なぜ男たちは妻を殴るのか
01年10月13日「DV防止法」施行により、DVは「夫婦げんか」ではなく「犯罪」となる。加害者・被害者双方の声をもとに、DV問題の本質をあぶりだす初めての試み。

1章 「女はだまってついてこい!」

 石川信彰さん(仮名・三十八歳)とはDV関係のホームページの掲示板を通じて知り合った。彼の書き込みを読んで、「詳しく話を聞かせてもらえないだろうか」というむねのメールを出すと、彼は丁寧な返事をくれた。

 実は、現在再婚相手と同棲しております。もう一年半になりますが、昨年春頃から喧嘩が発生し、私は、暴力を振るうようになりました。彼女はとても優秀な女性で、四大卒、天真爛漫かつ聡明な女性で、誰からも愛され、ましてやとびきりの可愛いらしさと愛嬌があり、とても、私のような高校中退者・バツイチで前の家族に子供が二人いて、その上借金があり、三十八歳のおじさんの私なんかとは到底無縁の釣り合いのとれない二人です。喧嘩の原因は前の家族の事が多いのですが、私自身の性格の悪さもあります。私の性格は、自己中心的で身勝手・傲慢・強情・約束を守らない大噓つき・人の心が解らない……数えれば限りがありません。最初の頃は、私もそんな彼女に夢中で優しくしておりましたが、私が彼女を尊敬している理由として、何事も理路整然と話す彼女の事を素直に聞いてたはずなのに、私の中でどこか我慢してたのか、ちょっとした事から、カッとし、言い合いがお互い激しくなり、つい暴力を振るってしまったのです。それから喧嘩の度にお互い〝格闘技〟並みの喧嘩となってしまいました。実は、前嫁にも何度か暴力を振るった事があり、最近TVDVの事を知り、自分がそんな恐ろしい人間だという事を初めて知りました。自分でも、我慢し、蓄積された何かが突然暴力に繫がったと思いますが、何とかそれを直そうと努力してますが、全然治りません。やはり男が女に暴力を振るうなんて事は、絶対にダメだと分かってます。ただ、キレた時には何も分からなくなるのです。暴力以外に、口でも恐ろしい事を彼女に言います。今、私は自分がノイローゼ気味だと思ったり、いや自分は正常だ、と思ったり、最近は色々と悩み、自己嫌悪に陥ってばかりです。最近は、逆に彼女の方が、自分が私の事をそうさせたと言って私のとった行動をかばうのです。これでは私のDVは治らないと思います。私は、生涯彼女を愛します。大事にします。何とかこの欠点を直したいと思います。二人の幸せの為に……。恥ずかしながらこのようなメールをお送りさせていただきましたが、直す方法はあるのでしょうか? 何かあれば、是非教えて下さい。(原文ママ)

 私は早速返事を書いて、DV問題に精通している知人のカウンセラーを紹介することを約束した。そしてさらに「取材に応じてもらえないだろうか」と打診した。彼は即答で引き受けてくれた。

 約二週間後に、ビジネス街にある高級ホテルのラウンジで彼と会った。私はひどく暗い雰囲気をただよわせた中年男性を予想していたのだが、まるで正反対であった。若々しい顔つきでさわやかな笑みを浮かべ、ハキハキと話し、言葉遣いも洗練されていた。ダブルのスーツ姿も決まっていた。あるベンチャー企業の管理職だという。私は予想との格差に、まず戸惑った。

別の自分──夫の告白

 挨拶を交わしてから、彼は唐突に、こんな話をした。

「昨日テレビのドキュメント番組で、多重人格の少女のことをやっていたんですけどね、まあ、僕にちょっと似ているなあと思ったんですよ。いろいろな人格が出てくるんですよね。多いときは一日十人くらいも。それでたとえば、どこに行ったとか、途中で電車に乗ったとか、誰かと食事したとか、記憶がまったくない。記憶がないというのは別の人間が出てきているからなんですよ。男の人格も出てくるんですよ。気を失って目が覚めたら、また別の人格なんですよ。で、今の十六歳の少女に戻ったら、ごく普通の女の子なんですよ。どっから見ても。化粧をしたり携帯を持ったりして。で、あるとき、いきなり変わる。それがまあ、多重人格って言われているんですけど」

