データが見せる、日本の児童貧困の現実
7人に1人の児童が困窮し、ひとり親家庭はOECDで最貧困。日本は米国と並び最低水準の福祉だ。日米での児童福祉の現場経験をふまえ、理論・統計も使い、多角的に実態に迫る。

 概論

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1章 貧困化の著しい日本の子どもたち

 まず、この章では、子どもたちの貧困が、日本やアメリカでどれほどの広がりを見せているのかを概観していきたいと思います。それにあたっては、先に取り上げたユニセフ・イノセント・リサーチセンターのレポート(以下、「ユニセフレポート」と呼ぶ)やOECD(経済協力開発機構)が発表しているデータを見ていくことで、国際比較の視点から日本やアメリカの子どもたちの貧困の現状を垣間見ておきたいと思います。

 ユニセフレポートやOECDのデータでは、相対的貧困の概念に基づいて各国の子どもたちの貧困状況を把握しています。

 つまり、子どもの属する世帯の所得から税金や社会保険料などを引き、児童手当などの政府からの公的な援助を加えることで世帯の可処分所得というものを求めます。この可処分所得のままでは、世帯の構成や人数の規模は調整されていません。

 そうしたものを調整した、世帯ごとの個人単位の所得を低い方から高い方に並べ、そのちょうど真ん中の世帯の所得(統計学で言う「中央値」)の50%を貧困ラインと定めています。

 ちょっと複雑に見えますが、要は、ユニセフレポートなどではすでに税金などの所得の再分配施策の結果を含んでおり、世帯の人数等は調整されていることと、それらの後の中央値の半分を貧困ラインにしていることを押さえておけばよいと思います。

 ちなみに、OECDのデータが採用している日本の貧困ラインでは、親子2人世帯では可処分所得で年収195万円、親2人子1人世帯では239万円、親2人子2人世帯では276万円です。みなさんの経済感覚では、この額はどのように映るでしょうか。低いと思われる方も多いかもしれません。

子ども貧困リーグ

 ユニセフレポートは、冒頭で「子ども貧困リーグ」(The Child Poverty League)と題する図をかかげて、OECD26ヵ国の貧困率を国際比較しています(11)。この図のデータは、ほとんど99年から01年にかけてのものです。ちなみに、日本もアメリカも00年のものです。

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 また、アメリカを含め多くの国のデータは、ルクセンブルク所得研究のデータを使ったものですが、残念ながら日本はこの研究に参加していません。『日本の貧困研究』の著者・たちばなとしあき氏の指摘によれば、日本はこのルクセンブルク所得研究への参加を繰り返し呼びかけられているのに断り続けているようです。この研究に参加すると、相対的貧困率だけでなく絶対的貧困率なども比較できるのに、とても残念です。

 この図で、最初にみなさんの目が行くのはやはり日本の位置でしょう。

 本書の冒頭で述べたように、子どもの貧困について、日本は00年の時点でももうすでにかなり高い国に位置しています。26ヵ国のうち10番目の高さです。その後の非正規労働者数の増大などを考慮に入れると、さらに貧困率が高くなっている可能性はあると思います。

 図全体に目を移すと、国によって子どもの貧困率にはかなりの差が見られるということがわかります。

 まずは、貧困率が最も低いデンマーク(24%)やフィンランド(28%)の数字の低さを指摘することができます。わずか、3%以下でしかないです。繰り返しになりますが、この数字は相対的な貧困率であって、各国全体の世帯のなかで世帯所得が中央値の半分以下の世帯の割合を示すものです。その数字が3%にも満たないというのは、その数字がやはり5%に満たないノルウェー(34%)とスウェーデン(42%)の両国を合わせ、どんな社会のしくみのなかで、こうした数字を達成できているのだろうと驚きを禁じえません。この点は、この章のなかでまた少し触れます。

豊かさと貧しさが同居する国・アメリカ

 逆に、貧困率の高いアメリカ(219%)やメキシコ(277%)は、他の国がすべて17%以下(第3位のイタリアですら166%)であることを考慮に入れると、異常に高い数字と言えるでしょう。

 まだ中進国とも言えるメキシコは別にしても、とくにアメリカはGDP(国内総生産)世界一を誇る国です。そうした世界中の富を集めた豊かな国において、5人に1人以上の子どもが貧困状況に置かれているアメリカ社会のゆがみを、他の国との比較からも指摘できます。

 日本の児童相談所でソーシャルワーカーとして働き、貧困な子どもたちや家族と日々接し、貧困という実態に多少とも免疫のある私にとっても、アメリカ社会のこうした豊かさと貧しさが同居する様相は、驚きの連続でした。住居ひとつをとっても日本以上に、豊かな家族と貧しい家族では格差が顕著に見られます。

