回っている人たちの表情はにこやかで、まるで幼稚園や小学校のバザーのようだ。不法移民を受け入れているというから、カーテンを閉じた暗い部屋で息を潜めているような状況を想像していたが、そんな重苦しさはじんもなかった。

 施設を手伝うボランティアの1人でメキシコ系米国人のアルマ・レベス(66)に声をかけると、満面の笑みを浮かべて言った。「もうすぐお客さんがいっぱい来るわよ。にぎやかになるわ」。どうやら新たに不法入国した人たちが到着するようだ。絶妙のタイミングで訪れることができた。

 辺りを見回すと、隅で高校生ぐらいの少年が1人、ポツンとイスに座っていた。「彼はグアテマラ人。不法入国した後に収容所に入り、昨日ここに来たのよ。もうすぐ米国内の親族の家に行くみたいね」とアルマが説明した。アルマにスペイン語の通訳をお願いし、話を聞くことにした。

18歳。名前は言いたくない」。表情は硬い。拒絶の意志を強く感じた。それでもアルマがスペイン語であれこれ問いかけると、ボソボソと語り始めた。中米グアテマラからメキシコを経てマッカレンまで、なんと1人で来たという。「グアテマラでは、『米国に入ったら、わざと警察に捕まれ』と言われたので、そうした。収容所に入れられたけど、米国に親族がいると説明したら、解放された。予想通りだった。この施設で、今後についてのアドバイスを受けた。もうすぐバスに乗る」

 少年は表情を変えず、淡々と語った。米国へ不法入国した理由は、「より良い生活を得るため」と端的に答えた。母国での暮らしはどのようなものだったのだろう。もっと聞きたかったが、少年はそれ以上、話さなかった。1人で不法入国しなければならなかった少年の運命の過酷さを思った。最後に、「アメリカで幸せになって」と声をかけた。少年は硬い表情を崩さず、「ありがとう」と英語で言い、席を立った。

 少年が去った後、アルマが大声で言った。「バスが到着しましたよ。今からみなさん、入ってきます!」ドアのそばで花道をつくっていたボランティアら15人は、ドアが開いた瞬間、一斉に声を上げた。

「ようこそ、米国へ!」

 ヒスパニック系の男女が一列にゆっくりと中に入ってきた。フロアを不思議そうに見回している。子供からお年寄りまで、年代は様々だ。家族連れがほとんどだが、独りの人もいた。突然の「祝福」に戸惑いながらも、用意されたイスに次々と座っていく。何もわからない子供たちは大はしゃぎで、お菓子やおもちゃのそばに集まっていた。総勢15人ほどだ。みな軽装で、冬なのにTシャツ姿の人もいた。衣類を詰め込んだスーパーの袋を手にしている人もいた。

国境沿いの「常識」

 しかし、この人たちはなぜ、不法入国者だとアルマらに知られているのだろうか。

 まさか、施設の人たちが国境越えの手引きまでしているとは思えない。一方の不法入国者も、みなで固まって直接ここに来たわけではないはずだ。日中の町中で、それはさすがに大胆過ぎるだろう。アルマに聞いてみた。

「国境警備隊から、『今日は15人ぐらい、解放するからよろしく』と連絡があったのよ。解放場所はバス停と決まっているの。そこまでマイクロバスで迎えに行ったというわけよ」。アルマはニコニコしながら説明してくれた。「国境警備隊が不法入国者を解放した?」「そうよ。悪い人間ではないとわかったからでしょうね」。わかるようでわからない。不法入国自体は「悪いこと」だが、人間が悪いかどうかは別問題──。そういうことなのか?

 質問を続けようとしたら、施設を運営する教会のシスター、ノルマ・ピメンテル(63)がアルマのそばに歩み寄り、落ち着いた口調でこう言った。「国境警備隊とは協力関係にあるのです。あちらも大変でしょうから」

 ノルマの説明はこうだ。

 国境周辺では、不法入国は日常の出来事だ。国境警備隊は不法入国者を見つけた場合、拘束し収容所に送るが、薬物密輸など明らかな犯罪への関与がなければ強制送還せず、米国内に行き先のあてがあるようなら、「あとはご自由に」ということで解放するのが慣例になっている──。「収容所は全ての不法入国者を収容しきれません。犯罪に関わっていなければ、入れておく必要もない、となるのでしょう」

 国境沿いの町ではどこも、解放するまでのプロセスは同じようなものだという。マッカレンでは、警備隊が不法入国者の支援を行う複数の施設に連絡し、解放した不法入国者を一時的に受け入れてもらうしくみができているのだ。

 施設では、彼らの親族らが住む町など行き先を確認し、そこまでの交通費や必要最低限の日用品を提供して見送る。警備隊と施設が協力して不法入国の手助けをしているように感じたが、口には出せなかった。

第1章 メキシコ国境(2)

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