「オレ、やっぱりトランプに投票したよ」
なぜトランプなのか? ニューヨークからアパラチア山脈を越え地方へ。朝日新聞の人気デジタル連載、待望の新書化。

プロローグ──本命はトランプ

トランプ番記者の予言

 初めてトランプの集会を現地取材したのは、20151114日のテキサス州ボーモント(Beaumont)だった。翌年11月の投開票日まで、ちょうど1年という時期だった。

 せっかく朝5時の便でニューヨークから飛び立ったのに、機材トラブルに見舞われ、大幅に遅れて到着した。予定では、トランプの演説が始まった頃だった。急がないと、ここまでやって来た意味がなくなる。

 私は飛行機から走って飛び出した。すると同じような乗客が、もう1人いた。

 アメリカの大手メディアのトランプ番記者だった。大手メディアは各候補者の動向を大統領選の1年以上前から追いかけている。その1人が同じ便に乗っていた。

 お互いにリュック1つで身軽な格好。なんとなく同業者というのがわかる。向こうから声を掛けてくれた。

「見ない顔だな、トランプ集会に行くのか?」

「はい、初のトランプ集会です。タクシーを捕まえて会場に行きます」

「こんな田舎の空港でタクシーが待機しているわけないだろ、呼んだって、なかなか来ないぞ」

 こんな会話を空港の出口をめざして走りながらかわした。

「実はまだアメリカの運転免許証もなく、レンタカーできないんです」

「じゃあ、乗せてやる、ついてこい!」

 言葉遣いは少々荒いが、親切な記者だった。

 ハンドルを握ったら、運転はもっと荒かった。テキサス州の農道。どんなに飛ばしてもぶつかるものはほとんどない。それでもちょっと怖い。

 上空をヘリコプターが横切った。「トランプ(関係者)のヘリだ。集会の開始も遅れているぞ、飛ばせば間に合う!」

 候補者の日々の動向を追いかける番記者ともなると、ヘリの見分けもつくらしい。明らかにテンションが上がっており、さらにアクセルを踏み込む。

 ハンドルを握る番記者が聞いてくる。「なんで日本の記者がトランプの集会に来るんだ?」

「やけにアメリカで人気があるので、今のうちに見ておこうと思って」

 トランプは当初、17人が乱立した共和党予備選の中で支持率トップだった。20157月に首位に躍り出て以降、そのポジションをほぼ維持していた。

「で、トランプ、正直どう思う?」。番記者が聞いてくるので、正直に答えた。

「発言がめちゃくちゃで、見ている分にはおもしろい。でもアメリカの識者やメディアが指摘するように、年内には人気が陰って選挙戦から脱落すると思う」

 そんなホンネを言ったら、番記者に笑われた。

「キミはホントに何もわかっていないなあ」

 ここから助言が始まった。これがすべて当たっていたのだから、今となっては感謝するばかりだ。

「トランプが遊説する場所を地図に落としてみたことあるか? ないだろ?」

 確かにない。図星だ。

「遊説先は、ほとんど田舎だ。仮に都会の近くでも、集会場所は郊外。彼は地方をしっかり回っている。自分の訴えが、どこの人々に響くのかを理解している証拠だ。大都会、特に首都ワシントンや、キミが住んでいるニューヨークへの反発心が強い街だ」

 番記者はアクセルを踏み込みながら続けた。

「ここでハッキリ言おう。トランプが共和党の候補になる。来年の党大会前には決まるだろう。なんでそう言えるかわかるか? 集会の規模が違う、支持者の熱気も違う。他の候補者の集会とは比較にならない。キミはどの候補が有力だと思う?」

 私は、キューバ系の若手候補、上院議員のマルコ・ルビオ(44)の名前を挙げた。マイノリティーが増えて、一層の多様化が進むアメリカ社会において、貧しいキューバ移民の息子が大統領選をめざすという「アメリカン・ドリーム」を絵にかいたようなルビオの物語は、社会に歓迎されるだろう。そう理由を説明した。

 すると番記者は「ルビオも悪くない候補者だ。他にも有力な候補者はいるが、彼らの集会はトランプとは比較にならないほど規模が小さい。トランプの集会には、これまで選挙なんかに興味を持っていなかった人々も大勢きている。今日の集会で、キミはびっくりするぞ」

