生きるか死ぬか。それが、村山にとっての将棋の正体であり意味であった。
名人を目指し、将棋界に入った村山聖は、重い腎臓病を抱えていた。彼の一手、一局はまさに命懸けだった。

第三章 彼の見ている海

デビュー

 すいせいのごとく現れた大阪の大型新人のことは、あっという間に東京の将棋雑誌編集部にも伝えられた。子供のころからかかえる病気とたたかいながらしようれいかいきようてきなスピードでけたこと、もりうちといったしゆうさいタイプとはちがい個性派であること、プロとしてデビューするなりおそろしい勢いで勝ちまくっていることなどである。

 私はそのころ、将棋連盟が発行する「将棋マガジン」という雑誌の編集部員として働いていた。編集部のせんぱいたちにさそわれて飲みにいったある日、私は頭が禿げ上がりひげもじゃでがら

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