ふとした瞬間に境界線を越え、自分が騙される人になる可能性は常にあります
WELQ問題の火付け役 朽木誠一郎が語る 医療デマから身を守り、誰も騙されない世の中をつくるために今できること

第一章 健康になりたい人とそれを騙す人

ラクに、簡単に健康になりたい私たち

医療記者、ダイエットをする

何を隠そう、少し前までの私は、かなり不健康でした。体重は120kgを超え、階段では息を切らし、朝起きれば口の中がカラカラ。さまざまな病気の前兆のオンパレードです。大学時代まではいわゆるスポーツマンだったのですが、社会人になって、なんと40kgも太ってしまったのでした。「そんな不健康なやつに健康について話されても、信じられない」という声が聞こえてきそうです。

たしかに、「太った医療記者」では、いまひとつ説得力に欠けます。そこで私は、バズフィード・ジャパンへの転職を機に、つまり、医療記者へと転身したタイミングで、「現時点で医学的にもっとも確からしいダイエット」に挑戦することにしました。

その結果、半年で、もっとも重い時期からマイナス40kgというダイエットに成功したのです。

医療記者として真剣に取り組んだ「現時点で医学的にもっとも確からしいダイエット」。これがどんなものか、気になりませんか。

今、もっとも確からしいダイエット法は、とてもシンプルなものでした。「食事の節制」と「適度な運動」。以上です。参考にならないと感じた方、ごめんなさい。

しかし、ここにこそ、健康・医療情報の難しさがあります。私たちは、簡単に痩せる方法、あるいは、簡単に健康になれる方法を求めます。でも、そんなうまい話は、残念ながらありません。医療デマに騙されない第一歩として、まずは、この残酷な真実を認めなくてはなりません。

ダイエット法の最新トレンドは、「玉ねぎヨーグルトダイエット」や「バターコーヒーダイエット」だそうです。玉ねぎとヨーグルト。バターとコーヒー。これらの組み合わせを変えることで、新しいダイエット法を無限に生み出せそうです。みなさん、ダイエットが好きですよね。過度なダイエットは別として、肥満はさまざまな病気の原因になりますから、「ダイエットしたい」というのは悪いことではないし、私自身、その願望はとてもよく理解しています。

しかし、流行りのダイエット法はしばしば、「すぐに」「ラクに」など、簡単にダイエットできるかのように謳います。過去を振り返ってみても、「納豆ダイエット」「リンゴダイエット」「ココアダイエット」など、あたかも「〇〇だけを食べて・飲んでさえいればダイエットできる」かのように思わせるものが、数えきれないほどありました。もしかしたら、この「〇〇」にあてはまるものが出尽くしてきたから、組み合わせがトレンドになっているのかもしれません。ここで紹介したような「簡単に」できるダイエットは、はたして本当に効果があるのでしょうか。

ダイエットがこれだけ関心を集めるのは、多くの人が健康になりたい証拠です。しかし、これだけ関心を集め続けているのは、実際にダイエットに成功し、リバウンドせずに体型を維持できている人が少ないことの証拠でもあります。

新しいダイエット法がもてはやされる世の中というのは、実は不健康なのです。

健康は、難しい

そもそも、健康とは一体、なんなのでしょう。世界保健機構(WHO)の憲章では、「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない(Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.)」と定義しています。「完全に良好な状態」であることというのは、ずいぶんと強気な条件です。

これは、到底実現できない理想であるように、私には思えます。どんなに健康な人であっても、突然病気やケガをする恐れがあります。そんな不安を抱えた状態を、「完全に良好な状態」と呼べるでしょうか。

また、社会的にと定義されている以上、自分一人の力では健康になれないこともわかります。常に努力が必要で、運の要素もある、危ういバランスでやっと実現する状態が健康なのです。

どうすればダイエットできるかなんて、本当は誰だって、わかっているのではないでしょうか。健康的な生活をすればいいが、できない。肥満のリスクを誰よりも知っているはずの医師にも、太っている人はいますよね。診察室で見かけるあのお腹が、健康になるということの難しさを示しています。

120kgを超えていた頃、私は仕事が忙しすぎて睡眠すらままならず、毎日のように会社に泊まっていました。この状況で「暴飲暴食をするな」「毎日ジョギングをしろ」と言われても、それは新たなストレスの元でしかありません。

その頃の私は、自分にできる範囲のダイエットによく手を出していました。できる範囲とはつまり、本質的な食事や運動へのアプローチではなく、サプリメントなどの健康食品のように、今の生活に「ラクに、簡単に」プラスできるもの。もちろん、これによって痩せることはできませんでした。