 この日の会場「フォード・パーク・アリーナ」にやっと到着した。広大な駐車場だが、支持者の車でほとんど埋まっている。番記者は車を駐車場の端に止めた。

「早く出ろ、カギを閉めるぞ、じゃあな、またどこかで会おう」

 番記者は、そう言うと会場に向かって走り出した。私も必死に追いかけた。

トランプらしさ全開

 入口では、厳重な警備が実施されていた。一眼レフのカメラも、本物のカメラか否かを確認するために「床に向かってシャッターを切れ」と指示された。カメラを装った銃を警戒しているのだという。

 荷物チェックを終えて、会場に入ると、トランプの演説は中盤に差し掛かっていた。広い会場とあって満席ではないものの、すごい熱気だった。一般席に座り、写真を撮った。まず、中央の演台にいるトランプを撮影し、次に酔いしれる支持者にもカメラを向けた。

 ほとんど白人だった。

 人口統計によると、ボーモントでは、白人(約35%)より黒人(約47%)の方が多い。だが見渡す限り、会場に黒人やヒスパニックなどのマイノリティーの姿はほとんど見当たらなかった。

 トランプの演説は、テレビで見るよりも迫力があった。会場の雰囲気がそう思わせるのだろう。

「私が子どもの頃、アメリカは負けたことなんてなかったぞ。今は戦争でも何でも勝てやしない、負けてばかりだ。(過激派組織)イスラム国(IS)を倒すこともできないじゃないか。私なら勝ちますよ。信じてください。時間もかけませんよ、なぜならすぐに戻ってきて、この国を再建しないといけないからですよ」

 世界が対処に苦悩している過激派の問題を、時間もかけずに解決すると言い切っていた。「信じてください」を当時から多用していたが、普通に考えれば、信じられるわけがない。

 それでも、身振りが大きく、ラフな言葉遣いの演説に支持者は聞き入り、笑い、歓喜に沸く。使っている英語も簡単だ。なるほど「小学生レベルの英語」と言われている通りだ。

「私はとてもいい人です。私のことを嫌いな人まで、私を支持するんです。私が本当に有能だからです。私は賢くて、信じられないほどステキな企業を育ててきました」

「テレビを見ていると、私は世論調査で首位だというのに、いったいいつになったらトランプはレースを降りるんでしょうかねなんて言っているヤツがいる。まったく。私は絶対に離脱なんてしませんよ。皆さん! 私たちは勝つんです!」

 トランプらしさは全開だった。

 自分のことを「天才」「本当に頭がいい」「いい人」と真顔で繰り返すが、多くの人は「またトランプが言っている」と軽く受け流し、不思議なぐらいにイヤミになっていない。これは彼の最大の武器の1つだ。政治家としては、イヤミにならないことは強い。

 そして自分のことを批判する著名人を徹底的にけなす。

 この日のターゲットは、保守派に影響力があるコラムニスト、ジョージ・ウィル(George F. Will)。彼がこれまで披露してきた選挙予測はことごとく外れているじゃないかと訴え、「評論家なんてまったく価値がない」と切り捨てる。ワシントン・ポスト紙で40年前からコラムを書き続け、ピューリッツァー賞を受けた言論界の大物への批判に支持者は大喜び。

 話題はころころ変わる。パリのテロ事件、シリア移民への警戒感、凶悪犯罪、世論調査の結果の自慢、本当の失業率は25%との主張、オバマ批判。

 もちろん看板政策、メキシコ国境沿いの壁の建設には力が入る。

「壁を造りますよ、とても大きく、美しい壁になります。いずれ皆さん、ザ・トランプ・ウォール(トランプの壁)と呼ぶようになるのではないでしょうか。移民たちは合法的に来るようになります。それが私たちの望んでいることです。いま国内に不法に滞在している人たちは(国外に)出て行かねばなりません」

 そのたびに支持者は立ち上がって声援を送る。掲げるプラカードに、こう書かれていた。

「サイレント・マジョリティー(声なき多数派)はトランプを支持する」

サイレント・マジョリティーが吐き出す不満

 トランプの集会後、会場の外で支持者に話を聞くと、堰を切ったように不満を吐き出した。多くが、日々の暮らしに根差す不満だった。自らの体験に基づいているので真剣そのものだ。

