西成あいりん地域再生、その激闘の記録
日本最大のドヤ街「あいりん地区」の再生はこうして始まった。大阪市特別顧問という当事者中の当事者である著者の筆によって描く。
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1章 面倒だから、やる

 「オイ! コラァ! 区長!! ちょっと言わせろ!」

 傍聴席の一角に陣取っていた活動家と思しき一団から、突如、1人の男が立ちあがり、大声で怒鳴り始めた。それは、あいりん地域のど真ん中にある、萩之茶屋小学校(当時)の体育館(講堂)で開かれた第1回「あいりん地域のまちづくり検討会議」(2014922日)の冒頭、大阪市西成区のとみなが区長が挨拶を始めて間もなくのことである。

 「ここに、ハチマキ、たすき、ゼッケン、ヘルメットなどを着用しないようにと書いてあるのは、これはなんや! おかしいやないか! オゥ! それからなァ……」

 一瞬にして会場全体が凍りついた。委員席、事務局席、傍聴席、マスコミ席などにいる二百数十名の目がいっせいにその男に注がれた。区長は挨拶を中断、呆然と立ち尽くしている。

■怒号に包まれる検討会議

 これはまずい状況である。冒頭から彼ら活動家にペースを握られては、この大事な検討会議が立ち往生しかねない。

 ここにいる35人の委員たちは、地域内のすべての町内会、かん宿しゅくはくじょ組合、地元商店会、労働組合などの労働団体、生活困窮者や子育て関連の支援団体、福祉関係者、医療関係者、各種施設など、この地域を代表するリーダーたちだ。おたがいに意見や利害がぶつかり合うなかを、まちづくりのために、この地域の将来のためにと、なんとか集まってきている。

 そこには、大阪市役所の各局の幹部たちも同席している。できることならばこの地域会議に出席したくない、矢面に立ちたくないというのが役人たちの偽らざる心境だろうが、無理をいってつなぎ止めている状況だ。

 ここで話し合いがストップしては、微妙なバランスの上にやっと一堂に会した35名の委員、各行政部局が空中分解し、今日を最後に二度と会議を開くことができなくなるだろう。われわれがここまでに費やした数カ月の努力、いや、西成特区構想が始まって以来、約2年半をかけてきたすべてのエネルギーが水の泡である。ここは、なんとしてでも会議を進行させなければならない!

■覚悟が試されるとき

 「あの~、ちょっとよろしいですか。あなたの意見はあとできちんとお聞きします。しかし、いま、あなたの話に時間を割いていてはこの会議を進めることができません。今日は盛りだくさんの大事なテーマを話し合わなくてはなりません。ここにいる大勢の委員の方たちはそのために集まっています。会場のみなさんの意見をお聞きする場はあとで用意しますので、申し訳ありませんが、いまはこのまま進めさせていただけますか。どうしてもハチマキをしていたいということでしたら、そのまましていただいていても結構です。ハイ! それでは、区長! 先に進めてください!」

 私の合いの手で、ふたたび区長が挨拶を始めた。しかし、男のボルテージは上がる一方で、さらに大声でわめき続けている。男の仲間と思しき一団もいっせいに立ち上がり、各々が大声で怒鳴り始めた。

 そのあまりの騒々しさに、区長の声も、傍聴席の一団の声も、もはや何を言っているのか聞きとれる状況ではない。参加していた一般の住民たちのなかには、この地域でこれまで何度も繰り返されてきたであろうこの騒然とした光景に嫌気がさし、はやくも席を立とうとする人たちも出始めた。

 しかし、じつは、この開始直後の騒動は、この日起こるさまざまなトラブルのほんの序の口にすぎなかったことがすぐにわかる。このあと、まさにトラブルの波状攻撃と呼ぶべき事態に、われわれは飲み込まれたのだ。

 いや、さらに時間が経過した時点から振り返れば、この初日の状況など、まだマシであった。約2カ月半にわたって続いた2回目以降の会議の苦難にくらべれば、この日はまだウォーミングアップ程度のものでしかなかったのだ。

■あいりん地域のありさま

 あいりん地域といえば、日本最大の日雇労働市場()と簡易宿泊所街(ドヤ街)があり、昨今は、ホームレスや生活保護受給者が集中する大貧困地域として有名である。

 まち中に不法投棄ゴミがあふれ、覚せい剤の売人が白昼堂々と商売をしている。結核の罹患率は全国平均の28倍(2011年当時)。ボツワナやザンビアといったアフリカの最貧国並みの高さだ。お酒と立ち小便と生ゴミの臭いが混じった異様な臭気が、まち全体を覆っている。