 豊かな人たちは、お城のような邸宅や、ゲーテッド・コミュニティ(地域全体をフェンスや壁で囲み、不審者が侵入することを防ぐ町)などに住んでいます。貧しい家族は、壊れかけた家やキャンプ場でトレーラーを家代わりにして定住するケースも多いのです。インターンとして家庭訪問をし、家のなかを見せてもらうと、物置のようにがらんとしたなかで数人が寄り添いあうようにして暮らしている家族や、割れた窓ガラスにベニヤを張って雨露をしのいでいる家族に日常的に出会います。幼い子どもを連れたホームレスの家族に会ったことも数回ありました。

 さらに、深刻なのは、豊かな人たちと貧しい人たちは多くの大都市では同じ地域で共存していないということです。こうした分離(セグレゲーション)の世界では、豊かな人と貧しい人たちは、日々ほとんど接することなく生活しています。住む地域が違うだけでなく、買い物に行くスーパーも異なり、子どもたちの学校も異なります。話す言語ですらも、同じアメリカン英語なのに相当に違いが見られます(2章でも、再度触れます)。

ユニセフレポートの意味するもの

 ユニセフレポートに話を戻すと、以上のように子どもの貧困率に各国でかなりの差があることが最も重要な点である、と指摘されています。しかし、それはアメリカやメキシコの貧困率がデンマークなどと比べ、あまりにひどいことを言い表したいのではないようです。

 ユニセフレポートによれば、こうした貧困率の差異が意味するのは、各国の社会政策のあり方と子どもの貧困率は大いに関連性があるということです。つまり、国や政府の社会政策によって、子どもの貧困率を下げることは可能なのです。各国間の差こそ、子どもの貧困率の改善の可能性を示すものだとユニセフレポートは強調します。

 さらに、この図を見てお気づきになった方もいらっしゃるかもしれませんが、実は26ヵ国の地域間の違いを、この「子ども貧困リーグ」が映している点はとてもユニークだと思われます。

 貧困率の最も低いのは、先にも述べたとおり北欧4ヵ国です。次のグループは、フランス・ドイツなどすべてEUに加盟する9ヵ国(スイスは未加盟)で、ほぼ5%から10%前後の子どもの貧困率です。3番目のグループは日本(143%)も含んだ11ヵ国で、イタリア、スペインなど南欧の国々(4ヵ国)、ニュージーランド、カナダなど非ヨーロッパの国々からなります。4番目が、アメリカとメキシコです。こうした地域間の差については、ユニセフレポートは目立ったコメントを残していませんが、EUの動きやイギリスなどのいくつかの国の現況については記載があり、私も最後の章で少し述べたいと思います。

 日本は、00年の時点でも、子どもの貧困率はかなり高くなっていました。私が、さらに気になってならないのは、国としての、政府としての、また私たち市民としての、子どもたちの貧困に対する関心の低さです。私の仕事や政府の動きを見ても、これまでこの問題にきちんと向き合ってきたようには思えません。この本を読んでいただくことで、そうした姿勢について少しでも振り返っていただければうれしいと思っています。

子どもの貧困率の上昇著しい日本

 12は、OECDのデータを使った、80年代中ごろから90年代中ごろと、90年代中ごろから00年までの、主要な10ヵ国の子どもの貧困率の変動を示すものです。

 子どもの貧困率は、世界的に見ると徐々に下がっていると一般的には思われているかもしれません。しかし、図12はそれが間違った認識であることを示しています。

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 OECD平均で見ても、の両方の時期でずっと貧困率が上昇しています。また、上昇率もけっして低い数字ではありません。の時期に上昇を示したのは、この図に表していない国も含めて、データの使用可能な20ヵ国中12ヵ国でした。また、の時期では、25ヵ国中なんと16ヵ国で子どもの貧困率は増加していました。

 子どもの貧困問題は、けっして発展途上国の問題だけではありません。多くの先進国間においても、ここ20年の間に子どもの貧困率が上昇していることは、欧米では既知の事実です。こうした認識のもとにEU諸国やアメリカなどでは、その対策に政府がさまざまな取り組みをしています。何の対策も取られないどころか、政府がまったくその存在さえ認めようとしていないのは、先進国のなかでは日本だけかもしれません。

 OECD各国のすべてのデータをここではお見せしていないのですが、の両方の時期に子どもの貧困率を上昇させているのは、実は日本とニュージーランドだけなのです。日本では、の時期に12%、の時期に23%、子どもの貧困率を上昇させています。の時期を合わせると、合計42%も上昇しています。

