「消毒して傷を乾かす」治療ではなぜ駄目なのか
痛まず、早く、キレイに。身体の力を生かす「最新治療」。脳よりも先に、感じ、考え、共生していた、皮膚の驚きの力

1章 なぜ「消毒せず、乾かさない」と傷が治るのか

1 「湿しつじゆん治療」とは

 まず最初に、本書のテーマの一つである「外傷の湿潤治療(うるおい治療)」について説明しよう。

「湿潤治療」とは、一〇年ほど前から筆者が独自に始めたもので、薬も、高価な治療材料も使わずにりむき傷も熱傷(ヤケド)も治してしまうという治療である。実際、大学病院の熱傷センターで「これは入院して手術しないと治らない」と宣告された重症熱傷なのに、湿潤治療に切り替えて外来通院だけで二週間で完治したという例が多数あるのだ(写真1写真2参照)。しかも治療法そのものは極めてシンプルで簡単なため、素人でも実行できる。

 なぜ、擦りむき傷も熱傷も同じ方法で治ってしまうかというと、そうしよう過程(傷が治る過程)の徹底的な研究に基づき、過去の治療理論とのしがらみを全て切り捨ててゼロから作り上げた治療だからだ。擦りむき傷と熱傷では原因は異なっているが、そこから治っていく過程は同じである。だから、その治る過程の邪魔をせず、助けてやればいい。そう突き詰めていった結果として、シンプルで簡単な治療になっただけのことである。

 治療の原則は次の二つだ。

 ①傷を消毒しない。消毒薬を含む薬剤を治療に使わない。

 ②創面を乾燥させない。

 この治療法は、現時点での傷の治療の原則である「消毒して乾燥させる(=ガーゼで覆う)」と正反対であり、多くの病院で常識的に行われている傷の治療を完全否定するものだ。もちろん、確固たる根拠があって完全否定している。

 この治療法が正しいことは、擦りむき傷を食品包装用ラップで覆ってみればわかる。あのヒリつくような痛みが軽くなるからだ。痛みが軽くなった瞬間、あなたの体はあなたに「この治療は正しい」と教えてくれるはずだ。

 実際の治療法については次の章で詳しく紹介するとして、ここではまず、なぜこの治療法が正しいのかを説明しよう。

2 傷を治すための治療、治さないための治療

 なぜ「消毒をしない、乾燥させない」だけで傷が速やかに治ってしまうのだろうか。それは傷が治る過程(創傷治癒過程)に最も合致した治療だからだ。従来の「消毒して傷を乾かす」治療ではなぜ駄目なのか。それは、傷が治るのを妨害するからだ。

 要するに、傷が治る過程の研究から生まれたのが「消毒せず、乾燥させない」湿潤治療、傷が治る過程がわからない大昔にいい加減な理論の元に考え出されたのが「消毒して乾燥させる」治療なのだ。だから、湿潤治療を一度経験してしまうと、よく昔の治療で治ったものだな、と逆にびっくりしてしまうはずだ。

 消毒については後ほど詳しく説明するとして、まず最初になぜ乾燥させてはいけないかを説明する。

3 傷が治る過程(創傷治癒過程)

 皮膚の傷、つまり擦りむき傷やめつそう(皮膚や皮下組織が外からの圧力で削れたり潰れたりしてできた傷)、熱傷(ヤケド)の治り方には二つのパターンがある。創部に毛穴が残っている傷の場合(図11)と、毛穴が残っていない傷の場合(図12)の二つだ。極論すると、ありとあらゆる傷の治り方がこの応用で説明できるのだ。

まず、創部に毛穴が残っている浅い傷の場合だ(図11)。

 この場合は図でわかるとおり、傷のあちこちに毛穴が顔を覗かせている。すると、この毛穴に存在する皮膚の細胞がまわりに広がっていくのだ(正確に言うと、真皮の上を皮膚細胞が遊走して増殖するということになる)。これが創面に露出した全ての毛穴から一斉に起こるわけである。

