なぜアメリカ大統領のスピーチは感動的なのか?
歴史を創った米国大統領のスピーチをハーバード大卒芸人パックンが解説。電子書籍版では特典として、スピーチ全文日本語訳付き!

1章 大統領の言葉は歴史を創る

アメリカの歴史が変わる瞬間には

大統領の言葉があった

「Yes, we can!」

 2008年、大統領選挙の勝利演説。次期大統領になることが確定した男がそう高らかに発すると、会場は熱気に包まれました。アメリカ合衆国旗を大きく振り、歓声を上げながら涙ぐむ。会場にいるすべての──いや、そのスピーチをテレビやインターネットを通して見たすべてのアメリカ人が、「アメリカ合衆国」という国に生まれたことを誇りに思ったことでしょう。

 日本人でも多くの人が知っているこの歴史的なフレーズを生み出したのは、第44代アメリカ合衆国大統領、バラク・オバマ。アメリカ合衆国が建国されて以来、初の黒人大統領です。

 我々なら、できる。

 変わることができる。

 なぜなら世界のリーダー、アメリカなのだから──。

 振り返ってみれば、オバマ大統領がパーフェクトだったかというとそうではありません。国内外で苦戦することも多々あり、約束はすべては守れず、ビジョンもすべては実現できませんでした。でも、あの夜は聞いている人全員に、無限の可能性をたしかに感じさせてくれました。

 多種多様な人種や思想が混在する、自由の国、アメリカ合衆国。

 この複雑な国の大統領たる者は、常に国のトップであり、国民の中心でいなければなりません。そのためにもっとも必要なのが、これから本書でお伝えしていく「スピーチ」の力。バラク・オバマというアメリカ合衆国初の黒人大統領の誕生は、聞き手の心をわしづかみにする「スピーチ力」のたまものと言っても過言ではありません。彼は選挙戦の間、スピーチによって「我々なら、できる!」と国民を鼓舞し、自信を与え、みんなに同じ夢を抱かせました。

 ワシントンの退任演説によって第一次世界大戦まで続くアメリカの外交政策の基礎は生まれました。ウィルソンが発表した「14ヵ条の平和原則」によって、国際連盟、そして現在の国際連合が生まれました。ルーズベルトの就任演説によってアメリカは大恐慌からい上がることができました。ケネディのライス大学での演説が、人類の月面着陸を実現化する大きな推進力になりました。アメリカ大統領は言葉で歴史を創り、世界を動かしてきた人です。

 世界の羅針盤ともなる大統領の発言

 大統領や首相の発言は、その国の形を決めるものです。今のアメリカの形は1796年、アメリカ合衆国生みの親でもあり育ての親でもある、初代大統領ジョージ・ワシントンの退任演説によって作られました。

Against the insidious wiles of foreign influence…be constantly awake.

「他国の卑怯なたくらみに対して……常に油断をしない」

It is our true policy to steer clear of permanent alliance with any portion of the foreign world

「他国のいかなる場所とも恒久的な同盟関係を避けるのが、我々のあるべき方針だ」

We may safely trust to temporary alliances for extraordinary emergencies.

「非常事態は一時的な同盟関係に託せばよい」

 これらのフレーズは今もアメリカ国内でよく引用されます。とにかく、どの国とも仲良くしながら、どの国ともしがらみ(entangling alliances)を作らない。他国の影響(foreign influence)から合衆国を守ろうというメッセージをはっきりと、強く表明しています。アメリカは他の国から常に独立した存在でいよう(孤立主義)という外交政策です。

 この演説のメッセージは、アメリカがどうあるべきか、どう進むべきかのロードマップとなりました。アメリカ政府のバイブル的な存在でもあり、今も222日のワシントンの誕生日には国会で読み上げられています。

 同じように、第6代大統領のジョン・クインシー・アダムズは、スピーチの中で「(アメリカは)わざわざ海外に出ていって鬼退治をしない((America)does not go abroad in search of monsters to destroy)」と明言しています。つまり、自分から他国の事情に介入しないということです。

「しがらみ(entangling alliances)」と「他国の影響(foreign influence)」、そして「鬼退治(monsters to destroy)」は今でも使われる表現です。イラク戦争の時には、「これって鬼退治じゃん!」という声も上がっていました。

 このように、大統領の発言はその時々で国の方針を決め、導くものとなりますし、時に国際政治を大きく左右します。たった一つのフレーズが、数百年も影響を及ぼしつづけることもあります。「大統領のスピーチの在り方」としても、ワシントンがその後の大統領に多大な影響を与えたのは間違いありません。

