現代人に宿る石器時代の心 「理性的になりきれない」私たちの心
科学大国・アメリカで実感した「科学への不信」。先進各国に共通する「科学と社会を巡る不協和音」という課題を描く。

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自分が思うほど理性的ではない私たち

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 勉強をすれば賢くなって、お互いにわかり合えると普通は思うかもしれません。しかし、テーマによっては知識が増えれば増えるほど、お互いにわかり合えなくなることがあるそうです。

 例えば、ある人のことを嫌いな場合に、その人の良くない情報ばかりを集めてますます嫌いになるようなものです。そういう時は「なんでその人が嫌いなのか」ということにまず気付いてもらわないと、わかり合うための一歩になりません。

 科学についても同じことがいえます。何かのきっかけで科学的ではない考え方をするようになった人は、勉強するほど「反科学的」になるようです。

 私たちの進化の歴史を考えてみると、ごく最近まで、実験などを行う科学とは無縁の狩猟採集生活をしてきました。私たちの脳は、科学の知識をうまく使いこなすことに、まだ適応できていないのかもしれません。現代科学の視点で考えれば明らかに「地球は丸い」のですが、今でも「地球は平ら」と信じている人が米国にはたくさんいます。

「科学的なやり方」に適応できていないのであれば、科学とかかわりなく生きればいいじゃないかと思うかもしれません。しかし、科学のおかげで暮らしやすくなっているのも事実です。環境問題にうまく対応するためにも、科学の知識は役に立ちます。科学が苦手だとしても、うまく付き合っていくことが大事だと思うのです。

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11 人は学ぶほど愚かになる?

米ギャラップ社の世論調査

 振り返ってみれば、私は子どものころから科学が好きだった。大学も理系に進んだ。研究者の道には進まなかったが、科学を伝える仕事をしてきた。科学が好きだったのは、そこには常に原理原則があり、勝手気ままな人間の思いには左右されない、普遍的な世界があると感じたからだった。原理原則を学び、それを応用して社会や世界を理解できるという、理路整然とした世界観が好きだった。

 しかし、大人になり社会に出れば、そうした素朴な科学観は通用しない。

「科学はデータに基づき、それぞれの人の考え方の違いや立場の違いを超えた事実を提供できる」

 そんな期待は、人間社会の生々しい利害の前にかすんでしまうのだ。米国での取材で、その現実を強く実感した。

 共和党と民主党の二大政党の力が拮抗している米国では、科学的な成果でも、それぞれの人の政治的な立場によって受け止め方が異なる。これが際立つのが、地球温暖化に関する問題だ。

 規制を嫌い自由な産業活動を推進する共和党と、環境保護に積極的な民主党の間で、地球温暖化に対する評価が極端に違うのだ。

 米ギャラップ社の20183月の世論調査の結果を紹介したい。地球温暖化は人間活動が原因なのか、それとも自然変動の結果なのかを聞いた質問で、「人間活動が原因」と答えた人は64だった。前年に比べて4ポイント減った。

 支持政党ごとに見ると、共和党支持者では35だった。前年よりも5ポイント低く、全体を押し下げた。人為的な地球温暖化を認める共和党支持者は、3人に1人なのだ。一方、民主党支持者では89に上った。前年よりも2ポイント高くなった。もともと支持政党によって大きな違いがあるが、それが広がっている。

 地球温暖化は、人間が石油などを燃やした時に出てくる二酸化炭素のせいなのか、あるいは、たまたま自然の変化の一環で今が暑いだけという自然変動の結果なのかは本来、科学的に明らかにされる問題だ。

 しかし、このような純粋に科学的に評価されるべき問題であっても、支持政党の違いによって、受け止め方が大きく異なる。科学よりも、自らの政治的な思いが優先しているといえる。科学的な研究成果だからといって、ありがたがって認めるわけではないのだ。

 残念ながら、それが現実のようだ。

「賢い愚か者」

 政治的な思いの違いが地球温暖化の受け止め方にどう影響しているのか、もう少し、詳しく見てみたい。ギャラップ社は201015年、全米の6000人以上にインタビューして、温暖化に対する考え方と学歴との関係を調べた。

「地球温暖化は自然の変動によるものだ」と回答した人の割合を比べると、高校卒業までの人の場合は民主党支持者のなかでは35に対し、共和党支持者のなかでは54と、差は19ポイントだった。一方、大学を卒業した人では民主党支持者の13に対し、共和党支持者は66と差が53ポイントにまで広がってしまった(図11)。

