私と同じ44歳の彼は、もうすぐ帰らぬ人となる。処刑まで、あと1カ月を切っていた
〈犯した罪の償いとして、死刑が存在する。それは、人間社会が決める善と悪の基準に則って、できる限り悪を排除するための慣習なのだと思う。しかし、その基準は、全世界共通でないばかりか、国や地域や町によっても異なる。理想や希望こそあれ、死刑に絶対的な答えはない。〉生殖医療、安楽死と「生と死」をテーマにし続けてきたジャーナリストが、世界各国を取材し、死刑の「なぜ」に迫る。

見た目は普通の男

一九六五年九月二六日、ジョアン・ビラは、この集落で生まれた。両親は真面目で、ともに謙虚な人間として知られていた。父親は加工肉工場に勤務、母親は専業主婦だった。戦後、この地域では繊維業が発達しており、国内から多くの買い付け客が訪れていた。現在は、生ハムやチョリソ(豚肉の腸詰)工場がそれに替わり、地域の産業を支えている。

 マスコミは、ビラは、幼い頃から大人しく、気難しく、恥ずかしがり屋な性格だったと伝えている。家から出ることも少なく、学校の成績はあまり良くなかった。地域社会との交流もほとんどなく、学校の仲間たちからは好かれていなかったとも報じている。

 しかし、現地を訪ねてみると、人…

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