 いいスピーチは「人を動かすスピーチ」

 アメリカ合衆国の大統領は、二つの役割を一人で担っています。それは、日本で言うところの「内閣総理大臣」と「天皇」。つまり、「為政者」と「象徴」です。

 為政者としての大統領は、自分のビジョンを示し、民意を巻き込み、政策を実行しなければなりません。

 象徴としての大統領は、国民の心を引きつけ、支持され、愛されなければなりません。

 その二つの役割を遂行し期待にこたえる手段として、大統領は言葉の力を使います。そしてスピーチするからには、必ず意図があります。「話し手が望む方向に、聞き手を動かす」。これが唯一かつ究極の目的です。

 大統領は、「自分を信頼してほしい」「政策方針に同意してほしい」「悲しい事件があったけれど希望を失わないでほしい」「戦争に突入するけれど、悪と戦う正義の仲間として共に立ち上がってほしい」など、それぞれの狙いに応じてスピーチの構成、内容、言葉づかい、長さなどを考え尽くします。安心させたり、盛り上げたり、時にはあおったりする。

 大統領が語りかけるのは、目の前にいる聴衆だけではありません。ラジオの向こうにいる人、テレビを観ている人、動画サイトを視聴している世界中の人々。他国の首脳たち、自分の下で働いている官僚や公務員。そして反体制の人たちにも、自分のメッセージを届け、心を動かさなければならないんです。

 そして、動かすのは心だけではありません。選挙時に自分へ「投票する」という行動を促したり、任期中、自分の政策への協力を得るために国民に各選挙区の議員へ圧力をかけてもらうことも、スピーチの目的です。オバマ大統領のように人権問題に絡んだスピーチをする時は、「黒人差別をやめる」という行動を促すことが目的になります。逆に、「このままオレに任せてくれ」と言って、聞き手を「動かさないこと」だってれっきとしたスピーチの目的になります。

 そういう意味で、ヒトラーは屈指の名演説家に入ります。無論、やったことは間違いだらけで最悪です。絶対に許すことはできません。しかし、人々を熱狂させ、全権をゆだねさせ、ユダヤ人差別に駆り立て、ついには世界大戦を引き起こす……言葉の力で世界を動かしたひとりであることは間違いありません。

 聞き手の感情の煽り方は、どのアメリカ大統領にも負けないと言えるでしょう。2016年の大統領候補の選挙戦を見ていた方はおわかりだと思いますが、スピーチは時に独裁や対立を助長してしまうこともあるんです詳しくは第7

 大統領が必ず行うスピーチは三つある

 大統領が必ず行うことになっているスピーチは三つあります。

 まず、「党全国大会での演説」

 民主党、共和党それぞれにおいて、党員集会や党員による予備選挙を経て党の大統領候補者として正式に選ばれた時に行うスピーチです。再選でないかぎり、厳密にはまだ大統領ではありませんが、最初に党を代表する大統領候補として話す機会です。

 このスピーチは、本選挙まで残り3ヶ月あまりのところで、とにかく党内の情熱を高めて、選挙活動に励んでもらうのが目的です。「みんなで選挙に勝つぞー!」ということで、味方を鼓舞するメッセージを発します。

 もちろん、全国民も注目しているので、敵対候補に対する「あいつとは違うぜ」アピールも大事。民主党のトルーマン大統領候補が1948年の党大会で「今回の選挙に勝つ! 共和党員たちが忘れられないぐらい圧勝する! なぜなら、僕らは正しくて、あいつらは間違っているからだ!」と話したのが典型的です。

 ちなみに、日本の自民党と民進党と違って、アメリカの共和党と民主党の思想の違いははっきりしています。

共和党……支持者は白人の男性がメインで、保守。昔ながらのアメリカの中西部で強い。減税と公的サービスの削減で「小さな政府」を目指している(アイゼンハワー、ニクソン、レーガン、ブッシュ親子など)

民主党……支持者は黒人やヒスパニックなどのマイノリティや女性が多く、リベラル。移民が多い地域で強い。福祉や公的サービスを充実させ「大きな政府」を目指している(フランクリン・ルーズベルト、ケネディ、クリントン、オバマなど)

 こうした違いから、黒人であるオバマ大統領や、大恐慌の時に公共事業をバンバン打ち出したフランクリン・ルーズベルトが民主党員だということがわかるでしょう。逆に、ルーズベルト以降ずっと続いてきた「大きな政府」の流れを真っ向から否定したのが、共和党のロナルド・レーガンというわけです。

