江夏の21球、天覧試合。伝説の真相に迫る!
数々のドラマに彩られた昭和のプロ野球。江夏の21球は球史に残る名勝負として称えられ、巨人の大エース沢村の名は今も褪せることがない―。だが、その舞台裏には、これまで明かされることのなかった新事実が埋もれていた。

5章 江川の投じた最速の一球

──「百マイル出ていた」怪物が渾身のボールを投げられたわけ

キャッチボールに甲子園中がどよめく

 後にプロ野球の広島で活躍する達川光男は広島商三年の春、レギュラー捕手として甲子園に出場した。今から三十九年前、一九七三年のことだ。

 この大会を迎えるまで春夏合わせて五回(現在は七回)の全国制覇を誇る広島商は高校球界屈指の名門だが、この春に限っては影が薄かった。

 大会の話題をひとり占めしていたのは作新学院(栃木)のエース江川卓。なにしろセンバツ出場を決めた前年の県大会と関東地区大会において全七試合で一点も失っていないのだ。公式戦での連続無失点イニングは五十三にまで伸びていた。

 センバツは開幕前の抽選会で決勝までのトーナメントの組み合わせが全て決まる。順調に勝ち進めば、広島商は準決勝で江川を擁す…

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