沖縄の日本本土に対する複雑な心象は、歴史のなかでやむなく育まれたものだとする見方がある。
1872(明治5)年9月19日、天皇の勅語によって琉球王国は〝一方的〟に日本に組み込まれることになるが、第二次世界大戦による米軍の上陸から遡ることおよそ300年前、琉球は日本本土から、薩摩藩(鹿児島)による侵攻を受けていた。
琉球侵攻の以前、東南アジア一帯を相手に、琉球は広大な海に船を走らせ、貿易の拠点となる津梁を築き、島には大きな富と利益がもたらされていた。薩摩はここに目をつけ、この富の略奪と吸収を狙ったのだ。
今日も沖縄ではしばしば真剣に議論される「琉球独立論」は、こうした薩摩藩の侵攻にまでその根を…
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