 90年代後半からの子どもの貧困率の上昇は、非正規雇用やワーキング・プアなどの増加や、経済不況の問題と無関係ではないでしょう。実際、子どもの貧困率とその国全体の貧困率とは密接な相関関係が見られることもわかっています。

児童相談所で出会う困窮状況の家族たち

 こうした貧困化の進展は、私が児童福祉司として働くなかで感じていることと重なります。日々の業務のなかで、真面目に働いても生活するのにやっとの収入しか得られず、長時間労働に従事せざるをえない親御さんや、生活が行き詰まり、立ち行かなくなっている家族に出会う機会が増えていることを感じています。

 私は、できる限り親御さんの仕事や賃金などの生活状況も聞かせてもらうようにしているのですが、親御さんの話をうかがううちに、驚いたりぜんとしたり、もし自分がそうした状況に置かれたら、どんな解決方法があるだろうかと暗然とした気持ちになる機会が増えてきました。

 友人に暴力をふるったことで、児童相談所に通うことになった母子家庭の中学男子のお母さんは、ふたつの仕事を掛け持ちでやっていました。ふたつの仕事は、ともに非正規雇用の形ですが、時給計算するとほとんど最低賃金ぎりぎりの状況でした。以前、生活費を補うために借りたローンを返済しているために、ふたつの仕事の賃金を合わせても、生活はかなり厳しい状況です。月に1日か2日の休みしか取れずにいるのですが、そうした休みを使って児童相談所に通ってくれました。深夜まで働いている母親の帰りを毎日待ちわびている彼ですが、淋しさから非行的な友人との関係をなかなか断ち切ることができません。

 数ヵ月間、孫たち3人の面倒を見ていたある祖母を家庭訪問してびっくりしたのは、生活費は財布に1000円余りしか残っておらず、ビニール袋に穴を開けて、1歳の子のオムツ代わりにしていたことです。当然、彼のお尻はオムツかぶれでひどい状態でした。多額の借金を作った孫たちの父母が、数ヵ月前に孫たちを祖母宅に置き去りにしたことから問題が生じたのですが、この祖母は地域の民生委員さんを通じて、生活保護の相談をしていたにもかかわらず、持ち家に住んでいることを理由に生活保護を申請することはできませんでした)。

 ある児童養護施設に入所している母子家庭の子どもの引き取りに向けて、親御さんと話し合いを重ねるなかで、母親の仕事の状況が見えてきました。母親は小さな弁当屋さんで働いていますが、休みは日曜日のみです。夏休みや冬休みも3日ほどしか取れません。この児童養護施設は、母親が住む市からは離れたところにあるために、親子の交流を深めることが物理的に難しいのです。母親には、かつて精神的に不安定な状況があり、虐待的な親子関係が見られました。母親の精神状況は、ようやく回復期を迎えたのですが、母親の現在の就労状態が、親子の関係を修復していく上での障壁になっているのです。児童養護施設は、どこも満床状況で、母親の住む市の近くの施設に子どもを移すことも不可能です。

 小学生が近隣の家に入り込んで物を盗ったり、幼児が下着姿で近隣を歩いていたりしたために、ネグレクトの通報をされた父子家庭の親御さんに生活状況を聞く機会がありました。父親は電気工事会社に勤めていましたが、仕事の関係で早朝から家を空けることや夜帰宅が遅くなってしまうこともあるようです。そうした時に、中学生の姉が2人の面倒を見ているのですが、どうしても放置的にならざるをえません。父親は、電気工事の資格や自動車の運転免許を取るために会社に借金をしており、簡単に仕事を変えることはできません。父親は、「食うためには」どうしても現状の生活形態で行くしかないと訴えます。

 高度成長期やバブル期と違い、90年代後半以降にこうした経済的困窮状況に置かれた多くの家族は、将来的な前向きの展望も見えず、家族外に経済的サポートができる親族なども存在しません。こうしたことからか、言葉に表現することの難しい、どんよりとした不安感や悲観が家庭内にただよっていることを家庭訪問の折に感じることも多いのです。

 この本の3章以降でも触れるように、そうした家庭内の不安感や行き詰まり感は、親子関係などの家庭内の人間関係に大きな影響を与えがちです。そうした家庭内の雰囲気や人間関係のあり方が、子どもたちのさまざまな問題(たとえば、非行や登校拒否)として現れていることも多く見られるようになってきました。

Ⅰ 概論(2)

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