メリッサは完璧な形のお尻が欲しかったのだ
ブラジリアン・バット・リフト(BBL)。死亡事件が相次いでいるにもかかわらず、世界で最も急成長している美容整形分野だ。人気の背景には何があるのか。美容整形界の「法王」とその影響とは――。豊尻手術を受けるメリッサと医師グランシーに密着し、医療ツーリズムの現状や文化人類学による歴史的背景も描いた、「ガーディアン」による圧倒的なノンフィクション記事。

ブラジリアン・バット・リフト 世界で最も危険な美容整形

ブラジリアン・バット・リフト(BBL)――。死亡事件が相次いでいるにもかかわらず、世界で最も急成長している美容整形分野だ。人気の背景には何があるのか。

(取材・執筆 ソフィー・エルムハースト)

熟れた桃にそっくりのお尻

 理由は単純だった。メリッサは完璧な形のお尻が欲しかったのだ。頭の中で想像していたのはふっくらとした形……そう、熟れた桃をイメージした絵文字にそっくりのお尻だ。

 実は、彼女は2018年にすでにBBLの手術を受け、理想のお尻に一歩近づいていた。以前よりも丸みを帯びたお尻を手に入れ、大喜びしていた。もっと美しくできるはず! もっと理想に近づいて、もっと気分良くなりたい!

 BBL(Brazilian butt lift)とは、体の別の部位から余分な脂肪を採取して、臀部に注入する美容整形(美容外科)手術のことだ。豊尻手術によるヒップアップでお尻にボリュームを出す治療と言ってもいい。

 ある日の午後、メリッサは再び美容外科医院の門戸をたたいた。1回目のBBL手術を担当したイギリス人美容外科医のルーシー・グランシーに相談するためだ。クリニックの場所はイングランド東部エセックスとサフォーク両州の州境。院内にはいくつも部屋があり、ぴかぴか輝く白い収納棚や大型の全身鏡、注射器が詰まった引き出しが置かれていた

 クリニックで私はメリッサの到着を待った。その間、グランシーから1枚の写真を見せられた。そこに写っているのは中東ドバイの海辺にいるメリッサだ。ヤシの木柄のビキニを身に着けている。腕、胸、腿、尻――。体の各部を目立たせようとして、挑発的なポーズでしゃがんでいる。

「すごくきれいでしょう?」とグランシーは私に同意を求めた。メリッサの美しさと共に自分の技術をたたえているかのように。「もうこれ以上はやれることはなさそう、と言ったのだけれども」

 間もなくしてメリッサが診療室に入ってきた。ジーンズをはいてピンクのセーターを着ている。写真の中の彼女とは違う。だからといって誰が気にするだろうか? 「ドバイ・ラグジュアリー」から「サフォーク・カジュアル」へスタイルを変えただけなのだ。

 ダークブルーの手術着を羽織り、足の爪にサンゴ色のマニキュアを塗っているグランシー。世間話を終えると、メリッサに言った。「それでは服を脱いでみましょうか」

Photo/Getty Images

「たくさん『いいね!』してもらうにはどうしたらいい?」

 医師と患者は全身鏡の前に立った。

「自分の体を見て、どちら側が好きですか?」とグランシーは聞いた。

「こちら側ですね」とメリッサは答えた。体の左側を見せながら。

 グランシーはメリッサの体全体をチェックし、遠慮せずに指摘した。「おなかが少したるんでいますね」

 メリッサは首を横に振った。「休暇中に気付いたのですけれども、私が気になっているのはこっちです」と言いながら、お尻の右側を押した。「ここがへこんでいます。分かりますか?」

 自分の体が気になる人はみんな同じ。他人には見えない部分を見る。メリッサも他人には見えない部分を見ている。鏡に映る現在の自分だけを見ているわけではないのだ。昔の自分、理想の自分、デジタル加工した自分――。さまざまなバージョンと見比べているから、いろいろ気付くのである。

 10年近く前、メリッサがティーンエージャーのころ。スーパーモデルとして有名なカーラ・デルヴィーニュの「サイギャップ(太腿の隙間)」が女性の憧れとなった。彼女のサイギャップをテーマにする専用のツイッターアカウントが登場するほどだった。メリッサも超スリムの体形を夢見た。

