22億2000万円を溶かした官製映画会社
「日本再生の柱」と叫ばれたクールジャパン政策はなぜ失敗したのか? 現役映画プロデューサーが官民の腐敗を暴く。

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株式会社ANEWと消えた22億円

222000万円を溶かした官製映画会社

 20118月、経済産業省商務情報政策局文化情報関連産業課(以下、メディア・コンテンツ課)課長の伊吹英明氏と、産業革新機構 マネージングディレクターの髙橋真一氏が、株式会社All Nippon Entertainment Works(オールニッポン・エンタテインメントワークス:以下、ANEW)の設立を発表しました。

 この会社は、政府の「日本を元気にするコンテンツ総合戦略」という知的財産戦略に基づき、産業革新機構が100%、60億円の出資決定を行う形で、同年10月に設立されました。ANEWの事業目的は「日本の物語のハリウッド映画化を促進することを通じて、日本の映画、放送コンテンツなどIP(知的財産)の海外展開の成功事例を加速させる」というものでした。

 産業革新機構とは、旧「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法」(産活法)に基づき設立された、経済産業省が所管する官民出資の投資ファンドです。「オープンイノベーションを通じて次世代の国富を担う産業を育成・創出する」ことを投資理念としています。ただし、一般的には「官民ファンド」と呼ばれているものの、運営するための資金の95%以上は政府出資の財政投融資から拠出しているため、極めて「官製ファンド」に近い投資ファンドであり、「経済産業省の別の財布」とも言われています。

 ANEWは設立から4カ月後の20122月、アメリカから招聘したサンフォード・R・クライマン氏が最高経営責任者に、黒川裕介氏が最高執行責任者に就任すると発表し、実質的な業務をスタートさせています。産業革新機構の髙橋氏もANEWの代表取締役と取締役を歴任し、事業所管となった経済産業省も「政策実現のお手伝い」として、ANEWに職員を出向させました。この出向した職員とは、現在は経済産業省の知的財産政策室長という幹部職に就いている、渡邊佳奈子氏になります(20191225日付 経済産業省幹部名簿より)。

 ANEWは、国策である「クールジャパンの推進」に深く関係しており、その中でも特に重要な案件であると位置付けられていました。

 国の総合的な知財戦略をまとめた報告書では、ANEW設立を「クールジャパンらしさを追求した新たな発掘・創造の推進」の施策例のひとつとして紹介しています。

 また、クールジャパン戦略等を協議していた政府会議の「コンテンツ強化専門調査会」では、「60億円という『すごいお金』がクールジャパン戦略のハイライトになりえ、一般の国民にもクールジャパンで国が何をやろうとしているのかを提示するもの」という旨の意見が出ていました。

 この「コンテンツ強化専門調査会」では、経済産業省の職員がANEW設立準備についての説明を行っています。つまり、ANEWは設立される前から国が密接に関係する投資事案であったということです。

◆「支援基準に適合」

 さて、60億円の投資決定を受けた産業革新機構は、ANEWに対して、設立時の201110月に資本金、資本準備金合わせて6億円の出資を実行しました。続いて、201312月に5億円、翌201411月に112000万円と、合計2回の追加投資を行い、最終的な投資額は222000万円に上りました。ちなみに、同機構はこれらの追加投資の時期、金額のいずれも非公表としていました。

 産業革新機構に係る法律には「支援基準」が規定されており、ANEWの場合は次のように、「支援基準に適合している」と経済産業省から評価されました。

1)社会的ニーズへの対応

わが国の産業資源のひとつであるコンテンツにおいて、小説・漫画・TV・映画等のコンテンツを海外に展開し、海外市場における収益化の機会を最大化するためのコンテンツホルダーと海外市場をつなげるものであり、社会的ニーズに対応している。

2)成長性

① 新たな付加価値の創出等が見込まれるか

コンテンツのグローバル展開を支援するものであり、大きな成長が期待される。

② 民間事業者等からの支援供給が見込まれるか

コンテンツを有する民間企業及び当新会社へのオペレーション協働が見込まれる民間事業者からの将来的な資金供給を見込んでいる。

③ 一定期間以内に株式等の譲渡その他の資金回収が可能となる蓋然性が高いと見込まれるか

新会社は、配当により資金回収を図ることを想定しており、投資資金の回収が可能となる蓋然性は高いと考えられる。新会社が役割を終えた後、経営陣、パートナー企業又は第三者への譲渡を想定している。