 この皮膚の細胞の遊走と増殖は、毛穴だけでなく、汗管(汗が出る管)からも起こる。

 この様子は、たとえて言えば、庭に巣穴を作ったアリが、庭を歩き回っているようなものである。この庭に大雨が降ったとする。もちろんアリはいなくなる。しかし晴れてくると巣穴からアリがまた出てきて、また庭のあちこちでアリが歩き回るようになる。このアリが皮膚の細胞、巣穴が毛穴(あるいは汗管)というわけだ。

 ここで自分の腕や頰をよく目を凝らして見て欲しい。特に頰や額にはびっしりとうぶが生えているのがわかるはずだ。この一つ一つから皮膚細胞が増えていく様子を想像して欲しい。これなら早く治るのも当たり前だな、という気がしてこないだろうか。

 ちなみに、毛が生えていない部位(しゆしようや足底)ではどうなるかというと、ここには確かに毛穴はないが、汗管が豊富に存在していて、ここから皮膚が再生するのだ。

 それでは、毛穴が残っていない深い傷の場合はどうかというと(図12)、まず最初ににくという赤い組織が傷口を覆う。この肉芽はコラーゲンや毛細血管に富んだ丈夫な組織であり、傷口をしっかりと覆う役目をする。そしてこの肉芽の表面に傷の周りの無傷な皮膚から皮膚の細胞が移動してくる。そして同時に、肉芽組織そのものが収縮するため、傷自体が小さくなっていく。このようにして、深い傷も、ちょっと時間はかかるが見事に皮膚が再生する。

 さきほどのアリのたとえで言うと、庭をブルドーザーで深く掘り起こした場合に相当する。もちろん、アリの巣穴も根こそぎなくなっている。この場合にはまず深くえぐれた部分に新たに土を入れて平らにし、そのうち、隣の家の庭にいるアリがこちらの庭にやってくるようになるようなものだ。

 以上をまとめると、次のようになる。

 ①浅い傷の場合には毛穴(および汗管)から皮膚が再生する。

 ②傷が深い場合にはまず肉芽が傷を覆い、その表面に周囲から皮膚が入り込んで再生する。

 実に単純なものである。そしてこの単純な現象が、なぜ傷を乾かしてはいけないかの理由を導き出す。

4 乾燥は厳禁──カサブタはミイラである

 皮膚の傷の治癒、つまり皮膚の再生にからんでいるのは、皮膚の細胞、その細胞の移動と分裂の舞台となっている真皮、肉芽だ。これらの共通点は「乾燥に弱い」ことであり、むしろ最大の弱点と言ってもいい。

 皮膚の細胞を乾燥状態に置くとすぐに死滅する。真皮や肉芽は本来は非常に血流に富んだ丈夫な組織なのだが、乾燥させるとやはりあっけなく死んでしまう。皮膚の細胞でなくても、神経細胞だろうが腸管上皮細胞だろうが、乾燥状態で死滅しない人体細胞はないのだ。人間は水なしには数日しか生存できないように、人体を構成するあらゆる細胞も乾燥状態ではすぐに死んでしまう。

 だから、傷口を乾燥させると皮膚の細胞も真皮組織も肉芽組織も死んでしまう。そして死んだ人間が生き返ることがないように、一旦死んだ細胞も組織も蘇ることはなく死骸になる。それがカサブタだ。つまり傷の上にできるカサブタとは、乾燥して死に、ミイラになったようなものだ。

 従来は、カサブタができると治る、と誤解されていた。だから、早くカサブタができるようにとせっせと乾かしてきたわけだが、何のことはない、傷が治らないように、細胞が早く死ぬようにと一生懸命乾かしていたのだ。

 カサブタは要するに、中にばい菌を閉じ込めて上からふたをするようなものである。だから、カサブタになるといつまでも治らないし、閉じ込められたばい菌が暴れだせば化膿することになる。

