1万対4万2千、「玉砕の島」の守備隊長
戦死者10222名。最後に残ったのは34名。玉砕から75年、いま明かされるペリリュー戦の全貌。
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一枚の木綿袋

 私はひとまず、ペリリュー島からコロールへと戻った。大半のメディア関係者が帰国したコロールの町は、特別な喧騒から普段の空気を取り戻しつつあった。

 コロールでは日本語がよく通じる。すでに現地語となって日常的に使用されている日本語の単語も多い。「ヨロシク」「ダイジョウブ」などがそうである。ビールを飲む時には「ツカレナオス(疲れ治す)」と言う。

 コロールには日本統治時代の建造物も多く残っている。南洋庁パラオ支庁だった建物は、最高裁判所として使用されている。

 そんなコロールの町で、一人の日本人女性にお話を伺った。天皇皇后両陛下が「西太平洋戦没者の碑」をご訪問された折、戦没者の遺族の一人として両陛下と対…

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