「自分と似ているということは、そういう症状があるということなんですか?」と私は質問した。

「いやいや、そこまでの多重人格ではないですよ。微妙なところで違うなと思いました。僕の場合は記憶はあるんです。でも、いろいろな人格がいていつ出てくるかわからないというのは同じかな。それはよく彼女に指摘されました」

「たとえば、暴力をふるっているときとか、そういう人格が出てくると?」

「ええ、そうですね。憶えていることは憶えているんです。たまに記憶が飛んでいるときもありますけど。でも、いつそういう自分になるのか、どうして自分がそんなことをするのかわからない。彼女には、『暴力をふるうときのあなたの表情はすごい形相をしている。普段の表情から考えられない』と言われています。それが恐ろしいって……。僕は自殺未遂も何度かしているんですけどね、同じように別の自分が出てくるんですよ」

 今から思えば、これは非常に象徴的な話であった。しかしそのときの私は、いきなりショッキングな告白を聞かされて、ますます戸惑った。水を飲んでなんとか自分を落ち着かせ、その具体的な中身を探ろうと思った。私は心理面も含めて、DV発生までの具体的プロセスを丁寧に聞き取りたかった。

 しかし数十分後には、それが困難であるのがわかった。

 彼は非常に高いテンションで、私が質問をする間もないほどとうとうと話したが、その大部分は妻への愛情表明であったのだ。「彼女は完璧です」「彼女は僕のすべてです」「彼女がいなければ生きる意味がないんです」……。そういう表現を何度も繰り返した。そしてもう一方で、自分がいかに罪深い男であり猛省しているかも懸命に話した。「僕がすべて悪いんです」「もう二度としないために、僕は努力して絶対に変わります」「だから彼女には戻ってきてほしいんです」……。

 いわば精神論である。彼の眼差しは真剣そのもので、本気であることは十分に伝わってきた。私にわかってほしいというよりも、自分自身に言い聞かせているように感じた。おそらく彼の胸中はそれらの思いで一杯であり、全部吐露しないと次の話に進めないだろうと私は思い、ほとんど質問をはさまずに彼の独白にじっと耳を傾けていた。

 結局、約一時間半ほどのインタビューはそれで終了した。DVの事実関係が明らかになることはなかった。

妻からのメール

 インタビューの最後のほうで印象的な出来事があった。彼の携帯電話に別居している妻からメールが入ったのだ。「あっ、友美からだ」と彼は嬉しそうだった。

「なんて書いてあるんですか?」と私が訊くと、「昨日カラオケに行って歌い過ぎたから、いま喉が痛いって」と彼は素直に教えてくれた。私は意外に感じた。「仲違いしているわりには、ずいぶん親しげなメールだな」と思った。

「そんなふうにひんぱんにメールのやりとりをしているんですか?」

「ええ。毎日のようにメールと電話はしています」

「じゃあ、そういうメールや電話が来るんなら、奥さんはまだあなたのことが好きで、戻ってくるかもしれませんね」

「もしそうだったら、ほんとに改心して、彼女のためにやり直します。もう絶対に暴力は繰り返しません」

 私は知人のカウンセラーの連絡先を彼に渡した。「繰り返さないためにも、専門家に相談したほうがいいですよ。一人だけで抱え込むのはよくないですよ」と私が言うと、「ええ、連絡してみます。カウンセリングを受けてみます」と彼は力強く語った。

 私はしばらく間を置いてから彼にメールを送り、駄目でもともとのつもりで妻の紹介をお願いした。この問題には、二人の当事者がいる。もう一方の世界から見れば、まったく異なる「真実」があるかもしれない。だいいち、そちらから聞き取りをしなければ、DVの全貌がわからないのは明白だった。

