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男子高校生の実に1割以上が所属し、高視聴率を叩き出す高校野球。人気の秘密を経済学的視点から分析し、汗と涙の裏側を探る。
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1章 野球は〝非効率〟なスポーツ

 高校野球について理解を深めるには、まず野球というスポーツの特性を把握しておく必要がある。野球は日本ではポピュラーなスポーツだが、その細かいルールについてご存知の方はそれほど多くないかもしれない。本書は野球の解説書ではないので、詳細な説明は他書に委ねるとし、ここでは本書のアプローチと関わりを持つ部分だけを説明する。そのうえで、高校野球の存在を踏まえたうえでの本書なりの野球のとらえ方を示していくことにしたい。

■ベース一周が目的である

 野球は他のスポーツと同様に点取りゲームである。ただ、バレーボールやテニスのようにボールがコート面についたり、サッカーやバスケットボールのようにボールがゴールに収まったりすることで得点の入るスポーツではない。野球のボールはあくまで人間の動きを規定する媒介物に過ぎず、得点は人間がゴールする(ホームベースに戻ってくる)ことによってカウントされる★1

 野球のプレーは、常に守備側の投手が攻撃側の打者に向けてボールを投じるところからスタートする。打者は投手の投げたボールをバットで打ち返すのだが、すべての投球を打つ必要はない。審判が打ち返すのに適さない投球と判定し、打者がそれを見送れば〝ボール〟と判定される。一方、審判が打ち返すのに適したボールと判断したのに、打者がボールを見送ると〝ストライク〟と判定される。また、どのようなボールであっても打者が空振りすれば〝ストライク〟となる。〝ボール〟の判定が4つを数えると、〝フォアボール〟となり、打者は走者として一塁に出塁する権利が与えられるが、〝ストライク〟が3つになると打者は〝三振〟となって〝アウト〟の判定を受け、打席から去らなければならない。

 打者がボールを打ち返したとき、決められたライン(ファウルライン)の内側に打球が入らないと〝ファウル〟として打者には打ち直しの権利が与えられる。この打ち直しには回数制限がない。ラインの内側にボールが打ち返されたとき、その打者は走者に役割を変え、グラウンド内を〝一塁〟から順に走り始める。そのさい、グラウンドに散らばっている守備陣がそのボールをどう処理し、走者がどのような動きをしたかによって、その後の走者の扱いが規定される。すなわち、審判が一連の動きを〝セーフ〟(安打)と判定すれば、その走者はグラウンドの塁上に残ることができる。一方、〝アウト〟と判定されればグラウンドから去らなければならない。

 野球では、こうしたセーフとアウトを繰り返しながら、走者が一塁→二塁→三塁を経由して本塁に戻ってくることで得点が入る。ただし、セーフの数に制限はないが、アウトには2つまでという制限があり、アウトの判定が3度目になると、攻守が交代することになる。攻守の回数は原則としてそれぞれ9回までと決められている。しかし、9回プレーしても同点のまま決着がつかないときは、さらに回数を伸ばしたうえで、どちらかが相手よりも多く得点をとるまで続けられる。

 このセーフとアウトの判定に関しては細かいルールがたくさんあるが、ここではこれ以上の説明はせず、必要に応じて付記することとしたい。

■ほとんどの選手は動かない

 野球の守備は、投手、捕手、内野手(一塁手、二塁手、三塁手、遊撃手)、外野手(左翼手、中堅手、右翼手)の9人で行われるが、前述のように常に投手からプレーが始まるため、投手の負担は最も重くなる。次に負担の重いのは投手のボールを受ける捕手である。他の守備陣は打球が飛んできたときに動けばよい。したがって、打球が外野まで飛ばないときは基本的に外野手は動く必要がない。

 次の表は、2015年プロ野球公式戦におけるパシフィック・リーグ所属・福岡ソフトバンクホークスの野手別の1試合あたり守備機会数を示したものである。最も守備機会の多い一塁手でも1試合あたり7回程度しかなく、外野手に至っては2回にも満たない。このなかには打球が〝安打〟になったときがカウントされていないため、投手が安打をたくさん打たれるとそれだけ野手の仕事は増える。そこで同年のパシフィック・リーグ・他球団の1試合あたり平均安打数を計算すると85である。これを野手の人数7で割ると、1試合あたり12が上乗せされるに過ぎない★2

