「世界初」のデータが解き明かす、水中動物の新事実
水生動物の生態は、直接観察できないため謎が多かった。だが、今や日本発のハイテク機器を動物に直接取り付ける手法によって、教科書を書き換えるような新発見が相次いでいる。

一章 カメが定温動物でトリが変温動物?

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 中学校の理科の教科書には、「爬虫類は変温動物。鳥類は定温動物」と記されている。ところが、自然環境下を自由に泳ぎ回る動物たちから、体温や経験水温を連続的に記録したところ、そんな常識をひっくり返すような結果が得られてしまった。

 本章では、潜水性爬虫類のウミガメと鳥類のペンギンを対象に行われた温度生理学研究の成果について紹介する。

カメが定温動物?

 実を言うと、はじめから水中に大きなフロンティアがあると確信していたわけではなかった。私自身、水中の動物たちの行動について、どんな発見が期待できるのか、疑心暗鬼の状態で研究を始めたが、図らずも陸上動物の大原則に反するデータを目の当たりにして、否応なしにこの世界に引き込まれていったのである。

 2を見ていただきたい。ある二種類の肺呼吸動物が海を泳ぎ回っている間の体温と、その際に経験する水温、および潜水行動を二四時間連続測定したものである。

トリが変温動物? へ戻る1

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 まず注目すべき点は潜りの深さである。この動物たちは水面近くを泳いでいたかと思うと、時々数十メートルから数百メートルの深さまで潜り、また息を吸うために水面に戻ってくることを一日中繰り返している。

 人間と同じ肺呼吸動物が一時間近く息を止めて潜ったり、二〇〇メートル以上も深く潜っている。私たちにはとうてい不可能なこういった潜水行動が、なぜ彼らには可能なのだろうか。その謎についてはとりあえず保留しておいて、ここでは温度(水温と体温のデータ)に注目していく。

 時々行う潜水行動によって、経験する水温(点線)が一時的に急降下していることが見てとれる。これは、私たちの体験に照らし合わせてみても納得がいく。夏に海水浴をしているとき、水面近くはぬるま湯のように温かくても、腰から下だけひんやりと冷たいことがよくある。素潜りで数メートルも潜ると、あまりに冷たい水にびっくりすることもある。海で暮らす動物たちも、同じようにこの水温を感じていることだろう。

 ふたたび図2において、実線で記した体温の様子を見てもらいたい。左側の動物の体温は潜る深さに関係なく二四時間ほぼ一定に保たれているのに対し、右側の動物の体温は大きく変動していることが分かるだろう。

 人間の場合、海水浴の最中に冷たい水に触れたからといって、体温が下がることはない。

 中学校のときに習ったのは、せきつい動物のうち魚類・両生類・爬虫類は変温動物で、鳥類・にゆう類が定温動物であるということであった。たしかに、トカゲやクサガメといった爬虫類を手でつかむとひんやりしている。一方、ヒヨコなどの鳥や犬や猫といった哺乳類を触ると温かい。同じく哺乳類である私たちヒトの体温は、人によって多少異なるものの、摂氏三六度前後にいつも保たれている。

 したがって、もし海水浴中のヒトの体温を連続的に記録したら、左の図のように一定の値を示すことになる。

 理科の教科書でおなじみの変温動物か定温動物かというくくりで言うと、左の動物は外界の温度変化にかかわらず体温が一定に保たれる定温動物、右の動物は体温が大きく変動する変温動物であると言えよう。

 それならば、図2の左側に示した記録は鳥類もしくは哺乳類から得られたもので、右側の記録は魚類・両生類・爬虫類から得られたもののはずである。

 さて、ではこの左側の記録は何の動物だと思われるだろうか?

 実は、左の記録は私自身がウミガメから測定したデータである。ウミガメは海に生息するカメであり、紛れもない爬虫類である。したがって、教科書の区分にしたがえば、変温動物であるはずだ。時々行う潜水によって、体を取り巻く水温が下がれば、体温も一緒に低下すると予想される。ところが、実際に海を泳ぎ回っているウミガメの体温を連続測定してみると、図2の左側に示したとおり、まるで定温動物のように二四時間にわたってほぼ一定に保たれていたのであった。さらに、よく見ると体温は水温よりもいくらか高く保たれていた。

 いったいこれはどういうことなのだろう。中学校のときに習ったことに一致しない記録が、水生動物から得られてしまった。この事実をどう解釈したらよいのだろうか。

定温ではなく内温動物

 では、いったいウミガメはどうやって体温を水温よりも高く保つことができるのだろうか。

 このことについて仮説を立ててみるとするならば、まず外部の熱を吸収することで体温を高めているのではないかと考えられる。トカゲやヘビといった陸上に生息する爬虫類は、日光浴を行うことで体温を外気温よりも高めていることが知られている。ウミガメも同じように水面近くを泳ぎながら、太陽の光を浴びて体温を水温よりも高めているのだろうか。

 そのことを確認するため、これまでの深度計や温度計に加え、太陽の光をどれくらい浴びているのかを測る照度計も取り付けることにした。ウミガメの背中にはごてごてといろいろな装置が付くことになった(3)。ちなみに、胃の中には温度計が入っている。これらの装置は、海の動物たちの行動や生理について調べるために開発された小型の記録計である。動物に取り付け、一定期間後に回収することによって、動物が海を泳ぐ間の記録を得ることができる。図2のデータもこのやり方で得られたものである。

 照度計は、甲羅の上に降り注ぐ太陽放射エネルギーの強さを自動記録してくれる。もしもウミガメが日光浴によって体温を水温よりも高く維持しているのだとしたら、晴れた日にウミガメが水面近くにいるときに限って体温と水温の差が大きくなり、雨や曇りの日には、その差は小さくなるはずである。

