「丸島さんが日本の特許の歴史を開いたんだよ」
特許で守り、特許で攻める。キヤノンの卓抜した技術力の背景には絶妙な特許戦略があった。キヤノン入社以降、特許一筋の人生を歩んだ丸島氏が語る。

第一章 巨人ゼロックスとの闘い

キヤノン、多角化への野望

*シンクロリーダー

 丸島が入社した当時のキヤノンカメラ(現キヤノン)は、創業以来の高級カメラ専業メーカーからの脱皮を目指していた時期だった。具体的には、高級機メーカとして評価の定着していたカメラ部門では、来るべき大衆化時代に向けて使いやすい中級機市場を開拓すること。またこれまで培った光学、精密、電子の技術を活かし、テレビカメラレンズや八ミリカメラなど、カメラ事業の多角化を図ること。さらには医療機器や事務機など、事業全体の多角化までを視野に入れていた。その多角化の原点となったのが、一九五九(昭和三四)年に発売したシンクロリーダーだった。

 シンクロリーダーは、東京工業大学の星野やすし教授が考案したもので、絵や文字が印刷…

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