ドラえもんの最終回がいくつもあるのはなぜ?
少女漫画も歴史を辿れば宝塚歌劇団を原点に持つ「手塚治虫」に辿り着く

第六話 アニメ新時代の幕開け

──『宇宙戦艦ヤマト』(一九七四年)

 それまで「テレビマンガ」と呼ばれていたアニメが、マスコミなどで「アニメ」と呼ばれるようになったのは、『宇宙戦艦ヤマト』からとされている。

『宇宙戦艦ヤマト』はテレビで放映されたものを再編集して劇場公開したところ大ヒットした、ファンクラブが観客動員に貢献した、主題歌がアニソンの代表曲となった、など、多くの点で「画期的」だったが、何よりも、既存の映画会社、テレビ局、アニメ制作会社とは関係のない、独立系プロデューサーである西崎義展の唯一にして最大のヒット作として歴史に残る。

 手塚治虫によって始まったテレビアニメの歴史は、西崎によって書き換えられるが、その西崎をアニメの世界へ招き、けつべつしたのが、他なら…

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