私と同じ44歳の彼は、もうすぐ帰らぬ人となる。処刑まで、あと1カ月を切っていた
〈犯した罪の償いとして、死刑が存在する。それは、人間社会が決める善と悪の基準に則って、できる限り悪を排除するための慣習なのだと思う。しかし、その基準は、全世界共通でないばかりか、国や地域や町によっても異なる。理想や希望こそあれ、死刑に絶対的な答えはない。〉生殖医療、安楽死と「生と死」をテーマにし続けてきたジャーナリストが、世界各国を取材し、死刑の「なぜ」に迫る。
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1回 死刑囚の匂い

「ガガガー、ガッガッガー」

 古く錆びた分厚い緑色の鉄扉が、鈍い音を立てながら、ゆっくりと開いた。

 目の前に現れた広い空間の中央には、年季の入った白い鉄格子の面会所があった。一人の人間が、やっと入れる電話ボックスサイズの小部屋が横一列にずらっと二〇部屋ほど並んでいる。この時、私以外に訪問者はいなかった。

「彼なら、もう中にいるわよ」

 女性係官が言った。手前の小部屋の中をまじまじと見つめると、色褪せた白い道着のような服を纏う男性がいた。ゆったりと腰掛けている男性で、こちらを見てニコリと笑った。真左の小部屋にもう一人いた。こちらに背を向けた白人男性で、誰かと立ち話をしている様子だが、近くに人の姿はない。

 そこから二つ先のボックスに歩を進めてみた。瞳の大きい白人男性と目が合った。

 ——ハメルに違いない……。

 案内をしてくれた広報官が、いくつかの注意事項を簡単に説明した後、立ち去った。

 軽く頭を下げ、挨拶を交わした。正面にある頑丈なガラス窓が、彼と私を隔てている。ガラス窓には穴がなく、お互いの声を聞くこともできなければ、触れることもできない。腰を下ろす前に、左側にある電話機の受話器を外し、窓越しの男性に話しかけた。緊張していたのか、第一声はぎこちなかった。

「こちらの声、ちゃんと聴こえますか」

 彼も同じく緊張していたのか、頬が少し引き攣っているように見えた。

「すみません、その受話器、音が小さいので、反対の受話器で試してもらえませんか」

 ——なんて透き通った声だろう。

 それが、彼に対する私の第一印象だった。その声を聞き、彼となら話ができる。瞬時にそう思った。威圧的で挑発的なトーンであれば、早くも難しい展開になったかもしれない。

 今度は右側にある電話機の受話器を持ち上げ、「どうですか」と尋ねると、「ええ、大丈夫です」と微笑んだ。ビデオカメラのボタンをオンにし、彼の手前に設置してもらったICレコーダーが赤く点滅していることを確認した。

 二〇二〇年二月一九日、アメリカ南部テキサス州ポランスキー刑務所——。死刑囚ジョン・ウィリアム・ハメルは、ここで八年と八カ月の時を過ごしていた。

 私と同じ四四歳の彼は、もうすぐ帰らぬ人となる。処刑まで、あと一カ月を切っていた。

ハメル死刑囚に取材する筆者。電話ボックスのような小部屋でガラス越しの取材が始まった 撮影=Robert Hurst

先進的な民主主義国家で、死刑のある国は日本とアメリカだけ

 犯した罪の償いとして、死刑が存在する。それは、人間社会が決める善と悪の基準に則って、できる限り悪を排除するための慣習なのだと思う。しかし、その基準は、全世界共通でないばかりか、国や地域や町によっても異なる。理想や希望こそあれ、死刑に絶対的な答えはない。

 私は長年、人間の「誕生」と「死」を巡る現場を数多く取材してきた。高度生殖医療や安楽死など、人はみな、それぞれの考え方と生き方を持ち、第三者が生死の決定を下すことは望ましくない。というスタンスから、常に客観的な視点でこれらの問題を捉える努力をしてきたつもりである。

 しかし、同じ「死」のテーマであっても、死刑はどこか違う匂いがした。極刑に値するような殺人行為は、少なくとも私が生まれ育った環境においては、あまりにも道徳離れしていた。人を殺したら、死刑になるのは当然ではないのか。なぜ殺人犯を処刑してはならないのか、なぜ凶悪犯罪者を弁護しなければならないのか、なぜ世界は死刑廃止を訴えるのか。なぜ……。

