私と同じ44歳の彼は、もうすぐ帰らぬ人となる。処刑まで、あと1カ月を切っていた
〈犯した罪の償いとして、死刑が存在する。それは、人間社会が決める善と悪の基準に則って、できる限り悪を排除するための慣習なのだと思う。しかし、その基準は、全世界共通でないばかりか、国や地域や町によっても異なる。理想や希望こそあれ、死刑に絶対的な答えはない。〉生殖医療、安楽死と「生と死」をテーマにし続けてきたジャーナリストが、世界各国を取材し、死刑の「なぜ」に迫る。

電気椅子で焼かれた煙

 バージニア州の死刑は、致死薬が導入される一九九〇年前後まで、電気椅子のみによる処刑だった。ジャラタノは、その処刑を二回切り抜けた。一回目は一九八三年六月一三日、執行日の直前だった。投げやりの毎日だったその頃、いつ死を迎えてもいいという覚悟はあった。処刑まで、三七時間を切った時のことを、昨日のことのように思い出していた。

「どうにでもなれ、という気分でした。検察も、私がやったと強調していたので、それを信じていました。一番難しかったことは、やっていないのだ、と自分自身を納得させることでした」

 検察側は、早くこの死刑を終わらせたかった。しかし、幸いにも、裁判所がジャラタノの上訴を…

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