黒人男性の平均収入は、白人男性のわずか56%という理由
ジョージ・フロイド殺害事件から1年が過ぎた。しかし、アメリカの人種差別の構造は多く残されたままだ。ハワード大学の経済学者ウィリアム・スプリッグス教授はアフリカ系アメリカ人が経済成長から取り残されることを問題視し、解決に向けて研究している。学歴格差が縮小されても、労働市場がそれを相殺する現実はなぜ起きるのか。一部の学者の「人種差別が格差の元凶ではない」という主張への反論とは。データが見せる、知られざる現実。

格差は相互に築かれる

データで検証する「人種の賃金格差」

経済学者は、この40年間で拡大した白人と黒人の賃金格差の問題に対し、人種偏見が及ぼす影響や経済の変化に着目し、答えを見い出そうとしている。

取材・執筆 エドゥアルド・ポーター

2021628

 ハワード大学のウィリアム・スプリッグス教授は昨年、ミネソタ州ミネアポリスで起きたジョージ・フロイド殺害事件の直後、仲間の経済学者に公開書簡を送った。書簡の冒頭で教授はこう問いかけた。

「この事件は経済学者にとって何かの教訓となるだろうか?」

 また、スプリッグス教授は人種差別の存在を否定しようとする動きを批判し、経済学者はアフリカ系アメリカ人が経済成長から取り残されている理由を説明するために、まるで隠れた変数を探すかのように、人種差別以外の原因を探すことをやめるべきだと主張した。

 さらに同教授は、「この事件が、経済学者が人種間の不平等をもう一度考えるきっかけとなることを私は望んでいる」と述べつつ、「支配的な論調に押されて、アフリカ系アメリカ人は平等に扱われていることを証明しなくてはならないと考えるアフリカ系アメリカ人の経済学者が、あまりにも多すぎる」と嘆いた。スプリッグス氏は黒人である。

Photo/Matt Williams for The New York Times

 人種間の平等を求める運動が再び多くの米国人の共感を呼んだ事件から1年がたった今、スプリッグス教授は他の経済学者と共に、経済学の世界で強く支持されてきた信条と闘っている。それは、「賃金格差のほとんどは、技能の差によってもたらされている」という信条だ。

アフリカ系アメリカ人はIT業界に極端に少ない

 アフリカ系アメリカ人と白人の学歴差は依然、ある。しかし、差はこの40年間でだいぶ縮小した。それにもかかわらず、賃金格差はほとんど是正されていない。

 2020年のデータを見ると、フルタイムで働く黒人の平均収入は白人のそれの約80%にすぎない。また、黒人の有職率は男女ともに白人よりはるかに低い。その結果、2019年の黒人男性の平均収入は、白人男性のわずか56%にとどまった。差は1970年より広がっているのだ。

「失われた進歩」のグラフ。白人男性の収入に対する黒人男性の収入の割合の平均値をグラフに表わしている。EMPLOYED BLACK MEN=雇用されている黒人男性/ALL BLACK MEN=黒人男性全体。

(黒人男性全体は無職、無収入を含んでおり、比較する白人男性も同様。収入は、アルバイト、給与、自営のいずれかからの収入で、その他の収入は含まない)。

グラフにある通り、黒人男性と白人男性の収入格差は、今なお1960年代~70年代から変わっていない。

出典 イェール大学カーウィン・コフィ・チャールズ、デューク大学パトリック・バイヤー

グラフ製作:カール・ラッセル

 黒人労働者は、保持する学歴や資格の割にも低収入だ。リベラル派シンクタンクの経済政策研究所によると、高校卒業以上の学歴を持つ黒人労働者の収入は、教育レベルが同等の白人労働者に比べて、20%ほど低い。

 ニューヨーク市にあるニュースクール大学で経済学を教えるダリック・ハミルトン教授は、賃金格差の問題を論じるにあたっては「学歴の重要性は否定しないが、学歴がそれほど重要かと言えば、私はそうは思わない」と述べる。そしてその理由を、「求人数は限られており、それをどう振り分けるかは力関係の問題だ。よって人種が決め手となる」と説明する。

