「富を求めるのは道を聞くためである」
03年刊『経済学と人間の心』の新装版。効率性よりも人間の尊厳を大切にした経済社会の構築を説く。池上彰氏の解説つき。
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「人間のための経済学」を追究する学者・

宇沢弘文──新装版に寄せて

ジャーナリスト・東京工業大学教授 池上 彰 

 経済学は、何のための学問か。人を幸せにするための学問ではないか。人を幸せにするためには富の創造・蓄積が必要だが、それに傾注していると、いつしか当初の目的から逸脱し、人々を不幸にすることもある。人々を幸福に少しでも近づけるために、経済学の理論は、どう構築されるべきなのか。これを生涯にわたって追究してきたのが、宇沢弘文氏です。

 若い頃経済学をかじり、いまは大学で経済学の基礎を学生に講義している私にとって、宇沢氏の学問に向き合う誠実な態度は、常に導きの星でした。

 宇沢氏は、単に学問の世界に安住する人ではありません。大きな社会問題になっていた成田空港の建設問題では、一九九三年、他の学者と共に火中の栗を拾い、空港建設推進派と反対派の間に入って、合意形成を目指したのです。この勇気(男気?)には、大変感心させられました。現在の成田空港が、曲がりなりにも整備されつつあるのは、このときの取り組みがきっかけになっています。

 経済学は、そして経済学者は、社会の中で、どのような役割を果たすべきなのか。そんな宇沢氏の思いがこもった著作が、新装改訂版となって世に送り出されることになりました。嬉しいことです。そこで、これを機に、宇沢氏について少々解説することにします。いわば宇沢氏入門です。

数学から経済学へ

 宇沢氏は、一九二八(昭和三)年に鳥取県米子市に生まれ、一九五一年に東京大学理学部数学科を卒業しています。数学から経済学へ、という道を辿る人は案外多いのですが、宇沢氏の人生を決めたのは、マルクス学者・河上肇の『貧乏物語』を読んだからだそうです。

 河上肇が問題にした「貧困」とは、「生活に必要なものを十分に享受することができず、自由で人間的な生活を営むことができないような状態」のこと(宇沢弘文『経済学の考え方』)。「現代の日本でも、このような意味での貧困がいぜんとして重要な問題であり、どのようにして、この貧困を解消することができるかということは私たちにとって切実な問題であるということは否定しえないであろう」(同書)。

 宇沢氏本人は、マルクス経済学ではなく、当時日本の学界でマルクス経済学とは対立する位置にあった「近代経済学」を専攻することになるのですが、「経済学は貧しい者のためにある」という精神は、このときに身についたのでしょう。

市場原理主義と戦い、日本へ

 スタンフォード大学のケネス・アロー教授に送った論文が認められ、一九五六年に研究助手として渡米し、スタンフォード大学、カリフォルニア大学で研究活動を行い、一九六四年、シカゴ大学経済学部教授に就任しました。

 シカゴ大学時代には全米から優秀な大学院生を招いてワークショップを主宰し、多くの研究者を育てました。参加した大学院生のなかからはノーベル経済学賞受賞者を含む超一流の経済学者を何人も輩出しています。

 シカゴ大学は、九〇人近いノーベル賞受賞者を出している一方、マンハッタン計画(原爆開発計画)やベトナム戦争で使用された枯葉剤(熱帯のジャングルを枯れさせ、反米ゲリラの隠れる場所をなくそうと計画されたが、猛毒のダイオキシンが含まれ、多くの奇形児を生み出した)の開発にも深く関わっています。

 宇沢氏が在籍した一九六〇年代のシカゴ大学は(いまもそうですが)、ミルトン・フリードマン率いる新自由主義者(市場原理主義者)の牙城でした。フリードマンは、ベトナム戦争での水爆の使用計画に賛成するなど、その極端な思想に宇沢氏は嫌悪感を隠しません。宇沢氏が市場原理主義を厳しく批判し、その理論の限界を指摘するのは、このときの経験があったからです。

 アメリカのベトナム戦争に深く傷つき、一九六八年に東京大学経済学部に戻った宇沢氏は、経済学部長を務め、一九八九年に退官しました。

 これまで経済学の分野では、一般均衡論や最適成長理論などで卓越した業績を残しました。その功績により、一九八三年に文化功労者に選ばれ、一九九七年には文化勲章を受章しています。