私たちは健康になりたい。なるべくラクに、簡単に。でも、なれない。

これは、騙す人にとってうってつけの状況です。

健康食品ビジネスの闇

「ラクに、簡単に」健康になりたい人がターゲットになりやすいのが、健康食品ビジネスです。

2017117日、消費者庁は、太田胃散やスギ薬局など大手メーカーを含む16社に対して、行政処分を下しました。これらの企業は、ダイエット成分として人気の「葛の花由来イソフラボン」を含むサプリメントを販売していました。その宣伝が景品表示法(景表法)に違反していたというのです。

景品表示法というのは、簡単にいえば、ウソや大げさな宣伝を規制するもの。これらの企業は、「飲むだけで、誰でも簡単に内臓脂肪や皮下脂肪が減り、おなか周りが痩せる効果が得られる」と、このサプリメントを宣伝していました。しかし、実際にはそこまでの効果はないことが判明したのです。

食品ジャーナリストの松永和紀(わ き)氏は、この行政処分の対象になったサプリメントの効果を、バズフィード・ジャパン・メディカルへの寄稿の中で次のように検証しています。

気をつけて摂生して痩せようと努力している太めの人たちが成分入りのサプリメントや飲料を摂取したら、脂肪面積が3%、ウエストラインが07cm、体重が09kgなど、よけいに減りました、というお話です。

効くとしても、肥満、ウエストサイズ90以上で、運動や食生活の節制なども行なっている人たちに、ほんのわずかだけ、外見上はほとんど違いがわからないくらいの効果しかない

(出典:『「飲めば痩せる」健康食品に初の行政処分 効果効能をうたうからくりとは?』)

ダイエットをしたことがある方はおわかりいただけるでしょうが、「体重1kg減、ウエスト1cm減」というのは、食事や排泄により1日で普通に変動する範囲内です。サプリメントを飲んでも飲まなくても実現できる数値を根拠に、「飲むだけで、誰でも簡単に」痩せると謳うのは、たしかに大げさだといえます。

太田胃散やスギ薬局といった、誰もが知っているような大手企業が騙す人になっていたことに、驚いた方もいるのではないでしょうか。でも、これはまだ序の口。これから、もっともっと驚くような存在が、騙す人としてどんどん登場してきます。健康を取り巻く状況は、今、それくらい危機的な局面にあるのです。

機能性表示食品やトクホなら信じられる?

私たちがサプリメントの効果を信じ込んでしまう原因の一つに、機能性表示食品という制度があります。機能性表示食品というのは、国が定める制度です。そのため、商品のパッケージに機能性表示食品と記載してあれば、なんとなくすごそうだと感じられます。

しかし、この制度は実は、かなり緩いものなのです。

何を隠そう、行政処分の対象となったサプリメントも、機能性表示食品でした。

この制度、「安全性」や「機能性」、「効果」についてのガイドラインは定められているものの、それを満たしているかどうかは、誰も審査しません。簡単にいえば、企業の自己申告。何か問題があっても、企業の自己責任に委ねられているのです。そのような制度を、頭から信じ込んでしまっていいのでしょうか。

機能性表示食品は、安倍総理大臣が成長戦略の一環として打ち出し、2015年にスタートした制度です。その目的は、中小企業・小規模事業者にチャンスを与え、「世界で一番企業が活躍しやすい国の実現」のため、とされています。要するに、国の方針として審査を緩くして、商品を売りやすくしているのです。

厳しい言い方をすれば、国が、企業の活躍を名目に、騙す人を支援している形になります。今回の、機能性表示食品について初めて下された行政処分は、以前から松永氏らによって指摘されてきた審査の問題が、ついに顕在化したものだったのです。

松永氏は機能性表示食品自体についても、この行政処分を受けて、先程の記事の中で、次のように指摘しています。

実のところ、機能性表示食品の効果はどの製品もおおむね、この程度しかない、と私はこれまでの取材で判断しています。

(出典:『「飲めば痩せる」健康食品に初の行政処分 効果効能をうたうからくりとは?』)

機能性表示食品にはあまり馴染みのない方も、トクホ(特定保健用食品)なら聞いたことがあるはずです。実はこのトクホについても、機能性表示食品と同じような問題が起きています。

20169月、消費者庁は制度開始以来初めて、日本サプリメントに対して、トクホの販売許可を取り消しました。

トクホは、内閣府食品安全委員会や消費者委員会などが審査をしたうえで、広告の文言なども確認するため、機能性表示食品よりは厳しい制度です。しかし、日本サプリメントが「血糖値や血圧が高めな人に適した食品」として販売していた商品が、基準を満たしていないことが後からわかったのです。同社には罰金などの処分がありましたが、この商品にかけた「健康になりたい人」のお金と期待はムダになったままです。

機能性表示食品やトクホだからといって、何も疑わずに信じ切ってしまってはいけないということが、わかってもらえたでしょうか。

機能性表示食品やトクホに関して私が特に問題だと感じるのは、それを摂取していれば痩せるかのように信じ込み、食事の節制や適度な運動といった、ダイエットの唯一の方法から、目を逸らしてしまうことです。しっかりと現実に向き合えばダイエットできたかもしれないのに、効果がないサプリメントに頼って真っ当な方法から逃げ出してしまうのは、大きな機会損失となります。

そもそも、健康食品とはなんなのか?