 その後、ファッショントレンドが変わり、メリッサは1回目のBBL手術を受けた。お尻にボリュームがあればジーンズをはいたときにヒップラインが目立つから、男性の目を引き付けられる、と読んだのだ。

「私は黒人や混血の男性に魅力を感じていた」とメリッサは言う(彼女は白人)。「彼らの好みは曲線美がきれいな女性。だからBBLを思い付いた」

 BBL手術には最大8千ポンド(約120万円)の費用が掛かる。ただし、手術後に費用を回収する方法もある。メリッサはフィットネスジムで働く傍ら、インスタグラムでモデルのアルバイトをしている。「女性として最も注目を集めるにはどうしたらいい? たくさん『いいね!』してもらうにはどうしたらいい? そう考えたらBBL以外あり得なかった」

 写真加工アプリ「フェイスチューン」を使って得られるデジタルボディーは、メリッサにとって一種の青写真でもあった。将来自分が手に入れるべき生身のボディーを示していたのだ。

「デートアプリの写真を加工し過ぎて、誰にも会えなくなってしまう友人もいる。アプリ上の写真が本物の自分とあまりにもかけ離れているから」とメリッサは言う。「BBLをやれば本物の自分を加工したことになる。写真加工に頼る必要はなくなる」

世界で最も有名な美尻はキム・カーダシアン

 BBLはここにきて大流行している。グランシーも10年前まではBBL手術を手掛けることはほとんどなかった。今では1週間当たり23回の手術を行い、30件前後の問い合わせを受けている。

 BBL人気でクリニックが繁盛しているのはグランシーに限らない。国際美容外科学会(ISAPS)の調べによると全世界で豊尻手術件数は急増中だ。2019年の手術件数は2015年と比べて77.6%も増えており、あらゆる美容外科手術の中で最も高い伸びを示している。

 グランシーがインスタグラムのフィードをスクロールすると、BBL人気の核心部分が浮き彫りになる。BBLによってビーチボールのようになったお尻のオンパレードなのだ。誰もが世界で最も有名な美尻――キム・カーダシアン・ウエストのヒップ――をまねしている。

キム・カーダシアン。右はカニエ・ウエスト Photo/Getty Images

 カーダシアンのヒップはもはや単なる体の一部ではない。世界中で念入りに調べられ、広範に模倣され、徹底的にビジネス化され、別物へ進化している。ハイコンセプト(新しい思考)のスタートアップとして、新規株式公開(IPO)を目指しているかのようだ(きっと私を訴えるだろう)。グランシーは「元をたどれば一人の女性(カーダシアン)に行き着く。彼女のインパクトはすべて体」とみる。

 BBLの大家として知られるアメリカ人美容外科医マーク・モーフィッドも同意見だ。ただし、彼の見立てではカーダシアンに加えてミュージシャンのジェニファー・ロペスとニッキー・ミナージュもBBLブームを主導している。さらには、ソーシャルメディア上で拡散する「女性の曲線美を誇張するイメージ」の影響力も無視できないという。

3千人に1人の割合で死亡事故

 モーフィッドは早くからBBL手術について警鐘を鳴らしている。2017年に学会誌「美容外科ジャーナル(ASJ)」上で論文を発表し、「BBLは世界で最も危険な美容整形」と結論しているのだ。同論文によれば、調査対象(美容外科医692人)の3%が「BBL手術によって患者が死亡」と回答。全体として見れば、BBL手術では3千人の1人の割合で死亡事故が起きる。

 過去3年で見ると、3人のイギリス人女性――アビンボラ・アジョーク・バングボーゼ、リア・ケンブリッジ、メリッサ・カー――がトルコでBBL手術を受け、合併症によって死亡している。手術を安く済ませたいイギリス人患者の間では、医療ツーリズム(観光と医療サービスをセットにした海外旅行)先としてトルコは最も人気だ。

 トルコ以外でもBBL手術に伴う死亡例は多数ある。南米コロンビアではジョセリン・カノ、米フロリダ州マイアミでジーア・ロムアルド・ロドリゲス、ヘザー・メドウズ、ラニカ・ホール、ダニー・プラセンシアが死亡。地元メディアによれば、南フロリダだけでも過去数年間で15人の女性が命を落としている。