 とはいえ、万が一、伴侶や子供や両親が殺された場合はどうなのか。殺人犯を死刑にしてほしいと思わないほうが、道徳離れした考えのように思える。国が責任を持って処罰してくれるほうが、被害者遺族が直接、復讐に出るよりも、断然、安全ではないのか。

 国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」(以下、AI)が、毎年発行する「死刑判決と死刑執行」の二〇一九年版によると、「あらゆる犯罪に対して死刑を廃止している国」は一〇六カ国。「通常の犯罪に対してのみ死刑を廃止している国」は八カ国。「事実上の死刑廃止国」は二八カ国だという。

 これら、死刑を実質的に廃止している国は、合計一四二カ国に及ぶ中、存置国は発展途上国を中心とする五六カ国になる。だが、この存置国の中に、先進的な民主主義国家が二つある。二〇一九年の一年間で、合計三人(前年一五人)の死刑を執行した日本と、合計二二人(同二五人)を処刑したアメリカである。

 死刑を完全廃止している欧州で、長年、生活してきた私だが、この点は欧州人と意見が合わないように感じる。なぜなら、法律家でも人権活動家でもなく、欧州のような人権教育も受けてこなかった私は、いわば感情だけに任せてこの制度を俯瞰してきたからである。そのせいか、死刑については、こちらの国の人々と積極的に議論することを避けてきた。

 欧州では、人と人のつながり方が日本とは大きく異なる。個人でなく、集団のつながりに重きを置く日本だからこそ、共同体のルールに反した者には、けじめとしての死を覚悟させなければならないのではないか。それとも、他人に干渉しない欧州のような個の社会のほうが、一見、冷ややかではあるが、実は悪人の命さえも尊ぶのか。そこには、人権感覚や信仰の差も影響しているのか。

 死刑は、本人が望まなくても、第三者の判断で「合法的に」宣告される。それが何を意味しているのか。私は、殺人を犯した人間に対しては、ぬぐえない忌避感がある一方で、それでも国が独断で生ける人間の命を奪うことが本当に正しいのかという、一見、矛盾した疑念も持ち続けてきた。

 これから始める各国の取材で知りたいことは、死刑存置が犯罪抑止になるとか、死刑廃止こそが基本的人権の尊重であるとか、一般的な存廃の是非論だけではない。その土地に生きる人々の声を聞き、価値観を探り、その土地だからこそ培われてきた極刑の本質を自らの眼で判断し、考えたいのだ。

 イギリスの哲学者ジェレミ・ベンサムの「最大多数の最大幸福」という言葉を借りるなら、死刑を存置する国や州には、その功利主義の言葉の通り、それなりの背景や本質があるのではないか。文化として根付いている死刑を日本から廃止すれば、それは社会の最大幸福から離れてしまうのではないか。他国に干渉され、伝統や文化に逆らえば、いつか社会は崩壊していく。過去の取材経験から、このような感触を拭いきれないことも事実である。

 とにかく、分からないことばかりだった。日本よりもまず、海外を調査してみたかった。その理由は、日本人である私が、一旦、日本の概念から離れるべきだと考えたからだ。

連邦による死刑と、州による死刑

 まずは、先進的な民主主義国家において、死刑囚二五八一人を数えるアメリカ合衆国。中でも、執行数が他州と比較できないほど多い、人口約二九〇〇万人の南部テキサス州を訪れようと思った。

 ネットで調べると、同州の刑事司法省(Texas Department of Criminal Justice、通称:TDCJ)の公式ホームページが検索のトップに現れてくる。連邦制のアメリカは、それぞれの州にそれぞれの立法・行政・司法機関があるが、死刑は「連邦」と「州」の二形体に分かれている。

 連邦の死刑については、一九八八年、連邦最高裁が再開を認めた。それ以降、死刑が執行されたのは、二〇〇三年三月のジョージ・W・ブッシュ政権下での三件のみ。しかし、トランプ大統領政権下の二〇二〇年七月、一七年ぶりとなる死刑が執行され、わずか一人の大統領の下で、連邦の死刑が合計一三件執行された。