 素朴な教育観によれば、勉強をすればするほど「正しい」理解に結び付き、誤解は解消し、わかり合えると思う。しかし、現実では学歴が高い人ほど支持する政党の違いに応じて、お互いの考え方の違いが際立つようになるのだ。

「人は自分の主義や考え方に一致する知識を吸収する傾向があるので、知識が増えると考え方が極端になる」

 地球温暖化やワクチンの安全性など科学に関するコミュニケーションの研究で知られるエール大学(北東部コネティカット州)のダン・カハン教授(心理学)はそう分析する。

 カハン教授は、知識が増えるとわかり合えなくなる人間の本性を、自らの研究でも明らかにしている。2015年に発表した論文は学歴ではなく、科学的な知識と温暖化に対する考え方との関係に迫っている。

「化石燃料を燃やすなどの人間活動が、最近の地球温暖化の主な原因であることを示す十分な証拠はあるか」と質問し、回答者の支持政党や科学的な知識との関係を調べた。

 結果は意外だった。科学的な知識が少ない場合は支持政党による違いはないのに、知識が増えるほど支持政党の違いに応じた考え方の違いが大きくなったのだ(図12)。

 科学的な知識は、「すべての放射性物質は人為的なものか」(答え:No)、「地球大気の成分で最も多い気体は何か」(答え:窒素)といった基礎知識に関する質問や、「100人のうち20人が病気になる場合、病気になる確率は何か」(答え:20)といった計算問題から判断している。

 一般的な科学知識ではなく、地球温暖化に関する知識で比較すれば、考え方の違いは大きくならないのではないかと思うかもしれない。カハン教授は、その研究もしている。

 この研究では、地球温暖化の知識のレベルを測るために次のような質問をした。

「科学者が気温上昇をもたらすと考えている気体は何か」(答え:二酸化炭素)

「科学者は、地球温暖化が沿岸部での洪水の増加につながると考えているか」(答え:Yes

「科学者は、原子力発電が地球温暖化を引き起こすと考えているか」(答え:No

21世紀の最初の10年間の世界の平均気温は、20世紀の最後の10年間よりも高かったと科学者は結論付けているか」(答え:Yes

 こうした地球温暖化に絞った九つの質問で、知識の有無と地球温暖化に対する考えを比較した。

 正しく答えた人は、「二酸化炭素が原因で地球が温暖化している」という科学的な知識を持っていることになる。それでも、やはり知識が増えると、考え方の違いが目立つようになった(図13)。一般的な科学知識の場合ほど極端ではないが、温暖化の知識ですら共通の理解につながらないのだ。

 共和党支持者は地球温暖化の知識があっても自分の考え方と違うので、逆の方向に理論武装して自らの信念を強めているようだ。「多くの科学者はそう言うけど、本当は違うんだ」といった感じだ。

 温暖化に関する科学的な研究成果を知っていたとしても、それに納得していない。知識が増えても共通の理解につながらず、逆に見方がより偏っていく──。

『Unscientific America(非科学的なアメリカ)』など米国の反科学的な側面を分析した著作で知られるジャーナリスト、クリス・ムーニー氏は、こうした現象を「smart idiot(賢い愚か者)」効果と名付けた(図14)。「知識が増えると共通の理解に到達してわかり合える」という素朴な教育観の限界を象徴する言葉だ。

ある科学ジャーナリストの嘆き

 私がカハン教授の研究を知ったのは、20142月にさかのぼる。世界の科学記者らで作る「世界科学ジャーナリスト連盟」(本部カナダ・モントリオール)が主催した科学ジャーナリズムに関する国際会議で、カハン教授の講演を聞いた。

 中西部イリノイ州シカゴ郊外で開かれた会議には、英BBCテレビや米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの科学記者、科学誌ネイチャーやサイエンスの編集者ら世界を代表する科学ジャーナリスト約50人が招待されて参加した(写真11)。当時、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員として科学ジャーナリズムを研究していた私も、縁あって招待された。

 カハン教授は知識が増えるほどお互いの考え方の違いが大きくなる研究を紹介し、「これが科学に関するコミュニケーションの問題だ」と指摘した。そして、ベテランの科学記者たちに向かって言った。

「あなたたちは自分たちのことを過大に評価しているのではないか。あなたたちができることは限られている。科学記者が地球温暖化の記事を書いて知識を広めたとしても、政治的な思いに応じて地球温暖化に関する考えは極端になるばかりだ。問題は解決しない」

