「ゲーム業界のネットフリックス」路線を突き進む理由
6月に開催された世界最大級のゲームエキスポでマイクロソフトは30もの新作タイトルを発表し話題をさらった。しかし、彼らが狙うのは「ポスト・ハードウェア」。プレステvs.Xboxの様相でソニーと戦い続けたマイクロソフトが「ゲーム業界のネットフリックス」路線へのアクセルを踏んだ経緯と理由を、綿密な取材で浮き彫りにしたNYTレポート。

なぜマイクロソフトは「マインクラフト」を買収したのか?

家庭用ゲーム機「Xbox」で知られる米マイクロソフト。ハードウエア事業と距離を置き、新戦略を導入しつつある。狙いは何百万人にも上る新規ゲーマーの獲得だ。

取材・執筆 ケレン・ブラウニング

Xbox部門の責任者フィル・スペンサー。家庭用ゲーム機戦争から撤退する代わりに、人気ゲーム「マインクラフト」の開発元の買収に向かった

人気ゲーム「マインクラフト」買収

 2014年半ば、米ワシントン州レッドモンドにあるマイクロソフト本社ビルの5階。同社の最高経営責任者(CEO)に就任したばかりのサティア・ナデラは、自分のオフィスにゲーム事業の幹部チームを呼び入れて緊急会議を開いた。

 25億ドルを投じてスウェーデンのゲームソフト会社モージャンを買収したい――このように幹部チームは考えていた。目当てはモージャン製の「マインクラフト」。プレーヤーがピクセルのブロックを使って建物を作るなどして遊ぶ人気ビデオゲームだ。

「家庭用ゲーム機市場でわれわれはソニーに負け続けている。なぜゲームソフトに投資し続けなければならないのか?」「われわれは消費者に親しみやすい会社になろうとしている。この点でマインクラフトは役に立つのか?」――。ナデラは矢継ぎ早に質問を投げ掛けた。

 Xbox部門の新トップに選ばれたばかりのフィル・スペンサーは「われわれのゲーム事業を生まれ変わらせるためにマインクラフトは不可欠」と強調した。発言の要旨は次の通りだ。

「マインクラフトの世界は広大であり、そこでは何百万人ものプレーヤーが相互につながっている。ティーンエージャーであれば、プレーを通じて数学を学んで科学的なスキルを身に付けられる。われわれはもっと大胆なビジョンを持ってゲーム事業の変革を進め、コンソールゲーマー(家庭用ゲーム機愛好者)以外のファンも広く取り込むべきだ。その第一歩がモージャンの買収だ」

 ナデラはスペンサーに同意し、モージャン買収にゴーサインを出した。

2017年、E3で披露されたマインクラフト Photo/Getty Images

ソニーとの競争にはこだわらない

 本紙が20人以上のマイクロソフト関係者――経営幹部、ゲーム開発者、業界アナリスト、ゲーマー――に取材したところによれば、モージャン買収後に同社のゲーム事業は実際に大転換しつつある。

 それを象徴しているのがいわゆる「家庭用ゲーム機戦争」からの撤退だ。マイクロソフトは長らく家庭用ゲーム機市場でソニーと激しく競ってきたのに、今では市場シェアにこだわらなくなっている。

 代わりに、マイクロソフトは脱ハードウエアに向けて新規投資を加速させている。モージャン以外にゲームスタジオ15社を買収したほか、「ゲーム業界のネットフリックス」路線に突き進んでいる。具体的には、ゲーマー向けに月額課金制のサブスクリプションサービスを立ち上げた一方で、「クラウドゲーミング」と呼ばれるモバイル向けストリーミングサービスを開発している。

 612日に始まった世界最大級のゲーム見本市「エレクトロニック・エンターテインメント・エキスポ(E3)」に目を向けると、マイクロソフトが描く「大胆なビジョン」が垣間見えてくる。対外的には同社の顔は今でもXbox――最新モデルは202011月に発売――であるものの、「ポストハードウエア世界」を先取りした新サービスが続々と生まれているのだ。

 アナリストも変化に気付きつつある。データ分析会社アンペア・アナリシスに所属するゲーム市場調査担当者ピアース・ハーディング・ロールズは「マイクロソフトのゲーム戦略は様変わりしている。家庭用ゲーム機に依拠した伝統的ビジネスモデルではもはや説明できない」とみている。

ポストハードウエア世界の到来

 E3は新型コロナウイルスのあおりでオンライン開催となったものの、ファンは例年同様に期待を膨らませた。数十万人に上るファンが新作のリリースを伝えるトレーラーにアクセスしたのである。

