1万対4万2千、「玉砕の島」の守備隊長
戦死者10222名。最後に残ったのは34名。玉砕から75年、いま明かされるペリリュー戦の全貌。
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地下壕への潜入

 私も実際に、幾つかの地下壕に潜ってみた。

 土田喜代一さんがいたという壕にも入った。ヘッドライトの明かりを頼りに、蒸し暑い壕の内部を這うようにして進むと、腐食した水筒や飯盒などが転がっているのが目に入った。土田さんたちの幾重もの苦難が偲ばれ、震える思いがした。

 入口付近の岩壁が黒く焼け焦げている地下壕も多くあった。米軍の火炎放射器の凄まじい威力を物語る光景である。壮絶な戦闘の痕跡に、思わず言葉を失う。

     ◆

 中川州男が自決したとされる壕は、大山と呼ばれたペリリュー島最高峰の山岳地帯の奥深くにある。車では行くことができないため、切り立った崖に囲まれた谷間の道を歩く。米軍側はかつてこの道を「…

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