怪文書爆弾、炸裂! 経営者vs.闇勢力の凄絶な暗闘!
経営者vs.闇勢力の凄絶な暗闘!そごう、NEC、拓銀、イトマン、東京佐川……本書は、元『週刊文春』記者が、“怪文書爆弾”が炸裂した現場を歩いた記録である。
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1章 怪文書とは何か

怪文書との出会い

 いわゆる「怪文書」と私との出会いは、今から三十年以上も前の、一九六六年はじめのことだった。

 週刊誌がすっぽり入るほどの大きさの茶封筒に『防衛庁の黒い墓標』と題する薄いパンフレット、そこには、「こんなものが手に入りました。ご参考までに」の添え書きが付けられている。後に、新聞、雑誌等で大きく取り上げられ、国会でも追及されて何人もの逮捕者まで出た、いわゆる〝防衛庁怪文書事件〟の発端となった原本がそれであった。

 B5判一五ページで、タイプ打ち。当時でも一枚四〇~五〇円は取られる上質紙に、孔版印刷された立派なつくりである。内容は政府の第三次防衛計画に関わるもので、防衛庁の海原治官房長に関するスキャンダルが満載されていた。

 文書の後に「ATOM」と署名があったが、もちろん、思いつくままに付けたであろう、適当な名前に違いない。発行所も発信地もない、まぎれもない怪文書であった。

 この『防衛庁の黒い墓標』を私に送ってくれたのは、ある週刊誌のO記者である。ご丁寧なことに『防衛庁の黒い墓標』のなかには、万年筆の黒い太い文字で解説が付いており、海原の女はどこに行けば会えるとか、癒着企業はこことここで担当者は誰と誰、といったことが書かれていた。

 不思議な文章だなあ、というのが私の第一印象で、内容が真実なのかどうかの判断はもちろん付かなかった。ただ、労作であることだけは疑いようがない。そしてなによりも、自分宛に寄せられた情報で、まだ表面に出ていない新鮮なネタであるということに興奮したことはよく憶えている。

 そのころ、『観光新聞』という夕刊紙があった。「東京タワーは傾いている」「防衛庁に巣食うスパイ」「詐欺師列伝」など、いまの週刊誌が取り上げているようなホットでセンセーショナルな話題を好んで扱っていた。

 当時『観光新聞』は発行部数数十万部を誇っていたが、私はそこの社会部の駆け出し記者。怪文書を送ってくれたO記者とは、戦後の混乱期〝銀座警察〟の異名をとって、街の人から恐れられていた、暴力団東声会の町井久之会長主催のパーティーで出会って意気投合、それ以来のつき合いだった。

 ところで、この防衛庁を引っかき回した怪文書の作者が、後にO記者当人だと分かり仰天したのだが、当初は、いったい誰が何の目的で出したのか見当もつかず、結局筆者不明のまま、関係者や周辺取材で紙面を埋めた(後から判明したところでは、O記者らは原稿料稼ぎのために請け負っていたらしい)。しかし、記事が出ると同時に、新聞、週刊誌が一斉に書き立て、大問題に発展していった。高い製作費をかけた怪文書の製造元は、大きな反響が出たことで目的を十分に果たしたことだろう。

 私が怪文書の威力に驚嘆し、やがて雑誌記者という仕事を通じて怪文書と関わるようになったのは、まさにこの時からである。

怪文書の定義

 怪文書とはいったい何か。いささか古いたとえで恐縮だが、「多羅尾伴内」風に口上を述べるとすれば、あるときは悪を告発する正義の味方、そしてあるときは個人の恨み晴らしの道具、またあるときは社会騒乱を起こして喜ぶ愉快犯……ということにでもなろうか。

 どこから飛んでくるのか、まったく予測ができないし、犯人の特定も難しい。まさに闇討ち、通り魔に遭うようなものである。しかし、たとえ嘘の内容でも、一度人の噂話に登場すれば、燎原の火の如く、またたくうちに広がってしまうのが怪文書だ。

 このように扱われ方次第で意外な効果を生み、大ケガをすることもあるので、〝紙爆弾〟〝紙つぶて〟〝ペンのお仕置き〟〝活字のゴキブリ〟などとも呼ばれている。

 ところで怪文書とはいったいどのように定義づけされるのか。広辞苑を繙いてみると、「いかがわしい文書。無責任で中傷的・暴露的な出所不明の文書または手紙」

 と記述されている。

 これをもとに、私流の解釈を加えて定義付けすると、

1 差出人が不明であること

2 ターゲットがあること

3 不特定多数にバラまかれていること

 の三条件を満たしたものということになる。

「東電OL殺人事件」怪文書の〝魅力〟

 たとえ、これらの条件を満たしたものであっても、怪文書の中には、単なる他人の生活のノゾキ見やスキャンダル、尾ひれをつけたゴシップやねつぞうされたデマもある。ましてや今は、インターネットによって、誰もがかんたんに不特定多数に向けて情報を発信できるようになった。タレントのアラ探しや、企業や店の悪口、クレームの掲示板への書き込みなども怪文書と呼べなくもない。

