退職前に始末を付けておきたい事件がある
ニュージャージー州バーゲン郡のロバート・アンジロッティは退職を目前に、47年追い続けていた未解決事件に頭を巡らせていた。目星はついていた。犯罪史上に名を残す「タイムズスクエア連続殺人事件」の犯人、リチャード・コッティンガム。なぜ殺人鬼は長年の沈黙を破り、老刑事に語り始めたのか? NYTがベテラン刑事の最後の仕事が終わるまでを追った。

アンジロッティ刑事 最後の事件

連続少女殺人犯が47年の沈黙を破るまで

 ニュージャージー州の郊外で起きた十代の少女を狙った連続殺人事件は、何十年もの間、住民の記憶から消えることはなかった。そんなある日、一人の刑事がふと疑問を抱いた。この事件はひょっとして、犯罪史に残る残虐事件「タイムズスクエア連続殺人事件」と関係があるのではないかと。

取材・執筆 マイケル・ウィルソン

何十年にわたり、ロバート・アンジロッティ刑事は、巡査部長、刑事、刑事部長と出世する間、ニュージャージー州で起きた若い女性を狙った未解決の殺人事件を解明しようと地道な努力を続けてきた。Photo/Bryan Anselm for The New York Times

 ある日、アパートの駐車場に向かって歩いていた一人の女性が、駐車場の裏の林の中で、二人の十代の少女が裸の状態で死んでいるのを発見した。遺体は、きちんとうつ伏せに並べられていた。その日会見した警察本部長は、「恐ろしい光景だった。まるで、小さなクリスマス人形のようだった」と述べている。

 事件は1974814日、ニューヨーク州との州境にあるニュージャージー州モントヴェール市郊外で起きた。遺体の身元は、17歳のマリー・アン・プライアーと、16歳のロレーン・ケリーと判明した。二人が最後に目撃されたのは数日前、現場近くのバス停だった。警察によると、彼女たちはショッピングセンターに行くつもりだったが、バスには乗らず、ヒッチハイクをしようとしていたに違いないということだった。

 事件は地域の住民に大きな衝撃を与えた。警察は事件解決の手掛かりを探そうと、まず被害者の身辺を洗ったが、麻薬がらみや、素行不良で事件に巻き込まれた可能性は否定された。ボーイフレンドやかつてのボーイフレンド、家族にも事情聴取したが、全員白だった。当時のニューヨーク・タイムズは、警察はタレコミやうわさ、デマなどありとあらゆる情報を追いかけたと伝えている。

 未解決のまま時は過ぎ、事件から40年たった2014年、地元の警察は住民に改めて情報提供を求めた。だが、有力な情報は出てこなかった。事件後45年たっても、状況は変わらなかった。

事件との出合い

 だが、実はこの間、一人の捜査官が、時間をかけてある仮説を組み立てていたのだ。2000年、ニュージャージー州バーゲン郡検察の若い刑事、ロバート・アンジロッティは、1960年代から70年代にかけて起きた未解決の殺人事件の捜査を任されていた。その時点で、少女が犠牲となった未解決の殺人事件は少なくとも5件あり、犯人の検挙を求める遺族の心の傷口は開いたままだった。

 純粋に仕事が好きで、仕事に情熱を燃やすアンジロッティは、順調に出世し、最後は、多くの事件を抱える所轄の刑事部長になった。だが彼は、出世の階段を上る間もずっと、彼が再捜査を任された未解決事件を密かに追い続けていた。実際に彼は、異動のたび、未解決事件の分厚い資料が詰まった段ボールの箱を、新しいオフィスに運び込んでいた。間違った情報を一つずつ消していきながら、被害者や事件現場の共通点を探し続けたのである。

 やがて、一人の男にたどり着いた。男の名はリチャード・コッティンガム。アンジロッティのオフィスから75マイル(約120キロメートル)離れたニュージャージー州刑務所で服役中だった。コッティンガムは1970年代、ニューヨークのタイムズスクエア周辺で客引きをする売春婦を食い物にしていた。モントヴェールからは30マイル(約48キロメートル)しか離れていなかったが、モントヴェールとは全く別世界のタイムズスクエアで彼は、売春婦をただ殺害するだけでなく、彼女たちを拷問し、遺体の手足を切断していたのである。

