日本は世界で唯一、危険ドラッグに勝てるかもしれない
『暴力団』『詐欺の帝王』著者が明かす闇社会の新たなシノギの実態!
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第一章 半グレが仕切る闇稼業

四〇万人を蝕む危険ドラッグ

 危険ドラッグ市場は一説によれば一二〇〇億円市場と目されている(週刊門倉経済ニュース)。ちなみに覚せい剤の市場規模は二〇〇五年時点で下限四一三九億円~上限九四六七億円に及ぶとされる(かどくらたか『爆発する地下ビジネス』)。

 こうした推計額にどこまで妥当性があるのか不明だが、危険ドラッグ市場は覚せい剤市場に比べれば小さい。危険ドラッグは一袋に三グラム入って三〇〇〇円~五〇〇〇円ぐらい。対して覚せい剤は一グラムが二万~三万円。値段としてはおおよそ二〇倍の開きがある。

 過去、危険ドラッグに手を出したことがある経験者は若者を中心に四〇万人に上ると厚生労働省の研究班は推計している。覚せい剤経験者は五〇万人で、大麻経験者は一一〇万人である。危険ドラッグ経験者は覚せい剤経験者よりわずかに少ない。

 危険ドラッグは街のヘッドショップやインターネット上の販売サイトなど、覚せい剤を入手するより手軽に求めることができる。

 市場の規模を推計するには多くの要素を考えなければならないが、なんやかや危険ドラッグ市場は覚せい剤市場のおおよそ二分の一から四分の一程度と考えるべきかもしれない。

危険ドラッグの市場の半分を仕切る男

 この危険ドラッグ市場のほぼ半分を仕切っているとされる男がいる。彼は「業界で院政を敷いている」と評されるほど力を持ち、危険ドラッグの供給サイドを語るには欠かせない人物である。

 彼自身は、

「業界の安全のために法律の範囲内で業者みんなが仕事できるよう考えている」

 と広言していた。

 何度かこの男には会ったが、商売柄、詳しい話をしたがらない。が、彼と彼の友人の会話や電話をそばで聞いたりしているうち、なんとはなしに分かってきた部分がある(以下、便宜上この男をQと呼ぶ。Qは依然として危険ドラッグ市場の現役であるため、彼の年齢や出身、姿かたち、語り口などは記せない)。

 Qは日本の危険ドラッグ製造元と、原料とする中国などの化学薬品メーカーとの間をつなぐコンサルタント、ブローカーと見られる。主要な製造元や卸と独占契約を結んでいるという。

 具体的にQはどういう役割を果たしているのか。

 たとえば日本の厚生労働省が新たに二つの物質を「指定薬物」に指定すれば、その物質名を中国側の化学薬品メーカーに伝え、その指定薬物を避けて、新規の化学物質を作るよう依頼する。

 指定薬物の名はたいてい長々しい。

 一例を挙げよう。省令名としてN─(1─アミノ─3─メチル─1─オキソブタン─2─イル)─1─(シクロヘキシルメチル)─1H─インダゾール─3─カルボキサミドであり、この通称名であるABCHMINACAが併記される。

 省令名、通称名ともに一目でこの物質がどのようなものか、イメージできる人は少ないだろう(参考までにいえば、これは二〇一四年六月二四日、池袋で発生した危険ドラッグ事故の容疑者が使用したとみられる危険ドラッグ製品に含まれていた物質である。もう一種類含まれていたのは、省令名がメチル=2─[1─(5─フルオロペンチル)─1H─インダゾール─3─カルボキサミド]─3─メチルブタノアート。通称名が5FluoroAMBで、この物質も新しく「指定薬物」に指定された)。

 薬物の名前からしてややこしい。このややこしさこそQが暗躍する場である。

 危険ドラッグの製造元(主に日本)とはいっても、化学や薬物の知識は皆無といっていい。製造元がやることは中国などの化学薬品メーカーから、あるいはQから送られてきた化学薬物をエタノールで溶き、それを植物片にこびり付けることだけだ。

 植物片としてはセージ、紅茶、ウーロン茶、ラズベリーリーフなどが使われる。こうした植物片にはほとんどハーブの意味がない。単にドラッグをくゆらして使った場合の着火材、火持ちのためでしかない。

