日米が頼った大和魂の日系人弁護士
激動の20世紀に「二つの祖国」を生き抜いた男は、「大和魂」と「アメリカンスピリッツ」の狭間で何を考え、どう行動したのか。「堤清二『最後の肉声』」(「文藝春秋」掲載)で2016年(第47回)大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞した筆者の受賞第一作の大型評伝!

第二章 日本での少年時代

■二郎、日本へ渡る

 渡米の目的でもあった医学の道を閉ざされ、日本への帰国という選択もあったはずだが、九郎は米国に留まる。

 しかし、当時の日系人の間ではよく見られたように、九郎も子供たちに日本での教育を施そうとした。子供が完全に異国の人間になってしまうことを嫌い、日本人として育てようとしたのである。

 九郎の思いを託され、母・みよは長男・一郎、次男・二郎を伴い日本に向かう。一九三二年(昭和七年)のことだ。一郎八歳、二郎はわずか四歳だった。

 日本に出発する前にニューヨークのセントラルパークの写真館で撮影された家族写真が残されている。二人ともおしゃれな服をまとい、奇麗に切り揃えられたヘアスタイルもどことなくモダンな臭い…

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