社会的共通資本を提唱

 宇沢氏の学者人生は、次のような道を歩みました。現代の貧困について考えさせられる書に巡り合うことで、経済学の道に進みます。アメリカで経済学の最新理論を研究しますが、猛威を振るいつつあったフリードマン流の市場原理主義にへきえきし、折からのベトナム戦争に反対することで、アメリカを去り、日本へ戻ります。

 日本に戻ってくると、自動車事故や大気汚染など人々が安心して暮らすことのできない環境にあることに気づきます。いわば「現代の日本の貧困」に向き合うのです。

 そこで宇沢氏は、現代の貧困を解決するための研究を新たに開始。地球温暖化問題や成田空港建設問題に取り組みながら、環境問題の研究を通じて、「社会的共通資本」こそが大切なのだという結論に達します。

 社会的共通資本が充実してこそ、人々は人間的で豊かな人生を送ることができる。現代の貧困を解決するキーワードが社会的共通資本なのです。

 この本では、そんな宇沢氏の思想遍歴を自ら振り返りながら、その時々の経済学の諸課題をどう考えたらいいかを論じています。ここから、宇沢氏の肉声が聞こえてきます。

衝撃だった『自動車の社会的費用』

 私が宇沢氏の名前を知ったのは、一九七四年に岩波書店から出版された『自動車の社会的費用』でした。当時、多くの国民が自動車を保有して乗り回すようになった日本で、自動車は富のシンボルでした。自動車生産が激増することで、日本経済も大きく躍進していました。

 その一方で、自動車事故の件数は増え、排気ガスによる大気汚染も深刻になりつつありました。宇沢教授は、こうした自動車の台数が増えることによって発生する「社会的費用」の膨大さを指摘・告発したのです。

 「自動車を所有し、運転することは、各人が自由に自らの嗜好にもとづいて選択できるという私的な次元を超えて、社会的な観点から問題とされなければならない」(同書)

 自動車の社会的費用には、どんなものがあるのか。交通事故であり、公害であり、自動車を使っての犯罪の増加です。

 しかし、「自動車通行にともなう社会的費用を必らず(ママ)しも内部化しないで自動車の通行が許されてきた」というのです。

 「自動車通行によって、さまざまな社会的資源を使ったり、第三者に迷惑を及ぼしたりしていながら、その所有者が十分にその費用の負担をしなくてもよかったということである。そのために、他の交通手段に比較して、自動車の場合、安い価格で当事者は快適なサーヴィスを得ることができたということが、自動車がこのように普及してきたもっとも大きな要因だったのである」

 自動車の通行に邪魔だからという理由で大都市では路面電車が撤去されました。「公共的交通機関としての路面電車網は、とくに低所得にとって望ましい交通手段であるだけでなく、老人、子ども、身体障害者などが自由に利用でき、この点からも実質的所得分配の安定性に寄与するところが大きい」(同書)。

 自動車の通行に便利なようにしようとすることで、社会的弱者は犠牲になったのです。

 従来の経済学の場合、経済活動においてはコストを最小限にして最大限の利益を上げるという「コスト・ベネフィット分析」が一般的でした。この方式だと、新規の道路建設は弱者を犠牲にして進むと宇沢氏は指摘しました。

 所得水準の高い地域は地代が高く、土地買収のコストも高くなります。道路予定地に指定された家の移転費用もかかります。つまり「社会的費用」が高くなります。

 所得水準の高い地域ほど社会的費用は大きくなるから、新規の道路は所得水準の低い地域を通すことが経済的合理性にかなうというわけです。

 「しかし、交通事故によって人命の損傷がなされ、公害現象によって市民の生活が脅かされるというような社会的費用を惹き起こしている自動車通行にかんして、このコスト・ベネフィット分析的な基準を適用しようとするのは、市民社会の重要な前提条件を否定するものである」(同書)

 こうした社会的な問題に関して、現代経済学とりわけ新古典派の経済理論では分析できない。これが宇沢氏の問題提起でした。

 社会的費用の内部化が必要であると主張し、自動車の社会的費用はいくらになるのか、宇沢氏はこれを試算。莫大な費用になることを指摘しました。多くの人が「自動車は富の象徴。いいもの」と考えていたときに、この問題に切り込んだのは、まさに学者としての良心でした

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「人間のための経済学」を追究する学者・宇沢弘文──新装版に寄せて(2)

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