 危険ドラッグの本体は海外の化学薬品工場が製造した化学薬物そのものにある。池袋の事件で容疑者が買い、直後に車内で試したパッケージには二種の薬物が入っていた。しかし、通常ケミカル系薬物の場合、二種以上の薬物をミックスすることはないとQは言う。

「新規の化学物質は一種でも人体への影響がどう出るか、神経を使うものです。二種が重なると人体にどう作用するか、解明がいっそう難しくなる。二種の薬物が検出されたことは化学薬品メーカーによる製造容器の洗浄が不十分で、前の製造薬物が微量に混入していたことが疑われる。中国の化学薬品メーカーにはいい加減なところが多いんです」

 食品でも「アレルギー物質のピーナツや牛乳などを扱う製造ラインと同じラインを使って製造したものです」と断り書きするケースがある。容器の徹底的な洗浄は思いのほか難しいのかもしれない。

独学で得た知識を元に中国の化学メーカーに発注

 さて製造元は農園などから袋詰めで送らせたラズベリーリーフなどの植物を細かく断裁し、乾燥させる。この植物片に、入手した化学薬品をまぶし、その後、乾燥する。それを三グラムずつ小分けし、商品名を書いたパッケージに詰める。植物片は薬物の薬効を拡散させると同時に、増量剤の役割も担っている。

 危険ドラッグの売り方には錠剤やリキッド(液体)型、ここに記すハーブなどの形があるが、最近の主流はハーブ型だろう。

 どのようなタイプだろうと、たいていの販売業者は責任を回避するため、その薬物が体内に摂取する物とはうたわない。従って当然、一日当たり、あるいは一回当たりの用法や用量、摂取回数などは記せない。もちろん原料名=薬物名、製造元、その所在地などは記さない。

 Qに、通常一パッケージのドラッグは何回ぐらいに分けて吸引できるのか聞いたことがある。Qは「三〇回ぐらい。いや、分からない。物によってちがう」と答えなおした。要するにQにも何回の使用が適切か答えられない。答えると、さまざまな障りがありうるから答えられないのだろうが、逆にいえばそれほど危険ドラッグの使用法は適当である。

 警察や厚労省麻取の捜索を恐れるから、可能なかぎり手がかりを与えないという制約の中で危険ドラッグは店頭に並べられ、売られている。ハーブ型にすれば植物片の分だけ量が増え、薬物の量は分散して薄まり、安全性はいくぶんか増えるかもしれない。しかし、植物片にはこびり付いた薬物の濃い部分と薄い部分の別ができ、摂取する容量の厳格化がより難しくなるという欠陥が出る。

 Qは中国を中心とした化学薬品メーカーに日本の「指定薬物」の指定状況や規制内容を伝え、どのような構造の化学薬物なら日本の薬事法(現、医薬品医療機器等法)をくぐり抜けられるか、つまり製造・販売しても法に問われないか、協議し、新規薬物の構造を決定して新たに発注する。または欧米で流行している薬物のうち、どのような薬物なら、日本でもOKか、決定し、中国の化学薬品メーカーに発注する。

 危険ドラッグは一名デザイナードラッグともいわれる。現存する薬物の分子構造を組み替えたことにより作られた新薬物の意味だが、Qも広義には新危険ドラッグをデザインしているといえるかもしれない。

 Qは化学的な構造式を見ただけで、その物質がどのような薬理作用を示すか、おおよそ見当はつくと豪語している。果たしてそのようなことが可能なのか、門外漢には判断がつかない。が、Q自身も大学の薬学部を出たわけではなく、化学や薬品の知識はすべて独学だとらしていた。

 デザイナードラッグを数多く産み出したことで知られるアレクサンダー・シュルギンという化学者がいる(一九二五~二〇一四)。彼には、MDMAやメスカリンなど神経伝達物質のドーパミンに作用するフェネチルアミン系一七九種類について書いた『ピーカル』と、LSDDMT、マジックマッシュルームの成分サイロシビンなどセロトニンに作用するトリプタミン系について書いた『ティーカル』という二つの大著がある。