3)革新性

国内に埋もれているコンテンツ資産を海外に繋げることで、オープンイノベーションの実現を行い、海外で稼ぐコンテンツ産業の新しいビジネスモデルを確立するものであり、革新性がある。

(平成23年度産業革新機構の業務の実績評価について 経済産業省)

 しかし、投資決定時はこのように雄弁と語られていた将来への見通しは、早々からかいします。さらに、日本側の経営最高責任者は次々と交代し、問題が続きました。最終的に、「適合している」とされていた支援基準は何一つ、体現されることはありませんでした。

 経産省の幹部は、国会の経済産業委員会などで再三にわたり、「3年」という一定期間内で収益化すると説明していましたが、肝心の映画製作に関しては7本の企画が発表されたのみで、配当を得るどころか1本も実際に作られることはありませんでした。

 さらに、集まると見込んでいた民間からの資金提供も、ほぼ皆無でした。

 こちらも最終的には「コラボレーションパートナーとして本邦コンテンツ関連企業17社が参画した」などと発表しただけで、実際に集まった民間資金は、201311月に新株予約権で調達した500万円(資本金250万円+資本準備金250万円)と、201411月に、博報堂DYグループ、セガなどが出資した、ハリウッドリメイクを手がける同業会社であるSTORIES合同会社との資本提携で調達した500万円の、合わせて1000万円でした。この金額は出資比率にしてたったの04%になります。

 ANEWはこの資本提携の金額も、非公表としていました。

◆ただ同然の身売り

 ところが、このように当初の見通しが完全に破綻した状況でも、ANEWの無秩序かつ放漫な経営だけは続けられました。ANEWは設立から5年目まで売り上げを全く記録しない一方、実稼働が2カ月だけの1年目こそ1200万円の赤字だったものの、2012年度の第2期は25300万円、2013年度の第3期は31500万円、2014年度の第4期では43300万円、2015年度の第5期は43100万円、2016年度の第6期では34700万円と、毎年のように億円単位の赤字をたれ流し続けました。

 201841日の読売新聞の報道によると、CEOのサンフォード・R・クライマン氏へは、年間数千万円の報酬を支払っていたそうです。ANEWは、2016年度の第6期にこそ、事業開始以降初めての売り上げ1500万円を記録していますが、この額は決算公告に計上されていた自分たちへの1回のボーナス支給額である2000万円を下回る金額になります。加えて、この1500万円の売上高というのも、5300万円の売上原価に対してのものであり、結果的には3700万円の売上損失を計上しています。

 このような経営を続けていた産業革新機構体制のANEWは、散々な形で終わりを迎えます。20175月、産業革新機構は、京都市にある投資会社のフューチャーベンチャーキャピタル株式会社(以下、FVC社)に3400万円で全株式を売却し、投資額のほぼ全額に相当する218600万円を損失させました。

 FVC社は、ANEWの株式を取得する際に、ANEWの株式取得の時価資産が取得価格を上回ったとして、負ののれん発生益23200万円を特別利益として計上しています。要するに、3400万円という金額は実質「ただ同然」であったともいえます。

 ちなみに、ANEW2017年度の第7期も33800万円の赤字を計上していますので、実質的には破綻寸前で産業革新機構が売却を判断したこともうかがえます。

 FVC社に売却されたANEWはその後、社名を株式会社All Nippon Entertainment WorksからANEW株式会社に変更しています。そして、FVC社への売却からわずか5カ月後には、旧ANEWの取締役で、FVC社体制でも代表取締役に就任していた伊藤航氏が資本金100万円で設立したANEW Holdings株式会社に、マネジメントバイアウトを行っています。

◆即日で出された大臣意見

 大失敗に終わったANEWへの投資ですが、そもそも誰が、どのようにして、この事業に60億円もの公的資金を投入することを決めたのでしょうか?