 逆に傷を乾かさないようにすれば、真皮も肉芽も、その上を移動する皮膚細胞も元気いっぱいだ。その結果、傷の表面は新たに増えた皮膚細胞で覆われ、皮膚が再生することになる。

 以上から、傷を治すためには乾燥は大敵だということがご理解いただけたと思う。

 それでは、傷を乾燥させないためには具体的にどうしたらいいのだろうか。

5 傷のジュクジュクは最強の治療薬

 花壇の土が乾いてきたら水をけばいい。玄関の土が乾いて土ぼこりが上がりそうだったら打ち水が効果的だ。では、傷口の乾燥を防ぐにはどうしたらいいのだろうか。傷口に水を撒けばいいのだろうか。

 もちろん、水を撒く必要はない。「水を通さないもの、空気を通さないもの」で傷口を覆ってやるだけでよい。なぜかというと、傷口からは傷を治すための最強の液体が常に分泌されているからだ。それが「細胞成長因子」という生理活性物質である。

 膝小僧を擦りむいた時、傷口がジュクジュクしてこなかっただろうか。このジュクジュクは何か、という研究が始まったのが一九五〇年代で、このジュクジュクと出てくるしんしゆつえきは細胞成長因子と呼ばれる物質を含み、その物質は傷を治すための成分だったのだ。

 現在では四〇種類を超える細胞成長因子が見つかっている。ある成長因子は皮膚の細胞の分裂を促し、別の成長因子はせん細胞に作用してコラーゲンの産生を促進させ、また別の成長因子は毛細血管新生を促していたのだ。しかもそれらは相互に関連しあっていたのである。

 例えば、そのうちの四種類の細胞成長因子とその作用、そしてそれらを分泌する細胞との関係を図13にまとめてみたが、一つの細胞成長因子がある細胞に働きかけて別の細胞成長因子を分泌させ、それがまた最初の細胞を活性化させたり、別の細胞を活性化させていることがわかると思う。まさにネットワークを作って影響し合い、その結果として、どんどん傷が治る方向に作用していることがわかる。

 つまり人間の体は自前で傷を治すメカニズムを持っていて、それがあの傷口のジュクジュクだったのだ。この傷のジュクジュクはいわば、人体細胞の最適の培養液なのである。だから、傷口が常にこのジュクジュクで覆われるようにしてやれば、傷は簡単に治ってしまうのだ。せっかく「傷を治す物質」があるのなら、それを利用しない手はないのである。

 ではどうするか、といえば、話は簡単で、先にも述べたとおり、傷口に分泌されているジュクジュク、つまり滲出液が外にこぼれないように、「水を通さないもの、空気を通さないもの」で覆ってやればいい。そうすれば傷の表面は常に滲出液で潤った状態になって乾燥しなくなり、傷表面のさまざまな細胞は活発に分裂し、傷はどんどん治ってしまう。

 これが「湿潤治療」の原理だ。

 では傷の上を覆うものは何がいいのだろうか。

 実は何だっていい。人体に有害な成分が含まれてさえいなければ、

 ①傷にくっつかない。

 ②滲出液(=細胞成長因子)を外に逃がさない。

 この二つの条件をクリアしていれば十分だ。それが、後述する食品包装用ラップであったり、市販のハイドロコロイド被覆材だったり、プラスモイストなのだが、もちろん、ポリエチレン製のゴミ袋だって治療に使えるし、有害成分が含まれなければビニールシートだって十分な治療効果を発揮する。

 ここで、勘のいい人は、ちょっと引っかかるはずだ。滲出液がこぼれないようにするだけなら、カサブタだっていいのではないか。なのになぜラップがよくてカサブタはいけないのか。

