裁判官は国を負かすと左遷される――これは本当?
原発関連訴訟をはじめ、国の責任を認める判決を出した裁判官のその後が気になる。「国敗訴」にした裁判官は左遷される説が噂されているからだ。そこで、膨大な判決資料と格闘し、大学教授の協力も得て調査を進めてみた。調べるほどに、謎が出てきた。

1回 国を負かした裁判官は左遷される

 都市伝説がある。

 原子力発電所に関わる判決で運転の差し止めを認めたり、原発事故での国の責任を認めたりするような裁判官は左遷される、あるいは定年退官間近にならないとそんな判決は書けない、というものだ。端的に言えば、「原発の裁判で原告を勝たせると左遷される」である。

 こうした「噂」は、原発訴訟に携わっている原告や弁護士、取材記者たちの間でときどき話題になる。けれども、なんとなくそう感じるというだけで、これまで事実関係を確かめたという話は聞いたことがない。根拠がないから「噂」というのであって、もし、裏付けがあれば、「裁判官が電力会社や政府におもねっている」ことになるので、もはや事件である。新聞の1面トップ級、文春砲並みの破壊力である。

 噂の種になる話はちょこちょこ、途切れずに出てくる。

大飯原発再稼動を認めなかった樋口裁判官の場合

 ここ数年の間にも、いくつかの出来事があった。

 1つは「原発の運転差し止めを認める判決を出した裁判長の異動先がおかしい」という話である。その裁判官の名前はぐちひであき。福井地方裁判所で裁判長だった時、2014年に関西電力の大飯原発34号機の再稼働を認めなかった。2015年には同じ関西電力の高浜原発34号機の運転を差し止める仮処分を認めた。読売新聞も朝日新聞も、全国紙が揃って1面トップに据えた判決を短期間に2度も出したのだ。

 そして2度目の判決後、すぐに、名古屋家裁の裁判長に異動した。地裁裁判長から家裁裁判長の異動には降格のようなイメージがある。それが噂の原因になり、たちまち「左遷だ」という投稿がSNSで飛び交った。

 当の樋口はどう考えていたのか。2017年に裁判官を定年退官した樋口は、翌年、北海道新聞のインタビューに応じ、原発の運転差し止めを認めたことに触れて、「葛藤はなかった」(20181225日)と述べている。名古屋家裁への異動原因についての言葉はないが、家裁で扱った離婚問題などについては「子の親権者を父母のどちらにするかを決めるのはすごく難しい。国全体から見れば小さな問題かもしれませんが、そっちのほうがよほど悩みました」と語っている。

 このインタビューを読む限り、樋口本人に家裁への異動を気にしている様子はない。「左遷」話は単なる噂に過ぎなかったとように見える。それに、福井地裁での2度目の判断は、名古屋家裁への異動が決まった後に出されたものだ。直接の因果関係は読み取れない。

 では、裁判官全体を見渡したら、どうなるだろうか。

 国や行政側を敗訴させた裁判官と、その裁判官のその後の人事。双方には因果関係があるのか、ないのか。都市伝説は根も葉もないただの噂なのか、それとも根拠になった事実があるのか。

定年間際の裁判長が「国の責任」を認める?

 2021219日、よく晴れた金曜日。

 東京・霞が関の裁判所庁舎前には、東京電力福島第一原子力発電所の事故で避難せざるを得なくなった人たちやその支援者、そして数多くの記者が集まっていた。東京高裁では、原発事故で千葉県に避難した避難者による集団訴訟『千葉訴訟』(第1陣)の控訴審判決が下されることになっていたからだ。被告は東京電力と国である。

 福島原発事故に関する集団訴訟では、東電はもちろん、国にも賠償を求める裁判が数多く起こされている。20213月末時点で15件の一審判決が出ており、このうち国の責任を認めたのはほぼ半分の8件。『千葉訴訟』では、一審の千葉地方裁判所が国の責任を否定している。控訴審で判断がひっくり返ると楽観的に考える関係者は多くなかった。

 そんな中、例外はいた。原発事故の取材を続け、千葉訴訟の判決直前に『東電原発事故10年で明らかになったこと』(平凡社新書)を上梓したサイエンスライターそえたかである。控訴審での原告勝訴という予想を捨てておらず、高裁前でも「原告の勝ち」を口にしていた。科学的とはとても言えないが、その根拠は「裁判長はけっこういい歳だから」だという。

 後日、この時のことを聞くと、添田は「確かにそういう(定年が近いと国敗訴にしやすいなどの)話は聞くけど、全くエビデンスないですよね。誰かが検証した話も聞いたことない。まあ、都市伝説は都市伝説だからおもしろいんですけどね」と話した。続けて、「え、私のコメントを入れるんですか?  

