日米が頼った大和魂の日系人弁護士
激動の20世紀に「二つの祖国」を生き抜いた男は、「大和魂」と「アメリカンスピリッツ」の狭間で何を考え、どう行動したのか。「堤清二『最後の肉声』」(「文藝春秋」掲載)で2016年(第47回)大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞した筆者の受賞第一作の大型評伝!

■熱心に覚えた軍歌

 開戦の日、登校すると全校生徒が校庭に集められた。それを前に校長は、日本が米国、英国、オランダ、中国に対し、宣戦布告をし、戦争が始まったことを伝えた。

 二郎の記憶には校長の次の言葉が鮮明に残った。

B17爆撃機が空襲にやって来るから、すぐに自宅に戻りなさい」

 二郎ら六年生は下級生を引率し、下校したという。

 翌年、二郎は旧制芦屋中学校に三期生として入学する。芦屋中学は、塚口周辺の優秀な学生が目指す有名校の中で、北野中学、神戸一中に次ぐ、三番手の学校と見られていたという。

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