機能性表示食品やトクホには、不十分とはいえ、一定の基準が存在します。本当に注意が必要なのは、なんの基準もない、いわゆる健康食品です。

大事なことなので、はっきりさせておきます。健康食品に病気を治したり、防いだりする効果はありません。ネーミングから「なんとなく健康に良さそう」と思ってしまいそうになりますが、このイメージは誤り。本当に病気を治したり防いだりする効果や効能があれば、それは「医薬品」、つまり薬になります。健康食品はあくまでも「食品」であって、そのような効果・効能はありません。消費者庁も201710月に発行した「健康食品5つの問題」というリーフレットで明言しています。

そもそも健康食品というのは、定義があいまいなものです。そのため、どんな食品でも健康食品として売り出すことができます。

医療の知識があるはずの私も、正直にいうと、「大手企業がそこまでいうなら、ある程度の効果はあるのだろう」と信じ込んでいました。医療記者になるまで、健康食品がここまで当てにならないものとは知らなかったのです。

それにもかかわらず、健康食品は、今も当たり前のように販売され、私たちの生活に入り込んでいます。

経済合理性が騙す人を生み出す

では、なぜこのような商品が、作られ、売られてしまうのでしょうか。

それは、ラクに、簡単に健康になりたいという私たちの「需要」と、そこに利益が見込めるから商品を投入しようという企業からの「供給」があるからです。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)助教で医療政策学者・医師の津川友介氏は、この傾向を「経済合理性」と呼びます。この言葉は本書でも繰り返し使うので、ぜひ、この機会に覚えておいてください。社会においては、この経済合理性、つまり「売れるから作る」という力が働きます。そして、時に、その力は暴走してしまうことがあり、どこかで食い止めないと、どんどん悪い方向に加速してしまいます。

例えば、大手飲料メーカー・S社が製造・販売する、サプリメントのキャッチコピーを見てみましょう。20171116日付スポーツ新聞・H紙の折り込み広告では「60代、70代。衰えてきたと感じたら、補うものがある。」として、同社の「60代からのサイエンス・サプリ」をいくつか宣伝しています。

紙面にはさまざまなキャッチコピーがありましたが、そのうちの一つは「うっかりのない聡明な毎日を。」でした。60代・70代を対象に「うっかりのない」「聡明な」と宣伝するこのキャッチコピーは、認知症を連想させます。

もしこのサプリメントに認知症対策の効果があるのならば、なぜ「認知症対策」と書かないのでしょうか。

実は「書かない」のではなく、「書けない」のです。

前述したように、健康食品はあくまでも食品であり、薬ではないことがその理由です。薬機法(医薬品医療機器等法:旧薬事法)により、医薬品以外が医薬品的な効果や効能を表示することは規制されています。要するに、効果や効能を謳えるのは医薬品だけなのです。また、医薬品であれば好き勝手に効果を謳えるわけではなく、広告の内容が厳しく制限されています。このように、経済合理性にストップをかける制度というのは、あるにはあります。しかし、それをも凌駕してしまうのが、経済合理性の強さでもあります。

企業は健康食品を売りたい。でも「認知症対策」とは書けない。そこで、優秀なコピーライターが「うっかりのない聡明な毎日を。」というキャッチコピーを考えます。このキャッチコピーは「認知症対策」のような効果・効能を謳ってはいません。しかし、なんとなくモノ忘れや認知症に効きそうな感じがします。

騙される人がいることを考えなければ、これはうまいコピーといえます。しかし、何度でも繰り返しますが、健康食品には病気を治すことも、防ぐこともできません。摂っても摂らなくても変わらないか、成分によっては摂りすぎにより健康に悪い影響を与える可能性もあるただの食品が、1カ月分180粒入り、通常価格6000円といった高値で販売されているのです。

機能性表示食品やトクホのような一定の基準がないことで、健康食品はいわばなんでもアリになっている現状があります。企業は営利活動のための組織ですから、経済合理性が加速すると、「ただの食品を高く買わせること」「健康にいいと思わせること」に創意工夫が凝らされてしまうのです。

第一章 健康になりたい人とそれを騙す人(2)

この作品では本文テキストのコピー機能を制限しています

01