「人生の終盤にこんな苦痛が待っているとは思いませんでした」
団塊世代が後期高齢者入りする2025年以降は、もっと悲惨な現実が待ち受けている。はたしてわれわれは自分を守るためにどうすべきか? そのヒントが本書にある。

 本書に登場する人物の年齢や肩書、団体の名称、国の制度などは、原則として取材した当時のままとした。

1章 下層化する老人たち

雑魚寝の老後

 二月の深夜は底冷えがする。老人たちは分厚いふとんにくるまり、頭だけを出して目をつぶっている。そこには、六十代から百歳近い男女十人が同じ部屋に雑魚寝状態で横になっていた。

 ……自分だったら、こんな部屋で寝ることができるだろうか。本当は起きている人がいるのではないか。

 そう思いながら部屋の中を見渡すと、夜間にトイレにいくための通路になっている部分の畳に大きな染みがついている。汚物を吐いたあとだという。畳はあちこちがすりきれて、ガムテープで補修してある。経営者に畳の取り替えを頼んでも取り替えてくれないのだという。

 職員が言う。

「男女が一緒なので、気付いたら女性のふとんに潜り込んでいる男性もいます。男はボケてもスケベなんですね。女性もボケているので何も言わない。ただ、利用者の家族が見たら怒るでしょうね……」

 ここは、埼玉県東部の住宅街にある築四十年近い二階建ての一軒家だ。最寄り駅から歩くと一時間近くかかる。外観は普通の民家と変わらないが、中に入れてもらうと一階の三つの部屋のふすまが取り払われ、二十畳の広さになった部屋を取り囲むように、簡易ベッド、ソファーベッド、ふとんが数珠つなぎになっている。掛け布団の柄も水玉あり、縦縞あり、格子模様ありとバラバラだ。せめて、別々の部屋で寝かせられないのだろうかと思うが、職員に聞くと、部屋を仕切ると、それぞれの部屋に収まるように寝具を並べなければいけない。そうなると、十人を寝かせるスペースを確保することが難しいという。

 この民家は、東京の介護サービス会社が借り上げて、日中は高齢者が自宅から通う「デイサービス(通所介護)」として使っている。最近は住宅街でも時々見かける介護施設だ。しかし、夕方に帰る利用者は少ない。彼らはそのままこの民家に「お泊まり」するので「お泊まりデイ」と呼ばれている。

十一針の怪我、ノロウイルスの蔓延

 この施設では、二〇一四年一月末、男性の一人がノロウイルスによる感染性胃腸炎になり、救急車で運ばれた。病院は点滴などをしたが、入院を認めない。男性は施設に戻されたが隔離する部屋がない。その部屋で吐く。結局、ほかの高齢者五人や職員まで感染してしまった。

 その最中に六十九歳の男性が怪我をする事故も起きた。同年二月一日早朝、二階で寝ていた男性が目を覚まして起き上がろうとして転び、柱の角に後頭部をぶつけて十一針を縫う怪我をした。その夜、二階には二人が寝たが、朝になって、一人しかいない夜間勤務の職員が、もう一人の高齢者を一階に降ろしている間に起きたという。再発を防ぐため、それ以来、高齢者全員を一階で寝かせるようにした。

 いくら部屋を三つつなげても十人が寝るには狭い。部屋に入ると、右手の足元に寝ている老人の頭があった。左手には食卓テーブルがあって職員が電気スタンドで手元を照らしながら書類に記録をつけている。日中は食事をしたりテレビを見たりする場所だ。そのテーブルの奥にも簡易ベッドが一台あり、布団も二枚敷いてある。天井や壁には、洗濯したタオルが吊るされ、壁にはコートやジャンパーが無造作にかかっていた。

 この介護サービス会社は、埼玉県には「寝床の間に仕切りを置く」と届け出ている。だが、「夜中にトイレに起きた時に邪魔になる」「倒れるとかえって危険」などの理由で、実際には仕切りはない。また、「男女別室に配慮する」とも届けているが、大部屋なのでそれどころではない。

 老人たちは夕食を午後六時にとり、六時半には歯磨きをすませる。七時ぐらいには床に就く人もいる。夜勤の職員は一人で、二時間おきに様子を見る。九時、十一時にはトイレに行く人がいるが、十二時を過ぎるとそれも少なくなる。起床は六時で、朝食は七時と、規則正しい生活だが、すし詰めの団体生活でストレスはたまらないのだろうか。