 端的な例はIT業界だ。IT業界の賃金水準は非常に高い。そのIT企業が集積するシリコンバレーを含むサンフランシスコ地域で、コンピューターの仕事に就いている人を人種別に見ると、アフリカ系アメリカ人は全体のわずか2.6%。アフリカ系アメリカ人は、コンピューター・サイエンスの分野で学士号を得る大卒者の約10%を占めている。そう考えると、非常に少ない割合だ。

 アフリカ系アメリカ人はたとえコンピューター業界で働くのに必要な学歴や資格を持っていたとしても、シリコンバレーでは、「わかった、でも技能が足りない」と言われて不採用になってしまうと、スプリッグス教授は言う。

ウィリアム・スプリッグス教授(ハワード大学HPより)

多くの経済学者は、人種偏見説を否定

 人種間の不平等の証拠をいくら突き付けられても、経済学者の多くは、雇用側の人種偏見だけでは職場で起きていることを説明しきれないと主張する。雇用機会や賃金水準を含め、黒人労働者の運命を決定づける最大の要因は差別にあるという考え方は、米社会のこの半世紀間の変化と合致しないと言うのだ。

 わかりやすく言えば、例えば、シカゴ大学ビジネススクールのエリック・ハースト教授が指摘するには、仮に黒人労働者の賃金が低い理由が人種差別にあるとしたら、いまだにセグリゲーション(同一都市の中で「白人地区」や「黒人地区」というふうに人種ごとに居住地域が分かれていること)や、その他、様々な差別が社会のあちこちに残っている中で、第二次大戦後、どうやって白人との賃金格差が縮まったのか説明がつかない。また、人種間の心理的な距離は狭まりつつあるのに、なぜこの何年かの間で賃金格差の是正の流れが止まってしまったのかも、説明困難だ。

 ギャラップ調査によれば、人種間の結婚を容認すると答えた白人の割合は、1965年には48%だったが、最近の2013年の調査では、87%に上昇している。黒人の大統領候補に投票すると答えた白人の割合は、1958年には38%だったが、1983年には77%になり、2020年には96%に達した。「総合的社会調査」(GSS)の長年にわたる継続的な調査でも、人種偏見は過去数十年の間に着実に是正されてきている。

格差拡大原因の一説に日米貿易摩擦

 雇用の場におけるアフリカ系アメリカ人の状況に最も改善が見られたのは、米社会に人種偏見がはびこっていた1940年代から1970年代にかけてだった。だが、その後、改善は止まった。

 ハースト教授は、「黒人と白人の間で格差の緩和が進んでいたが、それが止まってしまった。問題は、なぜ止まったかだ」と語る。同教授はシカゴ大学のベッカー・フリードマン経済学研究所の副所長でもある。同研究所は私がホストを務めるポッドキャストの1つの番組のスポンサーになっている。

 なぜ止まったかという問いに対するもっともらしい答えは、産業構造の変化だ。かつて南部に住んでいた黒人は、高賃金の自動車業界や鉄鋼業界、ガラス・ゴム業界で働くため、大挙して北西部や中西部に移り住んだ。そうした業界で働いている黒人は今、経済のグローバル化と生産現場の大規模な自動化で、大きな打撃を受けている。

 フロリダ州立大学経済学部のパトリック・L・メイソン教授も産業構造の変化を指摘する。同教授によれば、1990年代前半、西海岸のカリフォルニア州の経済が景気後退と防衛産業の衰退というダブルパンチに見舞われたとき、アフリカ系アメリカ人の多くは、故郷の南部ミシシッピ州に帰って行った。「カリフォルニア州から(貧しい)ミシシッピ州に移住せざるを得ないほど、経済状況が悪くなっていたということだ」と教授は強調する。

 パデュー大学の研究チームは、1970年代の日本との貿易摩擦の影響を指摘する。日本からの工業製品の輸入急増で、白人労働者の雇用は拡大したものの、黒人労働者は逆に大きな打撃を受けたと分析。また、「最も打撃が大きかったのは高校中退の黒人で、逆に大卒の白人は恩恵を受けた」と結論づけている。

 ハースト教授や他の研究者は、経済構造の変化によって、労働者に求められる技能が変わったのが原因と見ている。この半世紀の間に経済の情報化が進み、大卒の労働者、とりわけ抽象的な思考や問題解決の能力に優れた大卒労働者が重宝されるようになったというのだ。

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