働かずに生きていける余裕がどれだけあるか、この点が民衆の知的進歩の超えがたい限界を成している
欧州を凌駕する大国となりつつある米国で、デモクラシーが大規模に機能するには何が問題となるかを検証。

第二部

 これまでに私は制度を検討し、成文法をべっけんし、合衆国の政治社会が現在とっている形式を描写した。

 しかしすべての制度の上、あらゆる形式の外に人民の力という至高の権力が存在し、これが制度や形式を思うままに破壊し、修正している。

 法律を支配するこの権力はいかなる道を進み、その本能と情熱は何だろうか、そのさからいがたい歩みにおいて、これを推し進め、引き止め、あるいは方向づける見えない仕掛けは何か、そして人民の力の全能はどんな帰結を生み、いかなる将来がこれを待つのか、私に残された課題はこれらを示すことである。

第一章 合衆国では人民が統治するとまさしく言える事情


 アメリカでは、法をつくる者もこれを執行する者も人民が任命する。法律違反を罰する陪審を構成するのも人民である。制度は原理のみならず、そのあらゆる展開において民主的である。たとえば、人民は直接その代表を任命し、一般に毎年これを選出して、議員の人民に対する従属を一層完璧なものとする。人民は実際に支配者であり、政府の形こそ代議政体だが、人民の意見と偏見と利害、いな、その情念までもが、社会の日々の運行に現れるのを妨げる永続的障害はどこにも見当らない、これは明らかである。

 人民が支配する国ではどこでもそうだが、合衆国でも、多数者が人民の名において統治する。

 この多数者を主として構成するのは、好みにおいても利害の上でも国の幸福をしんに希求する平穏な市民である。そのまわりには絶えず政党が活動して、彼らを味方にひきいれ、その支持を得ようとしている。

第二章 合衆国の政党について

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