1万対4万2千、「玉砕の島」の守備隊長
戦死者10222名。最後に残ったのは34名。玉砕から75年、いま明かされるペリリュー戦の全貌。
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第二章  閑職からの復帰

陸軍士官学校

 大正四年(一九一五年)十二月、中川州男は士官候補生として、福岡県の久留米市にある歩兵第四十八連隊に入隊した。陸軍士官学校への難関試験を突破した中学校卒業者は、「隊付士官候補生」の期間を経て同校に進んでいくことになる。

 この当時、同連隊に在籍していたりようは、中川について次のように記している。古思は後の陸軍少将である。

〈回顧すれば大正四年十二月中川州男君が士官候補生として若々しく元気で久留米の歩兵第四十八連隊に入隊された時、私はその中隊付古参中尉として訓育に当り〉(『闘魂・ペリリュー島』)

 隊付士官候補生の課程を無事に終えた中川は、大正五年(一九一六年)十二月、晴れて陸軍士官学校に入校した。

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