ユダヤ人難民を救った“「最初の玉砕戦の司令官」”
ユダヤ人「命のビザ」救出劇はもう一つ存在した。リトアニアの外交官、杉原千畝(ちうね)が逃げてきた約六千人ものユダヤ人難民に対して特別ビザを発給し、その命を救った救出劇は多くの人に知られている。 しかし、その二年半前、満州のハルビン特務機関長だった樋口季一郎が、ナチスの迫害からソ満国境の地まで逃げてきたユダヤ人難民に対し特別ビザの発給を実現させた「オトポール事件」は歴史の中に埋没してしまった。本書は運命に翻弄された元陸軍中将、樋口季一郎の生涯を追ったノンフィクションである。

序章

 事件当時、まだ四歳の少女だった斎藤智恵子さんは、ハルビンでの生活の場面をいくつか記憶にとどめている。

「昭和十三年頃、私たち家族は満州国のハルビンにおりました。やや断片的なものですが、確かに記憶はあります。私はよく家でピアノの練習をしていました」

 七十五歳(取材時。以下同)になる智恵子さんが、そう言って昔を懐かしむ。

 ハルビンで撮った写真が残っている。官邸の一室で写したというその一枚には、向かって右に樋口季一郎、左に妻の静子がソファーに座り、二人の間におかっぱ頭をした四女の智恵子さんがいる。樋口はネクタイの上に部屋着をはおり、静子は和装である。部屋の壁には漢語の掛け軸が飾られ、ソファーの脇には…

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