 しかし、得られた記録によると、甲羅の上に実際に降り注いだ太陽光の強さとは無関係に、ウミガメの体温はいつでも水温よりも高く維持されていた。従って、ウミガメは体内で生み出される代謝熱により、体温を水温よりも高く維持していたということになる。

サイズの違いは質の違いをもたらす

 このように個体に記録計をとりつけ、得られたデータが増えていくと、そこから体温維持のメカニズムを解き明かす、おもしろい傾向も見えてきた。

 主に、ウミガメのデータは、夏の産卵期に砂浜に上陸してくる雌から得られている。砂浜に上がってくる雌を待って、記録計を装着し、一定期間後に回収しているのである。よって、得られるデータは、性成熟した雌のものということになる。しかし、同じ成体雌でもその体のサイズはまちまちであった。そこで体温と水温の温度差と体重との関係を調べてみたところ、大型の個体ほど大きな温度差を持つということがわかった。この傾向によって、ウミガメが太陽光などの外部熱源ではなく、代謝熱という内部の熱源を使って体温を水温よりも高く維持していることがはっきりした。

 では、なぜ熱源が内部であると言えるのか。それを理解するには、次の缶コーヒーのたとえ話がわかりやすいかもしれない。

 たとえば、冬の寒い日に自動販売機で温かい缶コーヒーを買ったとする。三五〇ミリリットル入りの大きな缶と、一九〇ミリリットル入りの小さな缶を同時に購入し、寒空に放置しておくと、どちらが早く冷えるか。

 答えは小さな缶である。大きな缶の方が、長い間温かさを保つことができる。

 これは、体積と表面積の関係がもたらす違いである。球体のばあい、表面積は4πr²、体積は¾πr³という公式で計算できる。球体の表面積は半径 r の二乗に比例して大きくなり、体積は半径 r の三乗に比例して大きくなるのである。球の半径が二倍に増えたとき、体積は八倍(=2³)になるのに対して、表面積は四倍(=2²)にしかならないのだ。

 温かい缶コーヒーが持つ熱量は、体積に比例して大きくなる。一方、缶から熱が逃げる速さは表面積に比例する。したがって、缶の体積が大きくなるほど、体積あたりの表面積は小さくなる、すなわち持っている熱量に比べて、熱の逃げる速さが遅くなるのだ。このために、大きな缶コーヒーは小さな缶コーヒーよりもゆっくりと冷えていく。

 逆に冷えた缶を夏の炎天下に放置した場合、どちらが先に温まってしまうか。答えは小さな缶である。太陽光という外部の熱源で物体を温める場合、体積あたりの表面積が大きな物体の方が、速やかに温められるのである。

 缶コーヒーの例から明らかなように、もし小さなカメほど高い体温を持っているのであれば、外部の熱源に頼っていたと言えるが、実際には逆であった。小さなカメでは体表面から体内の熱が早く逃げていってしまうが、大きなカメでは体内の熱がゆっくりと逃げていく。そのため、体のサイズが大きなウミガメは、熱の逃げる速度が遅いおかげで体温を水温よりもより高く保つことができるのだ。体の大きさの違いが、質の違いをもたらしたということになる。

 爬虫類は変温動物であるというのは、大まかには正しい。ところが、ウミガメのように体が大きな爬虫類ではいくらか事情が異なってくる。

 実は、体サイズが大きくなると爬虫類でも体温が高くなるということは、恐竜の研究者が今から四〇年くらい前に言い出したことである。物理学の法則に従って計算すれば、体重が数十トンにもなる恐竜の体温は、周辺の温度よりもだいぶ高くなり、外気温の変化にも左右されずに一定に保たれていたはずだと予想されたのである。恐竜の場合は、もう絶滅してしまったので、実際の体温がどうなっていたのかを測ってみるわけにはいかない。

 しかし、現世の大型爬虫類であるウミガメを使えば、実際に野外で体温を連続測定することができる。その結果、たしかに大型の爬虫類の体温が高くある程度一定に保たれているということが証明できたのである。

 中学生に初めて教えるときに、「爬虫類でも体が大きくなると定温性を持つ」などといった複雑な事例も含めて説明したのでは、聞いている生徒は混乱する。先生も教えにくい。だから、中学校の教科書には「爬虫類は変温動物で鳥類は定温動物」というように簡単に記してある。

 私が大学院のときに使った教科書(シュミット・ニールセン著『動物の生理学』)では、変温動物とか定温動物といった言葉の代わりに、外温動物・内温動物という用語が使われている。たとえば、小さなカメやトカゲも、温度が一定の水中や空気中にいれば体温は一定である。しかし、その体温はカメやトカゲが自分で調節しているわけではなく、結果的に一定になっているだけだ。周りを取り巻く水や空気の温度が変化すれば、小さなカメやトカゲの体温は変化してしまう。その動物の体温がどれだけ外部の温度に依存しているか、といった〝メカニズム〟に着目して外温・内温と分類する方がよかろうというわけだ。

 外部の熱源に頼ることなく動物が体温を維持している場合、その動物は内温性が高いという。

 私が得たデータによると、ウミガメの成体は太陽エネルギーに頼らずに、体内で生み出される代謝熱を使って体温を水温よりも高く維持していたので、内温性を有していたということになる。外温動物か内温動物かという分類で言えば、内温動物であると言える。

 しかし、体温は水温よりもわずかに一度から二度高く保たれていただけなので、鳥類や哺乳類ほど内温性が高かったというわけではない。鳥類・哺乳類は、外部温度に比べてずっと大きな温度差を維持できるのだ。ウミガメは体が大きいことによって結果的にもたらされる物理的特性として、体温を水温よりもいくらか高く一定に保つことができているということなのである。

一章 カメが定温動物でトリが変温動物?(2)

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