 こんな環境だが、中にはずっと泊り続けている老人もいる。一カ月泊まって食事をすると、介護保険の自己負担を含めて月に十万円以上というが、国民年金は満額でも月に六万五千円程度しか出ない。十万円を出すことができる老人は、比較的お金を出すことができる人たちともいえる。日本の老後の生活はこんなに貧しいものなのか。医療にしても、介護にしても、老人の負担は増える一方だ。自分が老人になった時にはもっと酷い環境で暮らすことになりかねない。暗然とした気持ちになって施設を後にした。

介護保険の不正請求も

 デイサービスは、介護保険の請求が認められるサービスだが、保険から支払いが受けられるのは昼のサービスだけで、お泊まりサービスは対象外だ。民家は小さいため、昼に提供されるデイサービス施設としては小規模型デイサービスが多くなる。小規模の場合、介護保険が適用される日中の利用者は十人が上限とされている。

 そのままお泊まりサービスとして使うにしても、本来なら十人が上限だ。しかし、私たちが取材した日の昼間は、十一人が利用していた。そのうち一人だけが家に帰り、十人が泊まった。取材した日は週末の夜だった。週末は、昼の利用者が十人を超えることが多く、宿泊者も十人近くなる。介護をしている家族も、週末ぐらいはゆっくりしたいと考えるためだろう。

 しかし、日中のデイサービスの介護保険への請求は十人までしか認められない。そのためこの施設の経営者は、十人を超える利用者があった日は、超えた分の人が別の日に利用したことにして請求していた。のちにこの施設は埼玉県の監査で保険請求の不正な操作を指摘され、約一年分の介護報酬の三割を返還するよう命じられた。

安さで顧客を集める

 実は最近、定員十名までの小規模デイサービスの事業者が、こうした「お泊まりデイ」と呼ばれるサービスをする例が急増している。

 なぜ、小規模事業者によるお泊まりデイが急増したのか。

 まず厚生労働省が、高齢者の自宅に近い場所でデイサービスが展開できるよう、小規模事業者を優遇したという経緯がある。例えば、一人で立ったり歩いたりができない「要介護3」の高齢者が一日利用すると、一万千円余りが施設の収入となる。この単価は定員十人を超える通常のデイサービスより二割近く高い。毎日平均で九人の高齢者を預かったとすると、単純計算で月に約三百万円が事業者の収入となる。家賃や人件費を差し引いたとしても、儲かるビジネスと言っていいだろう。ただし、一五年度から、小規模デイサービスの優遇は縮小された。

 厚労省によると、一三年度までの七年間に通常のデイサービスが約五千カ所増えたのに対し、小規模は約一万一千カ所も増えた。

 都市部では、空き家になるような古い一軒家を利用しやすいこともあり、お泊まりデイが台風の目のように急激に伸びてきた。最大手は、日本介護福祉グループ(本社・東京都墨田区)がフランチャイズ展開する「茶話本舗」で、一四年十一月現在で直営店、加盟店などは全国に約八百事業所にのぼる。日本介護事業(本社・東京都墨田区)が展開する「だんらんの家」も、フランチャイズで全国に約三百事業所を展開する。

 茶話本舗の加盟店で働く介護職員が、お泊りデイが人気を集める理由を語る。

「昼間のデイサービスは儲かりますが、今はそれだけでは客を集められません。お泊まりには、昼の利用者を確保するための〝付録〟としての効果があるんです。安い特養はいつ入居できるかわからないし、民間の有料老人ホームに親を預けることができるのは、金銭的に余裕のある家庭だけです」

 介護を必要とする高齢者向け施設で人気が高いのが、公的な介護施設である特別養護老人ホーム(特養)だ。対象は原則六十五歳以上で、自宅での生活が困難になった人。利用者は、要介護度別に決められた費用の一割を負担するのに加え、居住費、食費などを含めても、所得に応じて月に数万~十数万円で済む。特養には建設の時などに税金が投入され、介護保険からの給付も、一般の有料老人ホームより手厚いためだ。

 ところが特養にはなかなか入れない。全国に約八千施設、定員約五十万人とされるが、入居待ちをしている人も五十万人を超えている(一四年三月厚労省調べ)。一五年四月からは、原則として「要介護3」(排せつや身の回りの世話が自分ひとりではできない)以上にならないと受け入れなくなり、ますます入りづらくなった。

 民間の有料老人ホームは、一般の人には敷居が高い。入居時に払う一時金は必要がない施設から億円単位かかる施設まで幅広いが、通常、数百万円はかかる。加えて、利用料や介護費など月々の入居費用も首都圏だと二十万円はかかる。比較的安いイメージのあるサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)は、基本は高齢者向けの賃貸住宅で、サービスといっても最低限、見守りがあればよく、食事や介護サービスなどは住まいとは別に契約する必要がある。介護まで含めると、安いところでも月に十五万~二十万円かかるところが多い。

