晩餐会から慰霊の旅まで「皇室外交」の裏側
晩餐会、おことば慰霊と黙とう… かくも多忙、そしてかくも尊し

1章 宮中晩餐会では「だれに対しても最高のものを」がルール

「だれに対しても最高のワイン」に見る両陛下の姿勢

 ある月刊誌をめくっていると、「あかけない日本の『招宴外交』」とのタイトルの記事が目についた。

 20144月にオバマ米大統領が来日した際、宮中晩餐会でフランスの最高級のワインとシャンパンが出たことを批判して、こう指摘する。

「国賓はフランスワインで遇するという、明治以来の伝統に固執する宮内庁の硬直化したもてなしだった。あるワイン業者は…『ホワイトハウスなら、大塚食品の所有するリッジ・ヴィンヤーズが選択肢の一つだろう』と語った。リッジはカリフォルニアを代表するワイナリーだ」

(「選択」20161月号)

 そして

「ワイン外交は相手が喜ぶ銘柄の選択から始まる…」

 と続く。

 筆者名はないが、この記事の執筆者が言わんとしたことは、もしホワイトハウスの担当者が宮内庁に代わってオバマ大統領の歓迎晩餐会を準備したなら、日本の食品会社がカリフォルニアに所有するリッジ・ヴィンヤーズのワインを選んだろう、というのである。日米の懸け橋を象徴するワインとして相応ふさわしいとの言い分だ。

 記事のタイトルに「ワイン専門家の『不在』が致命的」と前振りがあるように、どのようなワインを出せば相手が喜ぶか判断できるワイン専門家がいないことが日本の招宴外交を垢抜けないものにしている、と執筆者は断定する。

 宮中晩餐会がフランスワインしか出さないのは事実だ。このことの意味合いはあとで述べるとして、相手によってワインの選択を工夫するべきだとの執筆者の言い分は、日本の皇室のありよう、別の言い方をすれば皇室のもてなしのルールを理解していない理屈と言わざるを得ない。

 政治や外交の世界では、相手によってもてなしに差をつけることは普通に行われている。もちろん赤裸々にそれを見せるようなことはしないが、重要な国の首脳のもてなしにはより気を使い、そこそこの国の首脳に対してはある種の気楽さが伴うのは、きようえん外交をフォローしていればわかることである。

 どの国も外交儀礼(プロトコール)の細則を決めていて、これにのつとって外国首脳をもてなす。あるとき、知り合いの外務省の儀典長が

「外交儀礼とはどの国も平等にもてなすためのルールです」

 と語ったことがある。これに私は

「表向き平等に扱うと見せながら、実際にはもてなしに差をつけるのが外交儀礼では」

 と茶々を入れたことがあるが、どの国の賓客かによってもてなしに軽重の差がつくのは政治、外交においてはある意味当然である。これをまんだとか、差別だとか、小国への侮辱だとか言ってもせんいことなのだ。

 なぜかというと政治や外交はつぎのような相対比較の上に成り立っているからだ。

「自国の国益にとってAという国はBという国より重要である」

 Aという国がBより重要な理由はさまざまだろう。安全保障を依存しているから、経済的に重要だから、政治的、経済的に相互依存関係にあるから…。またAには安全保障を依存しているが、経済的にはむしろBの方が重要というケースもあり得る。短期的に見るか、中長期的に見るかでも重要性は変わってくるだろう。こうしたさまざまな変数を念頭に置いて考えるなら、重要度が同等な国はあるとしても、多くの場合、重要度は異なり、扱いに優劣や軽重の差がつくのは当たり前なのだ。

 だから米大統領のホワイトハウスでも、フランス大統領官邸のエリゼ宮でも、英女王のバッキンガム宮殿でも、はたまた中国のちゆうなんかいでも、賓客によってもてなしに違いが出る。はっきり言えば、差がつけられる。ホワイトハウスやエリゼ宮ほど明確でないが、日本の首相官邸でも賓客によってもてなしに差がつく。まぎれもなく首相官邸が政治や外交の場であることの証左である。

 しかしこれから免れているというべきか、政治や外交の論理をあえて排除しているのが皇室なのである。なぜかというと、

「だれに対しても公平・平等に、最高のもてなしをする」

 との基本的な考えが皇室にはあるからだ。これを突き詰めると、今上天皇、皇后両陛下の姿勢に行きつく。

「身分や立場の違いにかかわらず、だれに対しても公平・平等で接する」

 というのは両陛下のポリシーである。

 月刊誌の記事に対し、私が「相手によってワインの選択を工夫するべきだとの言い分は、皇室のもてなしのルールを理解していない」と言うのもそういうことなのだ。だれに対しても公平・平等で、最高のもてなしを追求する以上、相手によってワイン選択を工夫するということはあり得ない。

 もちろん最高級のワインのなかでの違いはある。何かの都合で最高級でないワインになったということもある。しかしワインによって意図的に賓客に優劣をつけたり、格付けすることは皇室のありよう、両陛下の姿勢に反することなのだ。両陛下は自分たちの行為や言動が政治や外交の脈絡で見られたり、解釈されることを嫌う。

