人類史「3度目の定常化」時代とは?
「拡大・成長」という成功体験幻想を追い続け先送りされてきた「持続可能な社会」モデルとは。転換を図るための10の論点と提言。
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1章 人口減少社会の意味

──日本・世界・地球

 ここでは、人口減少社会をそもそもどうとらえるかについての基本的な視点について、まず日本の状況から出発しつつ、国際比較や地球全体の展望までを含めて幅広い角度から考えてみよう。

1│人口減少社会の到来

ジャパン・シンドローム?──人口減少社会と日本

 さて写真11は、イギリスの国際経済誌『Economist』の201011月に出た日本特集号の表紙である。大きな日の丸の下で子どもがつぶれそうになっていて、「Japan's burden(日本の負担)」と書かれている。非常に象徴的な絵であるとともに、この号で使われたキーワードは「Japan syndrome」、つまり〝日本症候群〟という言葉だった。

 そしてこの特集の基本的な主旨は、現在の日本が直面している問題の本質は「高齢化」と「人口減少」に集約されるという点だった。ただし、この課題はある意味で他の国々も日本と同じようにやがて経験していくことになるので、日本がこのテーマにどう対応していくかは、日本にとってのみならず、世界にとっても意味があるという、そうした関心をベースに特集が組まれていたのである。

 同時に、この雑誌は経済誌ということもあり、高齢化や人口減少という現象を基本的にネガティブなものとしてとらえており、そこからいかに経済成長や生産性の向上を図っていくかという関心のもとで議論が展開されていた。

 たしかに高齢化や人口減少という現象は私たちに多くの困難な課題を突き付けてくるものであり、それはイントロダクションで述べた「2050年、日本は持続可能か?」という問いともつながるものだ。しかし同時に、私たちが迎えつつある人口減少社会という新たな状況に対して、発想や対応を転換して新たなスタンスで臨んでいけば、むしろそこに様々なプラスの可能性も開けてくると私自身は考えている。そうした点は、本書全体の中で様々な話題にそくして吟味していきたい。

 さて、日本が迎えている人口減少社会という状況についての基本的なイメージをもつ意味で、図表11を見てみよう。この図は日本の人口の推移を長い時間軸でとらえたもので、横軸の一番左は800年、つまり京都に都が移った頃(平安京)である。そこから日本の人口はほぼ横ばいに推移しており、やがて江戸時代の前半で若干人口が増え、その後江戸時代の後半は3000万人強の人口で推移し、ある種の〝人口定常〟社会──農業を基盤とする定常型社会──であったことが示されている。

 ここで少し立ち止まって考えてみると、江戸時代にはもちろん様々な課題があったわけだが、本格的な人口減少社会にならず「定常的な人口」を〝維持〟できていたという点は、積極的に評価しうる面をもっていたとも言え、これは人口減少が本格化している現在の日本に視座を置いてこそ立ち上がってくる見方である。

 再び図表11に戻ると、人口が概ね定常的であった江戸時代までに比べて、明治以降は線が〝直立〟するぐらい人口が急激に増えている。これは〝黒船ショック〟と呼ぶべき現象がすべての起点であり、つまり欧米列強の軍事力、そしてその背景にある科学技術力にいわば〝度胆を抜かれ〟、これでは日本が占領され支配されてしまうという意識のもと、強力な「富国強兵」の道をたどっていった歴史をそのまま表している。

 少し角度を変えて表現すれば、それは「17世紀前後から勃興した〝世界資本主義の大きな渦〟に、アジアの辺境にあった日本という国が巻き込まれていった」プロセスそのものだったとも言えるだろう。

 やがて第二次大戦終戦以降になると、今度は「経済成長」ということが国を挙げての目標となり、それとパラレルに人口増加の急激な坂道を引き続き上っていったことになる。

 しかし20世紀から21世紀への世紀の転換とほぼ重なる時期に、状況は根本的に変化する。2005年に初めて前年より人口が減るということが起こり、その後数年、人口が上下する年が続いたが(最終的に日本の総人口がピークだったのは2008年)、2011年以降は完全な人口減少社会に入ったのである。そして、現在のような合計特殊出生率(一人の女性が生涯で産む子どもの数の平均)──2018年で142──が続いていけば、人口は減少を続け、2050年過ぎには1億人を割り、その後さらに下がっていくことが予測されている(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口[平成29年推計]」)。