 さて、大統領のスピーチの二つ目が、「就任演説」

 激しい大統領選を経て11月に選出された新大統領が、翌年120日、首都ワシントンD.C.のアメリカ合衆国連邦議会議事堂で行われる就任式で述べるスピーチです。アメリカ合衆国の新しいトップとして、その存在感を見せつけなければなりません。基本的に具体策は語らず、ビジョンややりたいことをおおまかに話して、国全体を盛り上げます。

 また、今まで敵として争ってきた相手の政党支持者をひっくるめて、「これからは一つの国としてがんばりましょう!」と団結を訴えるのもこのスピーチの目的。大統領選挙はだいたいが接戦ですから。よほど一方的な選挙でもないかぎり、国民のほぼ半分は相手に投票しています。

 就任演説で「政党を超えて国としてがんばろう!」と掲げる習慣は、共和派と連邦派(当時)の激しい対立により国家分裂の危機を迎えていた、第3代大統領トマス・ジェファソン1801年就任)から始まりました。

 ジェファソンが当選した選挙は、「アメリカはどういう国なのか」──すなわち大統領が強大な力を持つ「王国」に近いのか、それとも州の自治を尊重する共和国に近いのかが争点でした。できたてホヤホヤのアメリカという国家は、まだ国としての形が不安定だったんです。

 そのままだと、それぞれの理想を追求するためにたもとを分かち、国民が分裂しかねない状況です。そこでジェファソンは、共和派と連邦派それぞれの党名を引用してこう宣言しました。

We are all Republicans. We are all Federalists.

「我々はみな共和主義者であり、みな連邦主義者である」

 ジェファソンは、この一文によって「各州の自治を尊重しつつも、アメリカ合衆国という一つの国として歩んでいこう」という姿勢を打ち出したんです。二つの党を超えて一つの国として団結しようというメッセージは、その後の就任演説のお手本になりました。第4章で紹介するケネディ、第6章で紹介するオバマも使っています。

 就任演説は、おそらく、大統領がもっとも緊張する瞬間でしょう。なんと言っても、議事堂の前の広場だけでおよそ30万人の観衆、世界を含めればウン千万人もの前で話すんですから!

 しかも、2年かけてやってきた選挙運動の時とガラリと環境も変わります。これまでは党員や支持者を前にスピーチすればよかったし、対立候補の批判もできました。でも、もう誰を批判することもなく、自分の理念や理想だけで人々の心を動かさなければなりません。しかも、会場は壁も天井もないだだっ広い広場。自分の声が会場の奥に届くまで時差があり、しゃべっている途中で反響した自分の声が聞こえてくる。時期は1月で死ぬほど寒いし、みんな手袋をしているから拍手も聞こえない。超やりづらい環境です。

 どの大統領も苦労する就任演説ですが、最大の失敗例は、1841年に大統領に就任したウィリアム・ハリソン。彼は自らのたくましさをアピールするため、コートを着ずにアメリカ史上最長の1時間40分もの演説を行いました。そして、風邪を引いてこじらせ就任わずか31日で亡くなったんです。かわいそうな大統領! ウィリアム・ハリソンはこれ以降本書には出てきませんが、「身の丈にあったスピーチをせよ」と身をていして教えてくれた偉大な先人であることは間違いありません。

 三つ目のスピーチが、年に1回行われる「一般教書演説」。唯一憲法にて定められているスピーチですが、正確に言うと「演説」ではなく「報告」。「今年はこうします、こうします」と具体的な政策や課題、見解を一個一個語るだけのものです。「ランドリー・リスト(洗濯物リスト)」とべつしようがつくほど芸術性に欠けていて、ほとんど名スピーチはありません。

 なにせこの一般教書演説、19世紀までは書面で行われていました。20世紀に入り、自分の政策を報告するだけでなく民意を煽ってより政策が通りやすい環境を作ろう、という意図でスピーチに変化したんです。

「党全国大会での演説」「就任演説」「一般教書演説」のスピーチには、それぞれ「大統領選挙に勝てるかどうか」「国をまとめることができるかどうか」「自分の政策を通せるかどうか」がかかっています。それはつまり、歴史に名を残す大統領になれるかどうか、ということです。スピーチで、アメリカ大統領の運命が変わる。そしてスピーチでアメリカが動くと言っても過言ではありません。

第1章 大統領の言葉は歴史を創る(2)

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