「出かける日、家を出る時間、乗る電車。すべて運の悪い方を選んでしまった」
遺族と加害企業トップの2人は、組織を変えるためにどう闘ったのか。あの事故から始まった13年間の「軌道」を描く。真山仁氏推薦!
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第Ⅰ部 事故が奪ったもの

偶然が人間の実存性にとって核心的全人格的意味を有つとき、偶然は運命と呼ばれるのである。…………無をうちに蔵して滅亡の運命を有する偶然性に永遠の意味を付与するには、未来によって瞬間を生かしむるよりほかはない。未来的なる可能性によって現在的なる偶然性の意味を奔騰させるよりほかはない。

──九鬼周造『偶然性の問題』

1章 喪失

蒼天の桜

 遅咲きの桜が、名残を惜しむように蒼い空に輝く朝だった。

 「もう行くのか。ちょっと早すぎるやないか。そんなに急いで行かんでもええのに」

 身支度を整えて玄関に向かう妻に、淺野弥三一は声をかけた。

 「こういうことは早い方がええのよ」

 妻の陽子は言って、「行ってきます」と微笑んだ。「日帰りやし、軽…

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