「集団で一本の道を登る時代」からの変容

 全体として、この図はまるでジェットコースターのような絵になっており、現在の私たちはちょうどジェットコースターが落下する位置に立っているように見える。だからこそ人口減少は〝大変だ〟という議論になっているわけであり、たしかに大変な面は多く存在する。しかし少し見方を変えるならば、私たちが現在立っているのは文字通りの〝ターニング・ポイント〟であり、次のような意味で、むしろ様々なチャンスの時代、あるいは「真の(成熟社会の)豊かさ」に向けた新たな出発の時代とも言えるのではないか。

 すなわち、人口の直立的な増加カーブに象徴されるように、急激な坂を上っていた時代というのは、ある意味で相当な〝無理を重ねてきた〟時代とも言え、たとえばそれは未だに「過労死」といった現象が起こっていることにも示されている。また急激な社会変動の中で私たちが失ってきたことも多いのではないか。

 大きくとらえると、急激な人口増加の時代というのは、一言で表すとすれば日本人あるいは日本社会が「集団で一本の道を登る時代」だったと要約できるだろう。それは良くも悪くも〝一本の道〟であるから、教育や人生のルートなどを含めて多様性といったことはあまり考慮されず、文字通り画一化が進み、それと並行していわゆる集団の〝同調圧力〟といったものも強固なものになっていった。

 そのような強力かつ一元的なベクトルから人々が〝解放〟され、いわば坂道を登った後の広いスペースで各人が自由な創造性を発揮していける、そうした時代がまさに人口減少社会ととらえられるのではないか。

 元号の変わり目と結びつけて考えれば、昭和が人口増加とともに「限りない拡大・成長」を志向した時代であり、平成がバブル崩壊や人口減少社会への移行を含めてそこからの変容の時代だったとすれば、「令和」は本格化する人口減少に向かい合いつつ、そこに様々なポジティブな可能性を拓き、成熟社会の真の豊かさを実現していく時代としてとらえるべきではないだろうか。

「幸福」というテーマへの関心の高まり

 以上のような視点とも関連する話題として、近年、「幸福」というテーマが様々な分野で関心事になっている。

 たとえば、ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツやアマルティア・センといったメインストリームの経済学者が、GDP(国内総生産)では本当の〝豊かさ〟は測れないという問題意識から、フランスのサルコジ大統領(当時)の委託を受けて、GDPに代わる指標に関する報告書を2010年にまとめている(Stiglitz et al[2010])。また、同様な関心から、アジアの小国ブータンが「GNH(グロス・ナショナル・ハピネス、国民総幸福量)」というコンセプト及びその測定のための具体的な指標を提唱してきたことは近年ではよく知られるようになり、国連などを含め国際的な文脈でもしばしば取り上げられるに至っている。

 そして主観的な幸福度や、様々な社会的指標を組み合わせて各国の幸福度を評価する試みも活発になっているが、残念ながら、こうした幸福度の国際比較において日本はかなり見劣りするポジションにあることが多い。たとえばミシガン大学を中心に行われてきた「世界価値観調査(World Values Survey)」では43位(1位デンマーク)、イギリスのレスター大学の「世界幸福地図(World Map of Happiness)」では90位(1位デンマーク)、また近年国連が毎年刊行するようになった「世界幸福報告(The World Happiness Report)」(2019年版)では58位(1位フィンランド)という具合である。

 こうした国際比較において、日本の順位がかなり低くなるのは、一つにはたとえば「社会的サポート」といった要因や「多様性」といった要因において概して日本のパフォーマンスが低いことが働いている。これはイントロダクションで述べた「社会的孤立」という点や、本書の中で論じていく「コミュニティ」をめぐる話題、あるいは先ほど指摘した、人口増加期に特に強化された〝集団で一本の道を登る〟という同質性とも深く関わっているだろう。

 一方、主観的な幸福感については、「文化差」という点も大きく、日本人は(他人に〝遠慮〟して)あまり自分の幸福度が高いということを言いたがらないとか、理想とする幸福度も「10点」にはならず〝そこそこ〟の程度を求める、といった背景から、主観的幸福度が低く表れるといった点も考慮に入れるべきだろう。そうした意味で、こうした主観的な要素に関する国際比較については慎重な見方が必要であり、それを額面通りに受け止めるべきではないと私は思うが、それを踏まえた上でなお、先ほど人口変化の図にそくして見たように、日本が経済的あるいは物質的な豊かさについては一定以上実現してきたものの、何か脇に置いてきたものがあるのではないかということを、考えていく一つの手がかりにはなると思われる。

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第1章 人口減少社会の意味──日本・世界・地球(2)

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