 元教師のマリリン・マックウィリアムス(59)がまず口にしたのは、「壁」への熱い支持だった。

「トランプは壁を建設してくれる。彼の主張がストレートなのが好き。(保守系)フォックスニュースでいつもトランプを見ているけど、見れば見るほど、彼のことが好きになるわ。こんなに大きな国の中で、彼がこの街に来てくれたことがうれしい。テキサスは不法移民問題が深刻なので選んでくれたと思う」

「街でスペイン語が当たり前になっていることが不気味。ここはアメリカなのよ」と憤りも口にした。食料品店に並ぶ商品のスペイン語表示が増えているだけでなく、時にスペイン語の表示の方が英語より大きいことが気に入らない。

 マリリン・クランプ(56)も取材に語った。

「彼はポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)で批判されることを恐れていない。とても強い。経営者として常に判断を迫られてきた。そんな経験が豊富な指導者がこの国には必要なのよ」と語った。ここまではトランプへの前向きな評価と言える。

 ところが、ここからは社会への不満一色になった。

「国境を守らないと国が崩壊するわよ。不法移民の流入を食い止めるべきよ。私たちは彼らにあまりにも多くの自由とお金を与えすぎた。福祉に依存するようになり、その重みでアメリカが沈みそうよ。税金を払う人がどんどん減ってきて、自宅のソファで日中からテレビを見る人が増えたら、オシマイでしょ。彼らのフードスタンプ(政府が生活困窮者に発行する食料配給券)を支えているのは、私たち働いているアメリカ人。彼らは一時的な困窮から脱する方法としてではなくて、福祉に依存することをライフスタイルにしていて、生涯それで暮らしていくつもり。それは許されない」

 母マリリンの発言を聞いて、娘リディア・ブラウン(23)も思いを話してくれた。

「最近、スペイン語ばかり聞くのよ、私の街ビダー(Vidor)は小さな街だけど、どこへ行ってもスペイン語だらけ。本当にこの5年ぐらいで様変わりしてしまっていまどこの国にいるの、本当にこれがアメリカなの?と思う」

「この前、シャンプーを買ったら、ボトルの説明がスペイン語だった。その次に英語が書かれている。私は思わずちょっと待ってよって言ったわ」

 先ほどの元教師マックウィリアムスの憤りとそっくりだ。私はリディアに「でも彼らも英語を学んでいるのではありませんか?」と聞いた。

 リディアは「全然違うの。私たちが彼らに英語で話しかけると、露骨に不機嫌になるのよ。時には怒り出す人までいる。彼らの権利意識があまりに高いことに啞然とするのよ」と答えた。

 マリリンは「彼らは最近、権利を求めて街をパレードするようにまでなった。首都ワシントンでも権利拡大のパレードをやっている。いい加減にして欲しいのよ。普通の政治家に任せていては、国は破綻する。問題をありのままに、恐れることなく指摘するトランプが大統領になれば、国を建て直してくれるわ」

 取材が盛り上がったので、それに気づいて、いろんな人が近寄ってきてくれる。

 元国境警備隊員のウェイド(55)も自分の主張を聞いて欲しいという。隣のルイジアナ州ニューオーリンズから片道4時間かけてトランプの集会に来ていた。

「私は自分の目で見てきた。国境は抜け穴ばかり。これまでの政治家は見て見ぬふり。トランプがやっと一大争点にしてくれた。そんな抜け穴から不法移民が入国し、アメリカに住みつく。アメリカは、不法移民対策に膨大な国費を投入してきた。その資金があれば、私たちの暮らしははるかに楽になるはずだ」と興奮気味に語った。

 電気技師の見習い、ベンジャミン・スミス(35)=テキサス州ランバートン(Lumberton)在住=は、多くのトランプ支持者と同じことを強調した。

「今の政治家は、みんなうさんくさい。代表がヒラリー・クリントンだ。(国務長官時代に公務で私用メールアドレスを使った問題では)すべてのメールを捜査当局に提出したと言いながら、その後にまた別のメールが見つかった。信用できない。でもトランプは全部ホンネだ。彼が言うことは、彼が本当に考えていることだ。時に言い過ぎるけど、それも含めて憎めない」