 コッティンガムが有罪判決を受けたそれらの事件は、一見すると、アンジロッティが追っていた少女殺人事件とほとんど共通点がなかった。しかし、刑事の勘、過去の捜査からのヒント、事件現場の近さといった何かが、アンジロッティをコッティンガムに導いた。それから15年間、アンジロッティは真実を追い求めて、刑務所に通い、コッティンガムとの面会を繰り返した。この年老いた男が少女たちを殺したのかもしれないとの疑念を抱き続けながら。

 20213月、それまで25年間勤務したオフィスでの仕事を振り返りながら、アンジロッティは刑事を引退することを決めた。しかしその前に、47年前の二つの殺人事件にケリを付けたいと考えた。彼は部下の刑事を集め、こう言った。「コッティンガムを検挙しろ」

事件は1974814日、ニューヨーク州との州境にあるニュージャージー州モントヴェール市郊外で起きた。遺体の身元は、17歳のマリー・アン・プライアーと、16歳のロレーン・ケリーと判明した

胴だけを残すトルソキラー

 1946年生まれのコッティンガムは子ども時代の大半をニュージャージー州で過ごした。彼の卒業アルバムの写真には、ブロンドヘアを後ろになでつけてクロスカントリーを走る姿が写っている。

 1970年に結婚し3人の子どもの父親となった。一家はバーゲン郡のロディ自治区に住み、彼は非営利の健康保険団体ブルークロス・ブルーシールド協会のコンピューター操作係としてマンハッタンで働いていた。マンハッタンのミッドタウンにアパートを借りたが、妻には、夜勤のためと説明していた。

 だが実際には、売春婦がたむろする怪しげなタイムズスクエアの界隈をコソコソとうろつき回っていたのだ。

 1979122日、西42丁目のトラベル・イン・モーター・ホテルで火災報知器が鳴った。ホテルの従業員が417号室に駆けつけると、煙の中に、恐ろしい光景を見た。ベッドの上に黒焦げになった女性の遺体が2体、転がっていたのである。頭部と腕は切断されていた。

 警察は犯人の手掛かりを探すため、売春婦に事情聴取を行い、417号室にチェックインした男の筆跡が残された宿帳を調べた。宿帳に書かれていた名前はカール・ウィルソン、住所はニュージャージー州マーリンとなっていた。コッティンガムは証拠を残したりはしなかった。

 事件から数カ月たった19805月、タイムズスクエアで客引きをしていた別の売春婦の遺体が見つかった。発見場所はニュージャージー州のモーテルだった。その後、同じモーテルで別の売春婦の遺体が発見され、さらに月内に、当時マンハッタン5番街の近くにあったホテル・セヴィルで、5人目の犠牲者が発見された。

 新聞は犯人を「トルソ(頭部、腕、脚のない胴)キラー」と呼んだ。1980522日、ニュージャージー州ハスブルック・ハイツのモーテル、クオリティー・インの従業員が、女性の叫び声を聞いた。女性を襲った容疑者は逃走したが、間もなく警察によって取り押さえられた。

真犯人であることを確信

 コッティンガムはまるで大衆向けミステリー小説の登場人物のようだった。狂気の殺人鬼とマイホームパパという二面性を持ち合わせていたのである。ニューヨークやニュージャージー州で開かれた裁判では、ネクタイを締めてコート姿でのぞみ、容疑を全面的に否定した。だが、5人を殺害したとして終身刑の判決を受けた。コッティンガムは刑務所の中で年を取り、顔は白いあごひげで覆われ、体つきはずいぶんと丸くなった。

 コッティンガムが1981年に刑に服し始めたとき、アンジロッティはまだ小学生だった。20年後、彼は、少女や若い女性が犠牲となった、未解決の誘拐、性的暴行、殺害事件を再捜査していた。

 アンジロッティは取材に対し、コッティンガムの犯罪歴や彼の前任の刑事が抱いていた疑念を改めて検討していくうちに、コッティンガムがそれらの事件の少なくとも1件に関与していると確信するようになったと語った。トルソキラーによる殺人事件と、アンジロッティが捜査していた未解決事件の間には共通点がほとんどなかった。だが、すべての事件は、コッティンガムが家族を持ってニュージャージー州バーゲン郡に腰を落ち着けたタイミングと一致した。アンジロッティは、「彼がバーゲン郡の未解決事件の犯人ではないかといううわさは以前からあったし、彼がいくつかの事件の真犯人だと思った」と述べた。

 コッティンガムに接触する機会をうかがっていたアンジロッティのもとに、2003年、あるタレコミがあった。コッティンガムが刑務所内で、他の囚人たちとスポーツの試合で賭博をしているという情報だった。囚人たちは、現金からタバコまでありとあらゆるものを賭けていた。

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