サイバー空間に生まれた新しい世界「メタバース」の歴史とこれから
ITに関するわかりやすい説明に定評のある著者が、話題の「メタバース」の基礎知識から未来の可能性までを解説。

はじめに

 フェイスブックが社名を変更しました。

 フェイスブックと言えばGAFAMなどと呼ばれるテックジャイアントの一角を占め、時価総額は1兆ドルを超える超有力企業です。

 どんな会社にとっても、社名変更は大きな決断です。先進国のGDPほどの時価総額を持っている企業であればなおさらでしょう。なぜ世界中に浸透した名前を捨てて、新しい社名「メタ(Meta)」を選択したのでしょうか?

 メタバースでの存在感を確立したいからに他なりません。メタバースはインターネット上に構築されるサービスのうち、次のキラーサービス(それを目的にインターネットやある企業の商品を利用し始めるほどの魅力・影響力を持つサービス)になると目されているものです。

 インターネットが商用解禁されたころはウェブやメールがキラーサービスでした。よいウェブブラウザやよいメーラーを提供した企業がインターネットで発言権を増すことができました。それが検索エンジンになり、掲示板になり、EC(電子商取引)、SNS、動画配信へと移ろっていきました。

 一度何らかの分野で覇を唱えた企業は、ほうへんはありつつも、現在も強大な力としてインターネットを、ひいてはリアルを支配しています。検索エンジンのグーグル、ECのアマゾン、SNSのフェイスブック、それらへの窓口としてのアップルとマイクロソフトがGAFAMと呼ばれるのが象徴的です。

 そして、次のキラーサービスがメタバースというわけです。メタバースを巡る覇権争いで勝ち名乗りを上げた企業は、次の10年をべることになるでしょう。それは営利企業にとって喉から手が出るほど欲しい果実に違いありません。

 でも、それだけではないと思うのです。テックジャイアントもスタートアップもメタバースに夢中です。彼らは単に儲けのタネというだけでなく、社会構造を書き換え、世界に爪痕を残すチャンスを渇望しています。彼らの目にはメタバースはそのための有力なツールに映っています。

 メタバースの何がそんなに魅力的なのでしょうか? 今まで語られるだけでさっぱり実体が見えてこなかった「リアルと仮想の融合」「仮想世界に住む」ことに、いよいよ指先くらいは引っかかりそうだからです。

 たとえば、「後で会おうよ」と言ったとき、まともに生きてきた人であればスタバかマックでも連想すると思うんです。私のような重度のオタクは電子掲示板やオンラインゲームで「会って」きましたが、今後はちゃんとした人も「放課後に仮想世界で会う約束をする」のがスタバで会うのと同じくらい違和感ない行いになるかもしれません。

 いくらSNSが居心地がよくても、仕事や学校に行くためにリアルに帰ってこなければなりませんでした。でも、これからは仮想世界で就業や就学ができるようになるかもしれません。まだ仮想世界で食事やはいせつができるようにはなっていませんが(VR睡眠で、「離れた場所にいるけど、一緒に寝る体験」を楽しんでいる人たちはいます)、SNS時代よりはずっと長い時間を仮想世界で過ごせるようになるかもしれません。

 電子掲示板やSNS、ゲームも一種の仮想世界でしたが、それがもっと高密度、広範囲になったものがメタバースだと考えるとよいと思います。リアルには移動の困難や身体的な限界、資金的な制約など各種のしがらみが存在します。仮想世界であればそれらのくびきを解き放ち、もっと楽しくもっと充実した人生を生きられるかもしれません。メタバースはそういう可能性をはらんでいます。だからフェイスブックは社名を書き換えてまで、誰よりも早くここに手を伸ばそうとしています。

 もちろん、いいことばかりではありません。どんな技術にも言えることですが、正の側面があれば必ず負の側面も現れます。リアルでちょっといやな目に遭っただけで仮想世界へ逃げ込んでしまうかもしれませんし、長時間の仮想体験が心身をむしばむかもしれません。リアルの世界は、そのしくみを長い年月をかけて築き上げてきましたが、急速に構築される仮想世界ではテックジャイアントの思いのままのルールや正義が出来上がってしまうかもしれません。単に静観して享受するだけでは、お金や時間、人生を搾取されてしまう可能性もあります。

 本書の目的はメタバースを知ることです。新しいものが現れるときは怖さを伴います。でも、知ることで怖くなくなります。使いこなして自分の生活をよくすることにも使えます。ビジネスチャンスを捉えて一山当てることすらできるかもしれません。メタバースは無視するにはちょっと大きな潮流です。知ることで萎縮せずに、楽しくこの大波を乗り越えましょう。

 第1章では「今最もメタバースに近い」と言われるコンテンツ、「フォートナイト」を軸にメタバースの概観をつかんでいただきます。第2章ではこれまでにもあった仮想世界とメタバースでは何が違うのか、メタバースでは何ができるのかを見ていきます。

 第3章ではなぜ今メタバースがにわかに脚光を浴びるに至ったかを解説します。技術は社会の要請によって普及したり廃れたりします。社会と技術の関係を読み解いていきましょう。第4章ではメタバースを実現しようとしている巨大IT企業の現況と思惑を理解します。彼らがデザインする世界の中で日本は、あるいは個人は何ができるのかを考えます。

 さあ、それでは始めていきましょう。最初は「ソードアート・オンライン」と「レディ・プレイヤー1」からです。どちらか鑑賞されてから、本書を読み進めるのもよいかもしれません。

プロローグ メタバースとは何か?(1)

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