 極端な話として、投手がすべての打者を三振に打ち取れば、投手と捕手以外の守備陣はまったく動かなくてよいことになる。現在、東北楽天ゴールデンイーグルス(以下、楽天GE)というプロ野球チームで活躍する松井ゆう投手は、高校生として出場した2012年の全国高等学校野球選手権大会(以下、選手権大会)において相手チームから22三振を奪った。負けたチームの打球がセーフと判定された回数は2で、アウトの総数は27なので、野手のところにはわずか7回しか打球が飛ばなかったことになる★3

 攻撃サイドに目を転じると、守備についていた9人がそのまま打者になるわけだが、野球では1番から9番まで打つ順番(打順)が決められていて、誰でも勝手に打者になることはできない。したがって、攻撃中は打者や走者にならない限りは動くことがない。〝ベンチ〟と呼ばれる待合所に座って順番を待つことになる。通常の試合では、9回まで戦って打者になるチャンスは35回程度である。つまり、野球では攻撃時間の大半はベンチで座って過ごすことになるのである。

■試合時間は無制限

 野球では、1回の攻撃の機会(1イニング)において、3つのアウトをとられるまでは時間制限なく攻撃を続けてもよいことになっている。つまり、守備側がアウトをとれなければ攻撃は延々と続き、いくらでも点が入ることになる★4

 実際、2015年夏の第97回の選手権大会では、鹿児島実業高校が北海高校相手に5回のイニングに10得点をあげ、184で大勝した。この傾向は高校間の実力差が激しい地方大会でより顕著となり、1998年夏の青森県大会ではとうおうじゅく高校による122得点という最多記録がある。ちなみに、この試合は1回だけで39点が入り、7回終了までに要した時間は3時間47分だったとされる。

 また、前述のように、野球は規定の9回が終了しても同点の場合、決着がつくまで回数は延長される。高校野球における最長記録は、まだ中等学校野球と呼ばれていた1933年の中京商業と明石中学との試合で、延長25回を戦って試合時間は4時間55分、勝利した中京商業の投手は一人で336球を投げ抜いた。日本プロ野球では1992年の阪神タイガース対ヤクルトスワローズの延長156時間26分、アメリカのメジャーリーグでは延長258時間6分という記録が残っている。

 日本プロ野球には〝引き分け〟という規定があるので、延長回数を制限すれば試合時間をある程度はコントロールすることができる。それでも、野球では一つひとつのプレーが常に投手による打者への投球からスタートするので、そこに間合いが生じ、1球ごとに時間をかければそれだけ試合時間も長くなる★5

 一方、トーナメント方式を採用している高校野球や、〝引き分け〟のないメジャーリーグでは、必ず試合の決着をつけなければならないため、回数の制限はできない。試合時間を短くしたければ試合の進行を早めるしかない。

 通常のスポーツでは56時間もプレーを続けることはできない。なぜなら選手の体力が持たないからだ。たとえば、バスケットボールやフットサルのように狭いコート内で激しい動きを要求されるスポーツでは、試合時間はわずか40分である。サッカーは広いフィールドのため、守りの時間帯でフォワードの選手は身体を休めることができるが、それでも試合時間は90分と決められている。それに対して野球は、攻撃の間はベンチで座って休めることから、選手は長い試合にも耐えられる。ただし、守備の間、すべてのプレーで投球しなければならない投手はその例外的な存在である。

■半端ないボールの硬さ

 日本の野球で使われるボールには、硬球、準硬球、軟球の3種類がある。本書で扱う高校野球ではこのうち硬球が用いられている。硬球は、コルクをゴムでコーティングした芯に糸を何重にも巻きつけてできた球形の表面を牛革で包んだものである。ちなみに、最後の工程は職人の手による手縫いで、縫い目の数は煩悩の数と同じ108である。

 投手の球を打者がバットで打ち返すとき、ボールが硬ければバットスイングの力がそのままボールに伝わるため打球をより遠くに飛ばすことができる。したがって、技術の高い打者のボールがより遠くに飛ぶよう、日本における一定レベル以上の野球では硬球を使うことが通例となっている★6

 このように野球では硬いボールを扱うため、それに適した道具が必要となってくる。たとえば、ボールを打ち返すバットには硬い材質が求められる。素手でボールを処理することはできないのでグローブをはめなければならない。特に、時速100㎞を優に越す投球をまともに受ける捕手はより厚手のミットを使う。