 出展企業の中でマイクロソフトの存在感は大きかった。ライバルのソニーなど一部の大手ゲーム会社は出展を見送っていたからなおさらだった(ソニーは近年独自の方法で新作発表を行っている)。

 2日目の日曜日にはマイクロソフトは30タイトルに上る新作を一気に発表し、話題をさらった。30タイトルに含まれていたのは、多くのファンが待ち望んでいたレーシングゲーム「フォルツァ」やSFロールプレイングゲーム(RPG)「スターフィールド」だ(初日の土曜日には仏ユービーアイソフト、3日目の月曜日と最終日の火曜日には任天堂や米テイクツー・インタラクティブ、バンダイナムコが新作を発表)。

 言うまでもなく、多くのコンソールゲーマー(家庭用ゲーム機でのゲームプレイヤー)が新作タイトルに飛び付くだろう。しかし、マイクロソフトは「ポストハードウエア世界にゲームの未来はある」とみている。言い換えれば、家庭用ゲーム機に依存するコンソールゲーマー以外にも大きくファンの裾野を広げる必要があると考えているわけだ。

マイクロソフト役員や業界アナリストの見立てでは、ポストハードウエア世界ではファンは家庭用ゲーム機1台に何百ドルも払おうと思わない。特定のデバイスに拘束されずにゲームを楽しもうとして、ハードウエアではなくソフトウエアやサービスに関心を寄せるようになる。

ゲーム事業の四半期売上高が初の50億ドル

 足元ではハードウエアの要であるXboxはなおも多額の売り上げを生み出している。1月に発表した四半期決算(20201012月)では、Xboxの最新モデル「Xbox Series X」をテコにしてゲーム事業の売上高が初めて50億ドルを突破。もっとも、Xbox部門の最高財務責任者(CFO)ティム・スチュアートは「売り上げの大半はXboxのハードウエアではなくコンテンツやサービスで占められている」と指摘する。

 ちなみにマイクロソフトは2014年を最後に家庭用ゲーム機の販売実績公表を取りやめている。

 マイクロソフトのゲーム事業は数字のうえでは好調でありながらも、過去の失敗から完全に立ち直ったとはいえない。

 例えば、ゲーマーの間ではなおも「ゲーマーの利益がないがしろにされている」といった不信感が残っている。原因ははっきりしている。2013年にXboxの新型モデル「Xbox One」をリリースした際に同社は「音楽と映画のストリーミングも楽しめるエンターテインメント機器」として売り出し、ゲーマーの反発を買ったのだ。

 だからなのか、家庭用ゲーム機戦争でマイクロソフトは宿敵ソニーに大きく水を開けられている。アナリスト推計によればXbox Oneの累計販売台数は5千万台にとどまり、同じ2013年に発売されたソニー製「プレイステーション4(PS4)」の販売台数(11600万台)と比べ半分以下だ。スチュアートは「ゲーマーのニーズにきちんと応えられなかった」と語る。

マイクロソフトのXbox部門を率いる経営チーム。左からCFOのティム・スチュアート、全体の責任者フィル・スペンサー、クラウド部門責任者キャサリン・グラックスタイン、Xboxゲームスタジオ責任者マット・ブーティー、ゲームエコシステム責任者サラ・ボンド Photo/Meron Tekie Menghistab for The New York Times

ゲーム版のサブスク「ゲームパス」

 Xbox Oneでつまずいた後、マイクロソフトはゲーム事業の戦略転換に乗り出した。新CEOナデラの号令の下で、クラウドコンピューティングとサブスクリプションサービスへ大きくかじを切ったのである。

 現場の旗振り役がスペンサーだ。戦略転換の切り札として20149月にはナデラを説得してモージャン買収にこぎ着けた。モージャン買収はナデラにとってCEO就任後初のM&A(企業の合併・買収)となった。

 ナデラは6月上旬に本紙とのインタビューに応じ、「われわれにとってゲーム事業は中核的な位置を占めている。社史をさかのぼっても、ゲーム事業が今ほど重要な時期はほかになかっただろう」との見方を示している。

 モージャン買収から3年後の2017年には、マイクロソフトはゲーム版のサブスクリプションサービス「Xboxゲームパス」を導入。毎月10ドル(あるいは15ドル)払っている限り、加入者はさまざまなゲームを好き放題にプレーできる。従来型ビジネスモデルからの大転換だ。

 従来型ビジネスモデルでは、ゲーマーは60ドル払って人気シューティングゲーム「コール オブ デューティ」のようなゲームを購入し、永久保有する。ゲームパス加入者であれば、個々のゲームを保有していなくても、「コール オブ デューティ」も含めて多数のゲームをいつでも自由に楽しめるわけだ。

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