 あいりん(愛隣)という地名は、地域のイメージアップのために行政が1966年につけた名前だが、この地域の人々は昔からの地名である「かまさき」という呼称を使う。読者のなかには、24回にわたって起きた日雇労働者らの「釜ヶ崎暴動」、あるいは「西成暴動」の舞台として、このあいりん地域を記憶している人も多いだろう。

■老朽化するシンボル

 西成区役所主催の「あいりん地域のまちづくり検討会議」は、20149月から同年12月まで、計6回にわたって開催された。その様子は、いまもインターネット★1でみることができる。

 議論の中心テーマは、この地域のシンボルであり、日雇労働市場や労働施設、市営住宅、病院が一体となった巨大複合施設「あいりん総合センター」の建て替え問題である。まちの玄関口である新今宮駅(JRと南海電鉄)の目の前に、1970年に建てられたセンターは、いまや老朽化が著しく、耐震性に大きな問題が生じており、その建て替えは待ったなしの状況に追い込まれている。

 しかし、労働団体、支援団体、町内会、簡易宿泊所、地元商店会、各種施設などの利害が複雑に絡み合い、どのような建物に建て替えるのか、その合意形成や利害調整を行うことは至難の業である。町内会住民のなかには、「これを機に日雇労働市場をこの地域からなくし、『普通のまち』にしたい」という人々がいる一方、一部の労働団体や支援団体のなかには、あいりん総合センターを「不可侵の聖域」と捉え、いっさいの建て替えを拒む人々もいる。

■臭いものに蓋をしてきた先送りの象徴

 建物を所管する大阪府庁、大阪市役所、国(厚生労働省・大阪労働局)の各行政間の調整も一筋縄にはいかない。とくに、大阪府と大阪市は、大阪都構想の住民投票をめぐる議論で全国的に有名になったように、府と市を合わせて「ふしあわせ(府市合わせ)」とされるほどの犬猿の仲だ。両者間の調整は困難をきわめる。

 また、あいりん総合センターを建て替えるとなると、地域内のさまざまな施設、インフラを再配置・再整備しなくてはならず、まち全体の様相が大きく変わることになる。このため、この地域の将来像を描き直し、新しいまちづくり計画を策定するところまで踏み込まざるをえない。これはこれで合意形成、利害調整がきわめて困難であることが容易に想像できるだろう。

 このあまりにステークホルダー(利害関係者)の多いこの地域の利害調整に、政治家や行政はおよび腰になり、問題を長く先送りし続けてきた。この老朽化著しいあいりん総合センターは、いわば、行政の不作為、問題先送りの象徴なのである。

 じつは、あいりん総合センターの問題にかぎらず、このまちが抱える貧困、治安、環境、衛生、差別などの諸問題も、大阪府・大阪市・大阪府警という行政が、対策におよび腰になって問題を放置してきた結果といえる。むしろさまざまな社会問題をこの地域に寄せ集め、封じ込め、「臭いものにふたをしてきた」といっても過言ではない。

 それゆえ地域の人々は「行政不信」という一点においては、立場を超えて完全に意見が一致する。何世代にもわたる積もり積もった行政への不信感は、もはや「怨念」とさえ呼べるものになっており、まったく信用されていない行政が主導するまちづくりなど、このまちでは絶対に実現不可能である。

■行政手法の大転換

 しかし、われわれは2年半の時間をかけて、どうにかこうにか、この「まちづくり検討会議」をスタートさせるところまでこぎつけた。地域のリーダーたちがこうして一堂に会したことは、「釜ヶ崎史に残る奇跡だ」と評する人もいるくらいである。

 会議のコンセプトはズバリ「全員参加のまちづくり」「ボトムアップのまちづくり」「自分たちのまちのことは、自分たちで決める」というものである。行政に都合のよい「まちづくり計画」が事前に行政内でつくられ、ガス抜き程度に住民意見を聞くが、基本的に行政の筋書きどおりに物ごとが進められるという、よくありがちな「住民説明会」ではない。

 毎回毎回が筋書きなきドラマであり、大勢の人々が一堂に会し、長時間にわたって真剣な議論を展開する。行政は地域の人々がまとめた意見をもとに施策を立案し、地域と相談しながら実行する。旧来の行政手法からみれば、まさにコペルニクス的な大転換である。