 約一週間後に返事が来た。

 実は彼女とメールのやりとりで別れる事となりました。自分のした事、自分の立場を冷静に考えれば、仕方ない事と思ってます。僕の心の中から、彼女の事は消える事なく、僕は永遠に想い続ける事でしょう……。彼女には以前、豊田さんの事はお話ししてあります。直接お電話をして頂ければ会ってくれるはずです。(中略)僕は先日、会社を辞めました。未だ新しい仕事がみつからず、まだ落ち込んだままです。精神状態も安定していません。暫くは一人静かに暮らし、この先の人生をどうするか考えていくつもりです。時は戻らないと分かってても、後悔も無意味だという事が分かってても、考えてしまうのは自分のしてしまった事だけです。僕の時計は止まってしまいました……。(原文ママ)

 私は気分が重くなったが、とりあえずその女性、飯塚友美さん(仮名・二十六歳)に連絡してみた。

 電話で事情を説明すると、「うまく話せるかわかりませんけど……」と戸惑いながらも彼女は取材を受け入れてくれた。遠方の田舎町で暮らしているということなので、私がそこまで出向くと申し出ると、「いいです、私のほうから行きます。実家に戻ってから一度も都会に出ていないんですけど、久しぶりにいい気分転換になりそうだし」と言ってくれた。

 数日後、私たちはある駅前で待合せをして喫茶店で話し込んだ。彼女の第一印象は、信彰さんのときと同じであった。ぜんぜん暗い雰囲気はなく、むしろ人目を引くほど華やかだった。何しろジャンパー、ジーンズ、バッグのすべてが赤色でコーディネートされ、グラビアに出てきそうなほど可愛らしく、信彰さんが「容姿も完璧」というのもうなずけた。二人で並んで歩いていたら、いかにも都会的なカップルに見えることだろう。

メールの噓

 私は話の切り口として、信彰さんへのインタビューの真っ最中に彼女の携帯メールが来たことを話した。

「どんな内容でした?」と彼女が訊いた。

「カラオケを歌い過ぎて喉が痛いっていう内容と聞きましたけど」

「そんなの送ったかな……。たぶん送ったかもしれないけど、全部適当に作り話をして返事をしていましたから、ほとんど憶えていないんです」

「えっ、噓だったのですか」と私は驚いた。

「だって私、実家に帰ってからカラオケなんて一度も行ってないですもの。カラオケ行けるような状態じゃなかったんで」

「じゃあ、どうして、ああいうメールを?」

「彼を落ち着かせないと怖いからです。急に離れていくと彼は錯乱状態になってしまうから、徐々に私はフェイドアウトしていくしかないと思って、返事だけはしていたんです。もう頻繁に彼から来るから、嫌々だったんですけど、返事をする間隔を少しずつ少しずつ長くしたり、感情も極力出さないようにしたり。『愛してる』とメールで来るんですけど、そういう言葉を私は絶対返事に書かないようにすると、しばらくして『好きじゃないんじゃないか』と電話がかかってくるんです。でも、私はそれだけは我慢して言いませんでした。そうじゃないと戻らされてしまう不安がありましたから。だから『カラオケ行った』とか軽いので取り繕うのがいちばん楽でした」

「そうだったのですか……。あのメールのことを聞いて僕はてっきり、まだ親密さが残っているのだと思い込んでしまいました。そんな苦労があったなんて……。信彰さんにも『彼女はきっと戻ってきますよ』なんて言ってしまった。申しわけないです」

「彼にもばれないようにしていたから、他の人にそう思われても仕方ないです。気にしないでください」

 私はやはり、被害者のほうに聞かなければ絶対にわからないことがあると痛感した。このインタビューに対して、改めて気持ちを引き締めた。

 DVの事実関係と彼女の心境を聞いていった。私がまず驚いたのは、彼女が非常に冷静に詳細を語ってくれたことだった。カウンセリングで話し慣れているのかと思ったが、そういう話をするのはこれが初めてだという。

第1章 「女はだまってついてこい!」(2)

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