江夏の21球、天覧試合。伝説の真相に迫る!
数々のドラマに彩られた昭和のプロ野球。江夏の21球は球史に残る名勝負として称えられ、巨人の大エース沢村の名は今も褪せることがない―。だが、その舞台裏には、これまで明かされることのなかった新事実が埋もれていた。

9章 ジャイアント馬場は好投手だった

──巨人の星を目指した若者がたどった数奇な運命

通算防御率は一・二九

「当時はね、僕が新潟県出身のプロ野球選手第一号だった。だから先輩がいない。特に巨人は関西や中四国、九州の名門校出身者が多いから先輩のを頼ることができる。僕はそれができなかったんだ。ある時、二軍の連中皆で〝コーチや監督への贈り物はやめよう〟と決めた。その頃は故郷からお歳暮を贈る習慣がまだ残っていたから。ところが帰省して寮に戻ると、多くの選手に礼状が届いていた。僕はそうした人間関係に無頓着だった。そういう面では他の選手に後れをとっていたのかもしれないね」

 生前、プロレスラーのジャイアント馬場から、こんな話を聞いたことがある。プロ野球の思い出について訊ねた時のことだ。

 そこで馬場について調べると…

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