 それらに比べれば、お泊まりデイは安い。

 丸一日親を預かってもらって、介護保険の自己負担分と食費などを合わせて三千円ほど。デイサービスを使える日数は月二十四~二十五日(要介護35の場合)という上限があるが、その日数を超えた場合にも、一日三千円程度の負担でデイサービスを提供する事業者があり、一カ月まるまる預けても十万円余りの自己負担で済む。これなら特養に預けるのと負担はそう変わらない。そのため、お泊まりデイにはほとんど家に帰っていない高齢者も多くいるというわけだ。

汚物の処理もしない

 しかし、安さの裏にはそれなりの理由がある。

「茶話本舗」をはじめとした大手フランチャイズチェーンは、設備投資を減らすため、古い民家を借り上げるなどコストカットを徹底している。私たちは何十カ所ものお泊まりデイの現場を取材して回ったが、たいていは駅から離れた不便な場所にあり、狭い路地のわかりにくい場所に建つ古い建物だった。

 都内のある家主は一三年秋、「だんらんの家」の加盟店に持ち家を貸した。以前、家族向けに貸した時の家賃は月二十三万円だったが、だんらんの家には月二十万円に値下げしたという。家主が理由を明かす。

「家の改修費用がかからなかったからです。『風呂に段差があるのでそこにスロープをつけます』と言われただけでした。スプリンクラーなどの消防設備の話はありません。古い風呂釜も、取り替えを求められるかと思いましたが、『十分入れます』と言われたので替えていません」

 茶話本舗のある加盟店の職員は、コストカットの徹底ぶりについてこう証言する。

「コストを抑えるため、民家を借りる時も最低限のリフォームしかしません。一般的な民家のトイレでは狭くて車椅子の人の介助ができないので、利用者にはポータブルトイレで用を足してもらいます。夜は寝ている人の脇でトイレを使うこともある。しかも、汚物の処理をしないので、朝になると汚物の臭気が部屋に充満しています」

 職員数を極力抑えて、人件費も抑えようとしている。

 茶話本舗の別の加盟店で夜勤をしたことがある介護職員が言う。

「夜勤は夜六時に入って翌朝七時までの十三時間勤務。そのうち五時間は休憩扱いで、時給は出ません。でも、部屋で数人の高齢者が寝ているのに、夜勤は一人なので、実際に五時間も休めるなんてことはあり得ない。二時間ごとに見回りをして、トイレの介助などに対応しないといけない。朝食の準備も必要です。儲け優先で利用者を増やしているので、そのしわ寄せが従業員に来ています」

 その結果、お泊まりデイで働く複数の職員によると、利用者が起きて活動を始める朝方に、監視が行き届かずに怪我をする事故が相次いでいるという。

 これだけの劣悪な環境であれば、利用者の家族から苦情が殺到しても不思議ではない。

 だが、現実は違う。家族の側にも「月額十万円程度で大変な介護から解放されるならしかたがない」という本音があるのだろう。横浜市で高齢者の介護計画をつくるケアマネジャー(介護支援専門員、ケアマネ)の女性(46)は、お泊まりデイは「救世主」と言う。

「病院から退院を求められても、特養などの引受先も不十分だし、行き場のない高齢者にとって最後の頼みの綱がお泊りデイなのです。高齢者を施設に預けっぱなしで面会に来ない親族も多いと感じます。『連絡は死んだときだけでいい』と言う人さえいます。そうした親族を持つ高齢者は、お泊まりデイで救われているのです」

 実際、埼玉県内にあるお泊まりデイの施設には、泊り続けて四年以上になる男女の高齢者が一人ずついた。九十歳代のアキコさん(仮名)は「要介護2」(排せつや身の回りの世話に何らかの介助を要する)だが、自分で歩くこともできるし、会話も成り立つ。

 アキコさんはなぜ自宅で暮らせないのか。施設の責任者の話はこうだ。

「被害妄想があって、同居している長男夫婦に殺されそうだとか、お金を盗んだなどと言って、嫁を責めるのだそうです。こちらに来たばかりの頃は、長男も時々は会いに来ましたが、奥さんをがんで亡くしてからは郵便物を届けに来るぐらい。実の母というのにアキコさんの面倒を見るのも嫌がって、『帰ってきたら殺す』とまで言っているので……」

第1章 下層化する老人たち(2)

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