 カハン教授の挑発的な発言に、会場からは苦笑が漏れ、雰囲気はちょっと重苦しかった。しかし、カハン教授のデータは明瞭だった。

 BBCの科学記者パラブ・ゴーシュさんはこう答えた。

「私たちは科学報道が影響力を持ち、人々の考え方を変えられると思い込んでいたが、考え直す必要があるのかもしれない」

「わかりやすい説明」の限界

 私自身のことを考えても、それまでは「専門用語が多い科学の話をいかにわかりやすく書くか」「生活に直結しない基礎的な科学の話を身近に感じられるようにするには、どうしたらいいのか」といったことに頭を悩ませていた。そもそも「情報を伝えるだけでは問題の解決に至らない」という発想を聞いたのは初めてだった。

 たとえ話をうまく使ったり論理的に明晰な文章にしたりという表現の工夫だけでは、わかってもらえないこともあるのだ。

「わかりやすい説明」には限界がある。

 素朴に「わかりやすく説明すれば」と思っていた私は、情報を伝えることに楽観的すぎたのだろう。

 頭の回転が速いからなのだろうが、カハン教授はとても早口だ。その早口の英語を必死で聞きながら、「伝える」ということについての私の考え方はがらりと変わった。英語を聞き取ろうと集中した後に感じるぼんやりとした疲労感のなかで、世の中の見え方が変わるような、新鮮な衝撃を受けた。

 この時に芽生えた問題意識は、本書の執筆に向けた取材の土台になった。

 カハン教授は20173月、ワシントンの全米科学アカデミーで開かれた、科学不信に関するワークショップでも自らの研究を紹介した。

 講演を聞いた米国の公共ラジオNPRの科学記者ジョー・パルカさんは「私が科学記者になったのは、一般の人たちに科学的な知識を伝え、物事を判断する時に役立ててほしかったからだ。しかし、カハン氏の話を聞いて、私は科学記者の役割を考え直す必要があると思った。科学的な知識を伝えるだけでは問題は解決しない、ということがよくわかった」と語った。続けて、「一人の記者が100万人を相手に情報を伝えるよりも、1000人の科学コミュニケーターがそれぞれ1000人に情報を伝える方法が求められている」と話し、少人数を相手にしたきめ細かいコミュニケーションの必要性を指摘した。

「見たいものだけ見える」「見たくないものは見えない」私たち

 カハン教授は、知識が増えれば増えるほどわかり合えなくなる状況を「汚染された科学コミュニケーション環境(polluted science communication environment)」と呼ぶ。

 透き通った清らかな環境であれば、事実が人々の心に広く染み込むように伝わっていくのかもしれない。しかし、いったん汚染されてしまえば、そこで事実はゆがんでしまう。素直に物事を受け取る無垢な心が汚れ、偏見が育ってしまうような環境だ。

 地球温暖化についてはすでに見たが、例えば、進化論を巡っては政治的な思いではなく信仰に基づいて、お互いの考え方の違いが大きくなる。「人類はより原始的な動物から進化したか」と質問し、信仰心が平均以上の人と平均以下の人のグループに分けて科学的な知識の多さと回答との関係を調べた。その結果、やはり知識が増えると考え方が極端になっていくことがわかった(図15)。

「汚染された環境」では政治や宗教などの個人の思いによって、情報が「大事な情報」と「嫌な情報」に分けられてしまう。そして、人は、自分の思いを強めてくれる「大事な情報」をありがたがる。

 こうした人間心理の傾向は、自分の主義主張を後押ししてくれる情報を選び取るという意味で、「確証バイアス(confirmation bias)」と呼ばれる。「見たいものだけ見える」あるいは「見たくないものは見えない」ということだ。

 もちろん、自分では気付かない。自分では客観的で公平な情報に基づいて判断しているつもりだが、「汚染された環境」では受け入れる情報が偏ってしまうのだ。

「政治や宗教などの立場が異なったとしても、科学は客観的な事実を提供し、わかり合うための土台を作ってくれる」

 そう思いたかったが、コミュニケーション環境が汚染されてしまえば、科学であっても感情や立場を超えて「事実」を共有することはできないようだ。

「賢い愚か者」効果の名付け親、クリス・ムーニー氏(写真12)は20144月、カリフォルニア大学バークレー校で行った講演で、科学的に考えることができない心の動きをこう表現した。

「自分の子どもがいじめに加担していることや、結婚生活が終わりを迎えつつあることを認めたがらない心の動きと同じだ」

 政治や宗教に関する人々の思いは、子どものいじめや結婚生活にかかわる気持ちと同じくらい強く、そして、科学的な成果を受け入れることを拒むのだ。

第 1 章 自分が思うほど理性的ではない私たち(2)

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