 この疑問を持った人は頭がいい。この質問は治療の本質に関わっているものなので、後ほど詳しく説明する。

6 傷を覆うのは何がベストか

 前項で、擦りむき傷やヤケドの治療に有用なものとしては、次の二つの条件が満たされているものであればいいと書いた。

 ①傷にくっつかない。

 ②滲出液(=細胞成長因子)を外に逃がさない。

 もちろんこれでいいのだが、さらにもう一つ、

 ③ある程度水分(滲出液)吸収能力がある。

 という条件が加わればベストである。

 なぜ、水分吸収能力が必要かといえば、それがないと傷周囲の皮膚に汗疹あせもができたり、のうしん(いわゆる「とびひ」)ができたりするのだ。

 皮膚は防御器官であるとともに排泄器官であり、体外に汗とかんじようせつ(発汗以外に皮膚および気道から蒸散する水分)を出すという重要な役目を持っているからである。だからそれを無視してラップなどで皮膚を密封すると、皮膚は排泄器官としての働きができずに機能不全に陥り、その結果としてさまざまなトラブルが起こることになる。そのトラブルが汗疹であり膿痂疹なのだ。

 また、滲出液が皮膚についているだけで、皮膚炎を起こすこともある。要するに、滲出液(=細胞成長因子)は傷を治すには最善の治療薬だが、皮膚にとっては余計物、厄介者なのである。

 この三つの条件を満たした治療材料を「創傷ふく材」といい、一九八〇年代から病院での傷やじよくそう(床ずれ)の治療に使われ始めている。その一つがハイドロコロイドという素材で、現在、「キズパワーパッド」という商品名でドラッグストアなどで販売されている。

 また、「プラスモイスト」という治療材料もこの三つの条件を兼ね備えており、しかも値段がハイドロコロイドより安価であり、調剤薬局の店頭やインターネットで購入できる。水分吸収能力という点ではプラスモイストはハイドロコロイドをはるかにしのいでおり、素人が傷の治療に使用してもまず失敗することがなく、安心して使える治療材料である。

7 湿潤治療は地球を救う?

 長々と湿潤治療について説明してきたが、その特徴をまとめると次のようになる。

 ①すぐに傷が治る。

 ②痛みもなくなる。

 ③擦りむき傷も深い創も熱傷も同じ方法で治療できる。

 ④消毒薬もなんこうも不要。

 ⑤最低限、水とラップとばんそうこうがあれば治療でき、極めて安価。

 ⑥治療材料が軽くてかさばらない。

 ⑦治療方法が簡単、簡便。

 このような特徴を持つ傷の治療法が最も必要とされているのはどこだろうか。それは紛争地であり災害被災地だ。これらの場所では短時間に多くのケガ人が発生するが、とりあえず水で傷を洗い、ラップかプラスモイストを当て、絆創膏で固定して包帯を巻くだけなら、数十人のケガ人でも一人で治療できてしまう。しかも、治療材料であるラップ、プラスモイストは軽くてかさばらないため大量に持ち運べる。

 これは発展途上国でのケガの治療にも有用で、実際にそういった国々でNGOの医療活動に携わっている方から、ラップでのケガの治療法を教えたら非常に感謝された、という連絡をいただいている。

 そしてこれは日本の医療現場をも大きく変えるはずだ。例えば、簡単な傷が誰でも自分で治療できるようになれば医療費抑制になるし、病院に湿潤治療が広まれば消毒薬も軟膏も不要になるため、これも医療費抑制に有効だ。もちろん、創傷被覆材の使用量も増えるが、治癒までの期間が短縮できるため、人件費まで含めると安上がりなのである。

 さらに、高齢者はちょっとした打撲でも傷になるし、寝たきりになればじよくそう(床ずれ)ができるが、湿潤治療の知識さえあればそれらは「病院で専門医が治療しないと治らないケガ」ではなく「家庭で素人でも治せるケガ」になる。超高齢化社会に向かって疾走する日本で、これは社会全体に大きなメリットになるはずだ。

第2章 傷の正しい治し方

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