 硬いボールが身体に当たるとケガにつながりかねない。そのため、ボールが飛んでいっても処理できるほど十分に広いグラウンドを用意しなければならない。そして、ボールがあらぬ方向に飛んでいかないように、グラウンドの周囲にはネットを張り巡らさなければならない。さらに、打球がグラウンドを跳ねていくさい、小石があるとそこで不規則な動きを誘発し、野手が取り損ねてボールを身体にぶつける可能性が高まる。そのため、野球グラウンドは石のない土で覆う必要がある。

 また、野球では複数のボールがグラウンド上を同時に飛び交うことはきわめて危険である。なぜなら、ボールを捕ろうとして構えている選手に別のところから飛んできたボールが当たる可能性があるからだ。したがって、練習中もボールの行方には十分な配慮が必要となる。

 不幸にしてボールが身体に当たった場合、打撲程度の軽いケガで済めばいいのだが、当たり所が悪いと骨折したり、死につながることさえある。実際、2009年には北海道の高校生が練習試合中に飛んできた打球を顔面に受け、意識不明のまま病院で死亡するという事故も起きている。

 試合中であれば、選手もボールの行方には注目しているので、飛んでくるボールに備えているはずだ。したがって、事故が起きたとしてもそれは不可抗力の場合が多い。むしろ危ないのは練習中の事故である。たとえば、打撃練習をするさい、複数の選手が同時に打つとボールの行方に集中できなくなるため事故が起こりやすくなる。同じ理由から、打撃練習、守備練習そして走塁練習を同時に行うことは危険である。

 硬いボールでケガをするのは選手だけとは限らない。試合を見に来た観客に危険が及ぶこともある。2001年の選手権大会では、応援席にいたブラスバンド部員の顔面にファウルボールが直撃し、失明するという事故も起きている★7

■カネがかかる野球

 野球には左翼と右翼(両翼)方向90m、中堅(センター)方向100mほどの広さのグラウンドが必要とされる。その面積はサッカーフィールドのほぼ2倍である。さらに、硬球が想定外の方向に飛んでいくのを防ぐため、周囲にネットを張らなければならない。また、練習や試合の前にはグラウンド表面の凹凸をなくすための整備は欠かせない。日没後も練習をしたければ、グラウンドを照らす大きな照明器具が必要とされる。

 第1章第1節の図のように、野球グラウンドは特殊な扇形をしている。そのため、練習をするにも野球専用のグラウンドが欲しいところだが、高校野球の場合、柔軟な予算配分が可能な私立校でもなければ自前で野球グラウンドを持つことは厳しいものがある。税金で運営されている公立校では野球だけ例外扱いすることはできないからだ。

 そこで他の運動部とグラウンドを共用することになるのだが、硬球を使う野球はボールが遠くに飛ぶうえに、当たるときわめて危険である。結局、野球部がグラウンドを使うときはほぼ野球部専用とならざるを得ない。こうしたことは学校が野球部を持つためのコストと考えられる。

 後ほど述べるように、野球の練習には長い時間がかかる。また、高校野球のように選手が生徒である場合は、監督やコーチといった指導者が必要である。こうした指導者は必ずしも教員でなくてもよいが、公益財団法人・日本高等学校野球連盟(以下、日本高野連)の規則により教員資格を持つ部長(責任教師)を配置しなければならない。彼らは練習にも参加することが多いため、そこで費やされる時間コストはかなりのものとなる。

 前節で述べたように、野球ではさまざまな道具を用意しなければならない。たとえば、打者/走者の頭部を守るヘルメットは6000円、グローブ2万円、キャッチャーミット3万円、キャッチャーの防具2万~3万円といった具合だ。他にも、金属バット2万円、靴(スパイク)1万円、試合用ユニフォーム2万円などが必要とされる。硬球はチームで共用できるが、牛革を使った手縫いのため、その製造コストは高くつき、1個あたり10001500円である。さらに、他校との練習試合をするためには遠征費もかかる。

 次の表は、手束仁『高校野球マネー事情』より高校野球に要する費用を引用したものである。そこに示されるように、こうしたもろもろの費用をあわせると、保護者負担は年間23万円ほどにのぼるとされる★8。塾通いにほぼ匹敵する出費は覚悟しなければならない。

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第1章 野球は〝非効率〟なスポーツ(2)

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