 調べていくと、そこには経済産業省と産業革新機構による、不都合な実態が姿を現しました。少し複雑なのですが、ここで、産業革新機構の投資決定のプロセスに係る法律について説明したいと思います。

 同機構が投資決定を行う際には、前述の旧産活法によって、次の3つの段取りが定められています。

① 第三十条の二十五 2

機構は、特定事業活動支援をするかどうかを決定しようとするときは、あらかじめ、経済産業大臣にその旨を通知し、相当の期間を定め、意見を述べる機会を与えなければならない。

② 第三十条の二十五 3

経済産業大臣は、前項の規定による通知を受けたときは、遅滞なく、その内容を事業所管大臣に通知するものとする。

③ 第三十条の二十五 4

事業所管大臣は、前項の規定による通知を受けた場合において、当該事業者の属する事業分野の実態を考慮して必要があると認めるときは、第2項の期間内に、機構に対して意見を述べることができる。

(産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法 第二章の二)

 つまり、産業革新機構がANEWへの投資を行おうとする場合、まず①の法的手順として、主務大臣である経済産業大臣に対して「ANEWへ投資を行うつもりである」旨を通知します。そして、これを受けた経済産業大臣は、産業革新機構に回答を通知することになっています。

 続いて、同機構から通知を受けた経済産業大臣は、②の法的手順として、事業を所管する大臣に、意見照会があった旨を通知します。ANEWのケースでは、事業の所管大臣は同じ経済産業大臣となるので、主務大臣である経済産業大臣は事業所管大臣である自分宛てに通知を行います。

 最後に、③の法的手順ですが、経済産業大臣は産業革新機構に対して、ANEWへの投資についての意見を述べることになっています。

 これに関して、私が経済産業省に対して情報公開請求を行ったところ、経済産業省から2016218日付け開示決定通知を受け、次の文書が開示されました。

文書① 平成23627日付け支援決定に当たっての意見照会について

文書② 平成23627日付け株式会社産業革新機構の支援決定について(平成230627経第8号)

文書③ 平成23629日付け株式会社産業革新機構の支援決定について(平成230627経第9号)

文書④ 日本コンテンツの海外展開推進会社設立について

文書⑤ 伊吹英明課長(当時)のロサンゼルス出張に係る海外出張命令伺書、外国旅行日記及び海外出張報告書

20160119公開経第1号)

 当該の開示文書によると、産業革新機構の能見公一代表取締役(当時)は、海江田万里経済産業大臣(当時)に対し、平成23627日付け「支援決定に当たっての意見照会について」という文書をもって、産活法第三十条の二十五第2項に基づく通知を行っています。この文書には、次のような記述があります。

国内の企業及び個人が保有する著作権等を集約し、海外展開に向けて企画開発等を行い、収益を獲得することを目的とする新会社に対して出資を行おうとしていますので、同条第2項に基づき、ご意見をお伺いします。

 この時、産業革新機構は「日本コンテンツの海外展開推進会社設立について」という、20ページに及ぶANEWの事業の説明資料も添付しています。ちなみに、経済産業省はこの説明資料を、同機構のロゴと表題以外は全て黒塗り開示にしています。

 次に、産活法第三十条の二十五第3項に基づく手順として、海江田経済産業大臣は、通知を受けたのと同日の627日付けで「株式会社産業革新機構の支援決定について」という文書を発出し、機構への回答を行っています。

 驚くべきことに、通知を受けた日と同じ日に発出されたこの文書には、既に次のとおりの大臣意見が記載されていました。

 本事業は、我が国コンテンツ産業の構造改革、海外展開の抜本強化を推し進めるものであり、社会的意義を有するものとして高く評価できる。

 一方で、本会社が事業として成立するためには、特に、国内のコンテンツ事業者からの信頼性を得ることが不可欠であり、その運用に当たっては、特定の企業に過度に偏ることなく中立性を確保すること、また、我が国コンテンツの競争力の源泉である国内コンテンツ企業に、その価値に見合う対価が還元されるよう努められたい。

 また、事業の実施に当たっては、経済産業省と緊密に連携し、本会社に蓄積されたノウハウ等を広く産業界に還元し、当産業の構造改革に資する取組とするよう努められたい。

 つまり、論理上では、海江田経済産業大臣は即日中に、提出された産業革新機構からの20ページものANEW設立の説明資料に目を通し、理解した上で大臣意見を発出したことになります。

 常識的に考えれば、そのような大臣意見のプロセスを当日のうちに行っていたと考える方が不自然だといえるでしょう。事実、この大臣意見は、法律に定められた期間の以前から経済産業省内で作成、決裁されていたことが、今回の開示決定の約2年後に発覚します。

第1章 株式会社ANEWと消えた22億円(2)

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