 この街で、最も支持されていたのは、トランプの「壁」だ。ベンジャミンも「普通の政治家はあんなこと言わないけど、このあたりじゃ多くの人が考えていることだよ。壁ができて、不法滞在のメキシコ人を追い出せば、私たちに仕事が戻ってくる。仕事を取り戻せる」

 言い回しまで、トランプに似ている。

「キミは知らないと思うけど、ここはホントに不法移民が多い。そして私たちの社会保障制度を利用し、政府から吸血鬼のように金を吸い上げる」

 演説会場からどんどん支持者が出てくる。その様子を見てベンジャミンが言う。

「みんなトランプが大好きだ。中には不法移民に家族を殺害された人までいる。不法にアメリカに滞在している人が、社会に負担をかけるのは間違っている。テキサスの人々は、この国の政治家がおかしなことばかりすれば、本気でアメリカからの離脱を主張するからね。トランプが大統領にならなければ、テキサスを独立国にする動きを活発化させたいね」

「王国」を追う

 トランプ支持者へのインタビューは、なかなか疲れる。5人の話を聞き終わると、座り込みたくなる。それは、政治への期待や希望ではなく、不満を多く聞く取材になるからだろう。

 支持者に共通するのは、トランプの主張の実現可能性や、政策の細かい点などは気にせず、大づかみのメッセージに共鳴していることだ。

 事実誤認や誇張も多い。

「不法移民4600万人」などと間違った数字を挙げる人もいた。実際は11001200万人だ。不法滞在の移民は、消費税はもちろん、半分ほどは所得税も払っていると言われている。社会保障庁(SSA)の保険計理人は「給付金を受け取ることも期待できないのに、不法滞在の移民は保険料を払っており、その支払額は推定で年間150億ドル(約17300億円)になる。彼ら推定310万人の支払いがなければ、社会保障システムは慢性的な予算不足になる」とCNNの取材に語っている(201411月)。

 しかし支持者の語る不満には、それぞれの具体的な体験に根差したものも多い。長年ため込んできた不満といってもいいだろう。それをトランプというアウトサイダーの大統領候補が大声で主張してくれている、というわけだ。

 このテキサス取材を機に、私はトランプ支持者の取材に本腰を入れることにした。本選挙のちょうど1年前になる。トランプが負けるにせよ勝つにせよ、注目に値する社会現象であることは間違いないと思ったからだ。

 ただ、テキサス州に通うことはできそうにない。私が暮らすニューヨークから遠すぎる。そのため主な取材対象は、かつての製鉄業や製造業が廃れ、失業率が高く、若者の人口流出も激しい五大湖周辺の「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれるエリアを選んだ。

 理由は3つあった。

①「ラストベルト」は、ニューヨークから比較的近い。ペンシルベニア州ならすぐ西にあるし、オハイオ州でも片道7時間ほどのドライブで着く。少しでも深く取材するには、地の利が良くなければならない。

②トランプは、立候補の時点から、製造業の海外流出などを理由に自由貿易協定(FTA)の批判に力を入れていた。「ラストベルト」の票を本気で狙っていることは明白だった。

③オハイオ州は、近年の大統領選で常にカギを握ってきた。オハイオを制する者が全米を制する。オハイオで負けても大統領になれたのは、1960年のケネディが最後だ。もちろん2000年と04年は共和党候補ブッシュが、08年と12年は民主党候補オバマが勝っている。つまり、どちらの党の候補にも勝てる可能性が残っていることを意味している。「スイング・ステート(揺れる州)」と呼ばれ、終盤になると両党の候補が遊説に力を入れる。カギを握る州をじっくり取材したかった。

 通うからこそ見えてくるものがあるはずだ。

 そう期待して、特にオハイオ州やペンシルベニア州を歩いた。さらにそこから、時間に余裕があれば、アパラチア山脈の街々や、他のエリアにも取材を広げた。

 最初に今回の大統領選の象徴的な街をご案内したい。過去40年間、ずっと民主党候補が大勝してきたのに、共和党候補のトランプがひっくり返した地域だ。

 そこでは「前代未聞」の出来事が起きていた。

第1章 「前代未聞」が起きた労働者の街(1)

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