 個々の薬物について合成方法や摂取方法、薬理作用などを記し、精神・神経系の薬学者などに尊重されている書物だが、Qもまたこの二冊を取り揃え、学んだと語っていた。

 ということで、Qは中国など海外の化学薬品メーカーに新規物質を発注することで発言権を持つ。同様に日本の製造元に対しては次にどういう化学物質を仕込んで商品化するか、ネーミングをどうすべきかなどを決めることでこの業界の権威となった。コンサルタントであり、同時に知的ブローカー、「先生」でもあるのだ。化学薬品メーカーと日本の製造元の両方からリベートなり手数料なりがQに流れ込むことは容易に想像できる。

半グレ的なシノギ

 こうした立ち位置から「Qは危険ドラッグ業界で院政を敷いている。彼の儲けはぼうだいだ」と噂されるのだろう。彼がどの程度儲けているのか筆者は知らない。ただ最近、都内の一等地に危険ドラッグを精密検査できるラボを開設したと聞いている。

 Qが言う。

「危険ドラッグ市場は(これまでは)合法だから、暴力団のケツモチは要らなかった。卸やショップにもほとんど暴力団は参入していない。危険ドラッグ店を経営する者はだいたい前身が裏DVD屋、アダルトショップ、大人の玩具おもちや屋、アメリカングッズ屋、東南アジア産小物屋、ハーブ・お香屋です。人種としてはカタギか半グレが圧倒的に多く、ヤクザはめったにいない」

 危険ドラッグは暴力団のシノギではないようだ。もちろん危険ドラッグに参入している暴力団は少数ながら存在する。しかし彼らの参入はもっぱら小売り段階にとどまり、卸や製造元には少数だし、まして中国の化学会社に接触できる者は皆無だろう。危険ドラッグは発生的にも半グレのシノギと考えて間違いあるまい。

 覚せい剤を専門に扱っている広域暴力団の幹部は、危険ドラッグが覚せい剤商売に影響することはないと断言した。

「危険ドラッグは何千円の単位。覚せい剤は何万円の単位。客層がちがう。危険ドラッグの客は覚せい剤に流れないし、覚せい剤の客は危険ドラッグには流れない」

 この暴力団幹部は、ヤクザは危険ドラッグのような危険で細かい商売には手を出さないと言いたいのだろう。

 警察庁刑事局組織犯罪対策部薬物銃器対策課による『平成二五年(二〇一三年)の薬物・銃器情勢』を見ても、ある程度うなずける話である。

かくせいざい事犯の検挙人員は、全薬物事犯検挙人員の八四・二%(前年比マイナス一・八ポイント)を占めており、依然として我が国の薬物対策における最重要課題である。

 また、その主な特徴としては、暴力団構成員等が五五・九%を占めているほか、他の薬物事犯と比較して再犯者の構成比率が高いことや三〇歳代以上の検挙人員が多いこと等が挙げられる。〉

 こうしたことで覚せい剤は暴力団が仕切るシノギ、危険ドラッグは半グレが仕切るシノギと考えて、さほど間違いなさそうだ。

 では、両者の仕切りの違いはどこから来ているのか。

 一つに歴史的経緯がある。覚せい剤は暴力団の伝統的資金獲得活動の代表的シノギとされるほど、戦後早い時期から暴力団が着目、資金源に育ててきた。

 覚せい剤はごく微量(〇・〇二~〇・〇三グラム)で大脳中枢を刺激する。脳の働きを活性化して使用者に万能感をもたらしもする。微量で肝臓など内臓の機能をほとんど損なわないため、長期にわたって使用者をつぶさないとされる。

 暴力団側からすれば、使用者に依存性ができた上、身体がつぶれないのだから、客はいつまでも覚せい剤を乱用してくれる。つまり長期にわたって安定的な得意先を確保したのと同じことである。しかも取引額は一パケ(〇・二五~〇・三グラム程度)一万円が決まり事のようになっており、好況、不況による変動が少ない。

 非常に儲けが多い安定したシノギだから、覚せい剤の密輸入については外国人が手掛けることはあっても、全国的な基本の流通面は暴力団が仕切っている。新しく危険ドラッグ市場が成立したとしても、暴力団がそれに参入することはないか、非常に少ないと見るべきだろう。

 引き比べ半グレや半グレ集団は暴力団が衰退傾向に入ったとき、暴力団に代わるように台頭した新勢力である。暴力団が牛耳っていない分野で新しいシノギを確立しなければならない。その一つが危険ドラッグだった。

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第一章 半グレが仕切る闇稼業(2)

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