 サイエンスライターとして科学的じゃない話をするのはちょっとなあ」と腰が引けていたが、話をしたのは事実なので仕方がない。口は災いのもとである。

『千葉訴訟』を担当した裁判長は司法修習36期のしらゆきだった。1984年に裁判所に入り、定年退官まであと1年数カ月。裁判官の定年は65歳だ。満65歳を迎える誕生日の前日で定年退官になる。残りの任期を考えると、東京高裁裁判長で「上がり」の可能性は高かった(この人事予想は2週間後、ものの見事に覆されるのだが)。

 判決の日、午後3時の開廷からしばらく経った頃、3人の弁護士がゆっくりと正面玄関から出てきた。取材陣が集まる場所に向かって、縦長の紙(記者たちは「びろーん」と呼んでいる)を掲げた。

「逆転勝訴」

「国の責任を認める」

「ふるさと喪失 慰謝料認める」

原告が逆転勝訴した『千葉訴訟』。東京高裁前で勝利を示す紙を掲げる弁護士たち=2021219日(撮影:木野龍逸)

 大きく墨書きされた文字を見た人たちから、「おーっ」という静かな声が上がり、カメラマンたちが一斉に撮影を始めた。添田は「やっぱり定年だからですかね」と声を出して笑った。僕も同意し、こういうこともあるんだなぁとぼんやり考えていた。

 確かに『千葉訴訟』の白井裁判長は定年に近かった。だからといって、そんなことで判決が左右されているとしたら、裁判への信頼は薄れ、法治国家の根本が崩れ兼ねない。したがって、弁護士の中にもこの手の都市伝説を一笑に付す人は少なくない。

裁判官エリートの作られかた

『千葉訴訟』の控訴審判決を取材した前後、フロントラインプレスの取材チームは、追い込み作業を急いでいた。チームといっても、筆者の木野と日刊紙で働く仲間のT記者の2人。小所帯である。

 検証取材の目的はたった一つ。

「国敗訴などの判決を出した裁判官はその後の人事で冷遇される」。判決内容と人事異動の関係を過去の実例から実際に読み解いていこう、という内容だ。

 取り組んできた作業の手順は極めてシンプルだった。

 まず、判例データベースで原発関連訴訟など国を被告にした裁判の判決を集める。その中から、国の賠償責任を認めたり、運転差し止めを認めたりした判決などを抽出する。その上で国側敗訴の判決をリスト化する。続けて、各判決の裁判長の経歴を確認し、判決の前後で異動の傾向に違いがあるかどうかを調べる。判例データベースは『TKCローライブラリー』を、裁判官の経歴は『新日本法規』の裁判官データベースなどを参照することにした。

 最も重要なのは、各裁判官がたどった人事の経歴をどう評価するかにある。どのポストからどのポストへ動けば、「左遷」「冷遇」などと言えるのか。どのコースがエリート街道なのか。そもそも裁判官の世界に「左遷」はあるのか。そうした評価は、明治大学政治経済学部の西にしかわしんいち教授に協力を依頼することにした。

 西川教授には『増補改訂版 裁判官幹部人事の研究』(五月書房新社)という著作がある。裁判所人事の研究では日本の第一人者だ。この著書で西川教授は裁判官のキャリアパスを「経歴的資源」と定義し、歴代の各裁判所長ら1758人の経歴を精査して各ポストの位置付け、序列を割り出したのである。作業の綿密さは想像を超える。

 ここで裁判所の組織を見てみよう。

 日本の裁判所は、最高裁判所を頂点にしたピラミッド型になっている。最高裁の下に8つの高等裁判所と6つの支部があり、その下に253の地方/家庭裁判所とその支部などが置かれている。裁判官の人数は、総勢で約3000人だ。

 これらの裁判所には明確な順位がある。例えば高裁の序列は上から、東京、大阪、名古屋、広島、福岡、仙台、札幌、高松の順に並ぶ。『裁判官幹部人事の研究』によれば、東京高裁の長官に就く人は、その前に他の高裁長官を経験することがある一方、逆に東京高裁の長官から他の高裁長官になった人は過去に誰もいない。

 別のデータも見てみみよう。

 同じく『裁判官幹部人事の研究』によれば、これまで最高裁の裁判官になった人のその直前ポストは、27人が東京高裁長官、21人が大阪高裁長官だった。高松高裁や札幌高裁の長官から直接、最高裁に異動した人は1人もいない。つまり、「東京・大阪」と「高松・札幌」の高裁では、明らかに重みが違うのである。

 裁判官の中には裁判をしない裁判官、「司法官僚」と呼ばれる人たちもいる。人事や予算折衝などを担う最高裁事務総局、司法研修所などに所属する裁判官たちがこれに該当する。判例を調査・研究する最高裁調査官もそうだ。これら裁判をしない部署は、エリートと呼ばれる裁判官が必ず通るポストだとされている。民間企業で言えば、将来のトップ候補を選りすぐり、現場仕事はあまりさせず、帝王学的に育てているような感じだろうか。

 西川教授によると、最終的に幹部になる裁判官たちの異動はパターン化しており、裁判所組織では「同じ『経歴的資源』を持つ同質的で特権的なトップエリート層が形成されている」という。裁判所にはシステマチックな人事制度があることを明らかにしたのである。

 私たち取材チームがその西川教授に協力を依頼したところ、幸い、「たいへん興味深いです」と言って申し出を快諾してくれた。しかし私たちには、西川教授のところへ行く前に、やらなければならないことがあった。判決の収集と整理である。これが予想以上にたいへんな作業になった。

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