 私の知る限り世界の元首のやかたのなかで、政治・外交の論理を排除しているのは日本の皇室しかない。国の大小を問わず、賓客を公平・平等に、最高のもてなしで遇することは、世界を眺めたとき、ある意味、なことなのだ。エリザベス英女王は立憲君主として、政治的には公平性を保持し、政治に介入しないことを旨としている。この点で皇室と似ているが、それでもバッキンガム宮殿での外国首脳のもてなしには国の軽重が反映する。

オバマ大統領の弾丸訪日

 宮中晩餐会がどの賓客も公平・平等に、それも最高レベルでもてなしていることをメニューから見てみよう。まず20144月に国賓(最も高い訪問形式)として来日したオバマ米大統領である。

 ただその前に、この訪問を振り返っておこう。大統領が安倍晋三首相と銀座のすし店「すきやばし次郎」に行ったときの、あの訪日と言えば覚えている読者もおられるだろう。

 この年の2月、オバマ大統領の来日が決まると、日米の事務当局の間で準備が始まった。しかし、滞在日数や国賓待遇とするか否かで日米間の食い違いが表面化した。

 日本側が「国賓として迎える」と発表したことに、米国側は「国賓として迎えるかどうかは日本が決めること」とクールな反応を見せたのだ。

 滞在日数も最後まで調整が続いた。日本のあと、韓国、マレーシア、フィリピンを歴訪する大統領は12日に固執した。しかし国賓の場合、さまざまな行事が入るため最低23日が必要だ。日本側は表向き「12日でも可能」とコメントしたが、水面下では2泊にできないか打診した。最終的にケネディ駐日大使が大統領に直々に頼み、2泊になった。

 オバマ大統領が来日したのは423日夜。午後7時、大統領専用機エアフォース・ワンで羽田空港に到着した大統領は、いったん宿舎のホテルオークラに入った。ラフな開襟の白シャツに着替えて出てくると、車列を連ねて「すきやばし次郎」へ。出迎えた安倍首相とにこやかに握手をして店内に入った。

 カウンターを占めたのは、両首脳を中心にライス大統領補佐官、ケネディ大使、しようろう国家安全保障局長、駐米大使の6人。この食事会は安倍首相の私的なもてなしの「非公式夕食会」と位置づけられた。かみしもをぬいで、くつろいだ雰囲気のなかで個人的関係を深めたいとの考えが安倍首相にはあった。

 大統領の訪日の課題は、安全保障問題とかんたいへいようパートナーシップ(TPP)協定の2つだった。安全保障問題では海洋における中国の威圧的姿勢が強まるなかで、米国として日本防衛の決意を示すことにあった。しかしすし店で大統領がもっぱら話題にしたのは、交渉が胸突き八丁に差し掛かっているTPPだった。

 大統領「安倍首相は高い人気を誇っているのだから、TPP交渉では日本が譲ってほしい」

 首相「ケネディ大使も日本では人気が高いですよ」

 大統領「日本で人気があっても、米国では選挙の票にならない。米国の養豚業界は日本と違い政治的に強力だ」

 国内の支持率が低迷し、秋に中間選挙を控える大統領としてはTPP妥結を成果として誇りたい。そのためには日本が譲歩してほしい──その意図は明白だった。くつろいだなかで個人的関係を築きたかった安倍首相に対して、1時間50分もの間、オバマ大統領は仕事の話に終始した。

 訪問は異例づくめだった。通例、国賓は日本側が提供する元赤坂の迎賓館に宿泊するが、オバマ大統領はホテルオークラに泊まった。米大使館の真向かいで便利とはいえ、国賓として来日し、迎賓館に泊まらなかった米大統領はわずかしかいない。

 またオバマ大統領は首相官邸での恒例の歓迎昼食会を断った。国賓に対して日本は通常、二段構えの饗宴を用意する。宮中晩餐会と首相主催の歓迎宴だ。つまり国のトップ(元首、日本では天皇)と政府のトップ(首相)がそれぞれ接待する。しかしオバマ大統領は首相の方を断ったのだ。

 好意的に解釈すれば、短い滞在だから形式的なことより、いろいろ体験したいとの考えがあったのかもしれない。そうであればいかにも合理主義的なオバマ大統領らしい。来日翌日の24日午前、安倍首相との会談と共同記者会見を終えた大統領は、日本科学未来館で二足歩行のロボット「ASIMO(アシモ)」を視察し、約30人の学生を前に講演。その後、明治神宮で流鏑馬やぶさめを見学している。

 しかし別の見方もできる。来日5カ月前の201312月、安倍首相は電撃的にやすくに神社を参拝した。これは中韓の怒りを買い、米政府も遺憾を表明した。歴史問題で日本は日米韓の結束の足を引っ張っぱると米国は見ただろうし、「戦前の日本を美化する歴史修正主義者」と一部で言われていた安倍首相に、さらなるを抱いたとしても不思議ではない。

 そうだとしたら日本は同盟国として重要だが、安倍首相との個人的関係を必要以上に親密に見せたくないとの判断があった可能性もある。

第1章 宮中晩餐会では「だれに対しても最高のものを」がルール(2)

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