江夏の21球、天覧試合。伝説の真相に迫る!
数々のドラマに彩られた昭和のプロ野球。江夏の21球は球史に残る名勝負として称えられ、巨人の大エース沢村の名は今も褪せることがない―。だが、その舞台裏には、これまで明かされることのなかった新事実が埋もれていた。

12章 「清原バット投げ事件」の伏線

──「インコース攻めで、ぶつけられてばかり」清原は先輩に弱音を漏らしていた

被死球数はダントツ

 首位打者、打点王、本塁打王。いわゆる打撃三部門のタイトルを一度も獲得したことがないため、清原和博は現役時代、「無冠の帝王」と揶揄された。だが、実は彼は知られざる大記録の持ち主なのだ。

 通算被死球数百九十六。これは今現在も、この国のプロ野球で最多だ。清原よりも通算試合数で三百三十九も上回る衣笠祥雄が百六十一個(歴代三位)、六百七十九も上回る野村克也が百二十二個(同八位)であることを踏まえれば、百九十六という数字は突出している。

 では、なぜ清原はこれほどまでにぶつけられたのか。好意的に解釈すれば、厳しく内角を攻めなければ抑えられないほどの強打者だったということである。一方で彼は内角に致命的な弱点…

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