なぜ、カネボウは巨額の損失を隠し続けることができたのか
粉飾には数多くの関与者がいる。なぜ粉飾は後を絶たないのか。その末路とは。カネボウ、メディア・リンクス、ライブドアなどを事例に、粉飾にいたる系譜と構図を明らかにする。
← 左にスクロール
シェア ツイート

第二章 隠蔽

■偽りの再建計画

 一九九八年一月二十九日。午前十時から始まった取締役会において、カネボウは興洋染織問題の最終方針を決定した。

 この時も審議は延び延びになっていた。本来なら二週間前の取締役会に諮る手筈だったが、責任者の帆足隆は「昨今の急激な金融情勢の変化に伴い、対策関係について調整を要する事項が多々発生した」ことを理由に、またも延期していたのである。KS対策委員会が十七回の会合を重ねた末、処理スキーム案を策定し終えたのは一月十三日。延期の理由がどこにあったのかは、今ひとつはっきりしないが、この間にカネボウは興洋染織創業者の西川四郎との間で「合意書」を交わしている。

 帆足と安積正裕によって提出された議案書には、再…

この作品では本文テキストのコピー機能を無効化しています

01