1万対4万2千、「玉砕の島」の守備隊長
戦死者10222名。最後に残ったのは34名。玉砕から75年、いま明かされるペリリュー戦の全貌。
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手作業による掘削作業

 こうしてペリリュー島では、地下複郭陣地を構築するための大規模な掘削作業が始まった。地下陣地はもちろん、道路の整備なども同時に進められた。

 しかし、作業は困難を極めた。まず将兵たちを苦しめたのが、この島の気候である。パラオに向かう前、歩兵第二連隊が駐屯していた北満は極寒の地であった。かたやペリリュー島の最高気温は、三十度を軽く超える。さらに、地下洞窟内は高温多湿で、兵士たちの体力を容赦なく奪っていった。兵士たちは時に軍服を脱ぎ、ふんどし姿になって掘削作業にあたった。永井敬司さんが当時を振り返る。

「とにかく珊瑚が固いんです。本当に大変でしたよ。それでも毎日、昼夜兼行でチャンカン、チャンカンと少し…

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