撮影=著者

 その他はすべて、州による死刑になる。TDCJのホームページを詳しく見てみた。

 刑法犯を検索できる「オンラインサーチ」があった。受刑者の氏名、TDCJから与えられた「#」で始まる受刑者番号、連邦政府のデータベースとなる受刑者番号(SID)、性別、人種などを入力すると、刑法犯の情報が出てくる。

 さらに、そこには「死刑囚監房(デス・ロー)」と書かれた項目がある。この中にある「死刑囚」をクリックする。すると、左から横一列に死刑確定囚のTDCJ番号、刑法犯情報、姓、名、生年月日、性別、人種、死刑確定日、出身郡、犯行日が表示されている。この横一列に死刑囚一人の情報が出ているが、縦一列には合計六人(二〇二〇年三月六日更新)がずらりと並んでいる。

 驚くべき発見は、「死刑執行予定日」が記されていることだ。アメリカでは、死刑判決から一定の年数が経つと、死刑囚は、いつ死刑場に送られるのかを知らされる。致死薬が打たれる順番はばらばらで、死刑判決が下された者から順番に執行されるわけではない。だいたい月に二人の死刑が、このテキサス州では行われているようだった。

 もうひとつ、目を引く驚きがあった。刑法犯情報をクリックすると、囚人服を着た死刑囚の顔写真があり、その下には、身長、体重、髪の色や目の色から、「以前の職業」「前科」「事件の概要」「共犯者」「犠牲者の人種と性」と五つの情報が掲載されている。ここまで詳しい情報が写真とともにあると、身の毛がよだつほどの生々しさが伝わってくる。

 ただし、こうした情報が公開されているおかげで、私は、どのような人物に当たり、どのような取材計画を立てるべきかを前もって準備することができた。

 死刑執行が目前に迫っている死刑囚に会い、彼らの肉声を拾うこと。「予告された死」を前にした人間は、何にすがり、何を求め、何に苦しむのか、または苦しまないのか。これらの話を本人の口から聞くことは、「デス・ペナルティー(死刑)」という極刑の本質を知る上で、何よりも貴重な体験だと思えた。

 そして、彼らの死刑に立ち合い、最期の一呼吸を見届けることで、溢れ出る感情の整理を私なりにしたいという思いもあった。すると、必然的に取材期間が見えてくると同時に、面会すべき死刑囚の顔がネット上に現れてきた。

 死刑囚——ジョン・ウィリアム・ハメル(#999567

 死刑囚——トレイシー・ビーティー(#999484

 両者ともに殺人犯で、死刑執行日が二〇二〇年三月中旬に予定されていた。この二人に会うために、私は二月中の取材を遂行しようと思った。だが、そもそも死刑囚に会って話をすることなど、そう簡単にできるものなのか……。

 二〇一九年一二月二九日、TDCJのジェレミー・ディーセル広報部長との「やりとり」は、意外と骨の折れる作業だった。出発点でつまずいてはならないと思い、最初のメールは時間をかけて丁寧に作成した。しかし、彼は、あまり長い文章を好まないようだった。シンプルな内容で送り直すと、年明けの一月六日、次のような返信が来た。

〈よろしければ、いつでも電話をください。しかし、手続きは非常にありきたりなものです。我々にインタビューの申請をしていただき、受刑者が同意すれば、それをセッティングすることになります〉

 早速、広報部長に電話した。彼の下で働くロバート・ハースト広報官が、受話器を取った。部長は多忙を極めているため、手続きは彼が引き継ぐという話になった。希望する取材内容と取材意図を書き、一月二二日、パスポートのコピーと一緒に申請書を送った。

 一月二四日午前零時、就寝前に返事が来た。ハースト広報官は「同意」という言葉を太字で記入し、取材申請が通ったことを私に報告した。アメリカとスペインの時差を考えると、意外とすんなりと死刑囚の同意をもらい、申請許可を得ることができたものだと思った。

 二月一四日、スペインのバルセロナ空港から、まずは経由地のフロリダ州マイアミに向けて出発した。

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