 ただ、その詳細は、本書のハイライトである第18章から第20章まで少々お待ちいただきたい。ここでは、この会議の様子を短く伝えた「面倒だから、やる」という新聞記事★2を紹介するにとどめておきたい。次章からは、すべての始まりであった20123月に時計の針を戻し、闘いの物語を始めよう。


■面倒だから、やる

 よくもまあ、手間のかかることをやってるなあ ── 大阪市西成区のあいりん地域で今秋、開かれている「まちづくり検討会議」の様子を取材して、あきれつつ、感心した。

 日本最大の日雇い労働者の街は高齢化が進んだ。耐震性に問題がある「あいりん総合センター」をどうするかをはじめ、医療、福祉、教育、駅前整備といった課題が山積している。

 そこで区が設けたのが検討会議。35人の委員には町会や簡易宿泊所組合、商店会のほか、支援団体、労働組合のメンバーも多数入った。橋下徹市長は「まちづくりは地元の意見を最優先する」と約束している。

 小学校の講堂で開く会議はフル公開。毎回200人近くが集まる。傍聴者を含めて自由に意見を出し合いながら、論点を整理する方式も取り入れている。

 議論は、すんなりとは進まない。運動団体、住民、行政の間には長年の不信や対立がある。「労働者の声を聞け」「橋下出てこい」などと怒号、ヤジも飛び交う。「発想の開きが大きくて、へとへと」と委員の1人。それでも、地域の関係者すべてが参加できるプロセスは画期的だ。

 『面倒だから、しよう』。ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんが昨年出した本のタイトルだ。よりよく生きるとは、苦労や面倒を避けたがる人間の傾向と闘うことだという。

 きっと同じだろう。民主主義も、まちづくりも。

編集委員 原昌平



【コラム1

ホームレス対策と外部性(上)

 コラムでは、本文に関連する各テーマについて、やさしい経済学を用いた考察を行う。

 はじめに、「あいりん地域のホームレスの人々に対し、なぜ行政が対策を行わなければならないのか」という問題を考えてみよう。

 「そんなことは当たり前だ!」「気の毒な人を救うのが行政の仕事だろ!」とお叱りを受けそうだが、対策にはそれなりの費用がかかる。元手はわれわれの血税であるから、この問題は「ホームレスのために、われわれの税金を使うべきか」「使うとしたらいくらか」といい換えることができる。

 経済学のもっとも基本となる考えは「効率的に社会を運営するには、個人の自由な選択や取引に任せておくのがいちばんで、行政はその邪魔をするべきではない」というものである。この考えに立てば、ホームレスが自分の好きで野宿生活をしているのだとすれば、行政は余分なお節介をせず放っておくべきだということになる。

 しかし、現代の経済学はそこまで極端な「市場原理主義」「新自由主義」の立場はとらない。われわれの社会には、しばしば自由な選択や取引ではうまくいかない「市場の失敗」が起きることが知られている。その場合には、いまではほぼすべての経済学者が、なんらかの行政的介入が行われるべきだと考えている。

 市場の失敗の一例は「外部性」である。たとえホームレスが好きで野宿生活をしていたとしても、直接的には関係のない第三者に迷惑がかかるのであれば、そのときには行政介入が行われるべきである。第三者に悪影響をおよぼす場合を「外部不経済」、よい影響を与える場合を「外部経済」という。

 では実際に、ホームレスはどのような外部不経済をもたらすのだろうか。第1に、公園や道路などの公共空間を占拠することにより、第三者が使用できなくなる。第2に、結核などの感染病が蔓延し第三者に広がる。第3に、周辺環境が悪化し地価や賃貸料が下がる。第4に、路上生活の長期化にともなって健康悪化が進むと、最終的に重篤疾患となり生活保護から高額の医療費が支払われる。第5に、ホームレスをみると通行人が気の毒に思って不幸な気分になる(これも立派な外部性である)。したがって、これらの外部性を解消する範囲内で行政介入が正当化されうる。


★1 地元放送局「Voice of Nishinari 西成の声」のホームページ(http://vonishinari.net/shadooon/)またはYouTubeでもみることができる。

★2 2014119日の『読売新聞』大阪本社朝刊「気流」面に掲載された。

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第2章 区長をやってください!

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