 しかし、これらは言ってみれば、その場の思いつきでタレ流されたようなたぐいの、刹那的なもの。本書で扱う怪文書はこの手のものは含めない。あくまで真実に基づいてターゲットを定め、そのターゲットに社会的な不利益をもたらすなどの目的を持ち、かつ長期にわたる戦略的観点から流されたもの──そんな怪文書のみに絞ってみたい。ターゲットとは、特定の個人、団体、企業で、目的とは、それらのイメージダウン、社会的信用の失墜、抹殺である。

 とはいうものの、よく出来た怪文書というのは、たいていウソとデマと真実とが巧みに織り交ぜられており、一読したくらいでは見破ることができないよう、文章もレトリックもうまいぐあいに構築されている。

 よく出来ているといえば、一九九七年の三月、東京・渋谷のラブホテル街で起きた「東電OL殺人事件」に絡んで、【日本の企業、司法、マスコミ、政府に抗議警告をします】と題する以下のような内容の怪文書が出回った。

Y子さん(被害者の名前。文書内では実名)は東電やO氏(文書内では実名)の公私にわたる、ありとあらゆる秘密を知っていたので、Oはどうしてもその存在を抹殺しなければならないという状況にありました。特に近年、Y子さんが精神に異常をきたしつつあり、Y子さんの口から東電やOなどの悪事が世間に露呈される恐れが十分にありました。

(中略)

 この事件の背景には、暗くて深い日本の「暗部」があります。今の日本の行政および司法の態様を勘案すると、とうてい事件の真実には至らない筈です。しかし、事件そのものは日本という国が、迷宮入りを希望するのであれば、被害者のY子さんには気の毒ですがそれも仕方が無いと考えられます。またいろんな事実を明らかにすることは彼女の本意ではないのかもしれません。Y子さんや聡明な日本人には、本当の悪党は誰か分かっています。何故、「いけにえ」が必要なのでしょうか。(以下、略)】

 この事件ではネパール人の男が強盗殺人容疑で逮捕されたが、この怪文書の作者によると、真犯人は別にいるという。それが文中に登場するO氏である。

 怪文書によると、O氏が東京電力時代、被害者のOLと上司の指示で【シークレットワークに就いており、K(文書内では実名)という工事会社を経由して、政治家連中に非合法の金銭をばらまいたり、利益の誘導をしたりして】いたという。過去の秘密が【精神に異常をきたしつつあ】った彼女の口から漏れることを恐れたO氏が、Y子さん殺害に及んだというのだ。

 たしかにO氏はかつて東京電力で、被害者のOLと同じ職場にいたことがあるのだが、それにしてもいささか出来すぎた話ではある。しかし、作者はなかなかの文才の持ち主で、一見作り話とは思えないほど、よく出来た物語になっているのは事実である。デマとあっさり切り捨てるには惜しいほどの〝魅力〟があるといっても過言ではない。

 ちなみにO氏は大手製薬会社の副社長で、父親は首相経験者。一説によると、この怪文書に当局は関心を示し、O氏に事情聴取をしたことがあるとの話が伝わっている。

 要は、デマと真実の比率の問題だと思う。あることないことの「ないこと」だけを並べた低次元の怪文書では、マスコミは取り上げてくれないし、当局も関心を抱いてくれない。少なくとも、八割方は真実でなければ、担当者の気持ちが動かないからである。

 心ある製作者というのは、そのあたりの事情は先刻承知で、ターゲットの知人、友人、仕事仲間、時には不倫相手などからもインサイダー情報を収集し、かつ証拠の種類も揃えるなど、時間も金もかけてから発行するケースが主流になっている。後でくわしく述べるが、かつてはデマが多かった怪文書も、最近の企業の内部告発ものなどでは、ほとんど全編真実、というのが主流になってきている。

 たしかにデマというのは、人の口のにのぼりやすいし、一気に広まるにも時間がかからない。しかし、じっくり時間をかけてターゲットを引きずりおろすには、やはり真実の部分が必要になってくる。怪文書といえども、新聞、雑誌など他のメディアと同じ、デマやウソは許されないということだ。

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1章 怪文書とは何か 2

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