「琉球検察は歴史の暗闇に消えた」
米統治下の沖縄に存在した独自の司法組織「琉球検察」。シマの歴史を背負い、米国と日本の間で苦闘し、本土返還とともに封印された琉球検事の生き様が、証言によって現代に甦る。

3章 最後の検事長

■コザ暴動40年の節目

 2010年、数え年で97歳を迎えた比嘉良仁は、那覇市内の日航ホテルでカジマヤー(風車祭)と呼ばれる祝いの宴を開いた。そこには親戚一同に加え、数多くのかつての部下たちも集まっていた。

 比嘉は1954年から72年までの18年間にわたり、琉球検察庁の検事長を務めた。琉球政府ができてからわずか2年後の着任であり、72年の沖縄の本土復帰に伴っての検事長辞任だった。つまり、比嘉は琉球検察庁、最後の検事長ということになる。

 同じ職位での在任期間が18年もの長きにわたった官僚は、少なくとも戦後日本ではおそらく見当たらないだろう。日本本土の官僚の、ひとつのポストでの在任期間は平均して2年か、長くても3年だ。次…

この作品では本文テキストのコピー機能を制限しています

01