 もちろんメリッサはBBLの危険性をわきまえている。彼女が1回目のBBL手術を受けた2018年には、たまたま同じタイミングでリア・ケンブリッジが死亡してニュースになっていた。同年にはイギリス美容外科協会(BAAPS)も腰を上げ、国内の美容外科医に対してBBL手術を一切控えるよう提言を出している。提言には法的強制力はなかったものの、一部の美容外科医は自主的にBBL手術を取りやめている。

 それでもメリッサは「イギリス国内の手術なら安全」という考えを改めなかった。グランシーを信用していたうえ、すでにBBL手術を一度経験していたからだ。何が起きるのか予見できたし、十分に元を取れると確信していた。手術後に数週間の休みを取れば、完璧なヒップを得られる! 左右差やへこみが消え去り、フェイスチューンで加工したデジタルボディーが本物になる!

一番きれいなお尻は45度で湾曲

 現在の流行に従えば、完璧なヒップは丸みを帯びてキュッと上がったハート形だ。張りのある皮膚で包まれた球体ともいえる。グランシーの表現を借りれば「スティッキーアウティー(突き出ている)」。完璧な胸と組み合わされば、横から見たボディーがS字型になる。メリッサは「理想は伝統的な砂時計体形。これこそ私が追い求めているもの」と言う。

 一番きれいに見えるお尻とは何か。背骨の下方からヒップトップ(お尻の頂点)にかけてのラインが45度のお尻だ。言い換えると、お尻が美しく見えるためには背骨が下方で自然に湾曲していなければならない。横から見て腰とお尻の境目がきれいなカーブを描いているということだ。

 進化心理学者チームが2015年に学会誌「進化・人間行動(EHB)」で発表した論文が興味深い。それによれば、いわゆる「背骨湾曲」が男性にとって魅力的に見えるのは、女性に出産能力があるということを示しているためだという。論文の執筆陣は「背骨が理想的な角度で湾曲している女性は男性にとってセクシーに見える」と指摘する。

「背骨湾曲」に恵まれていない女性はどうしたらいいのか。歴史的には別のオプションが用意されてきた。18世紀にはコルセット、続いてバッスル(腰当て)が流行した。現代の女性ならばパッド入りショーツを購入してもいいし、自分でパッドを作ってヒップアップしてもいい(グランシーのクリニック内では、布切れをまるめてパッド代わりにしている患者もいた。脱衣中に下着の中からパッドを二つ落としていた)。インプラント挿入やフィラー注入も選べる。

 なかでも大人気なのはBBLだ。最大の特徴は一石二鳥である点だ。余分な脂肪を取り除くと同時に必要な脂肪を注ぎ込む。まるで中世イングランドの伝説的英雄ロビン・フッドだ。金持ち(ぶよぶよした腹部)から富を奪い、貧乏人(平らでがりがりの臀部)に分け与えるのだから。

「ブラジリアン・バット・リフト(ブラジル式お尻リフト)」という名称から想像できるように、BBLは美容整形の聖地であるブラジル生まれだ。ブラジルの観光局に行けば、コパカバーナ海岸のビキニ女性を捉えた写真が無数にある。どの写真を見ても女性のお尻は判で押したように「スティッキーアウティー」だ。

 人類学者のアルバロ・ジャリンは「ブラジル人はお尻に夢中――これが世界の共通認識だ」と語る(ジャリンは著書『美のバイオポリティクス』の中でブラジルの美容整形文化を描いている)。だが、言うまでもなく、全ブラジル人女性が理想化されたヒップを持っているわけではないし、理想化されたヒップを欲しているわけでもない。

『美のバイオポリティクス』のために調査を実施しているとき、ジャリンは面白い事実に気付いた。BBLの人気は階級や人種によって異なるのである。例えば、白人の金持ち女性はBBLにあまり興味を示さない。理想のボディーについて聞かれると、「ムラータのボディーは嫌い。ヨーロッパのスーパーモデルが理想」と回答する。ムラータとは、白人と黒人の混血女性を指す差別用語だ。

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