一体誰が、どのようなプロセスで支援法を「殺した」のか
子どもや自主避難者を守るべく作られた法律はなぜ骨抜きにされたのかを克明に報告、被災者支援のあり方を考える。

1章 暴言ツイッター

「暴き系の応援を頼む」

「暴き系の応援を頼む」。二〇一三年五月下旬、そんな題のメールが届いた。メールは、ある官僚がしていると見られるツイッターを見つけ、その内容があまりにひどいことを私に知らせていた。ツイッターのアドレスも書き込まれており、相手に気づかれないようフォローしないで閲覧してほしいと注意点が書かれていた。

 さっそく問題のツイッターを閲覧してみた。ホーム画面を見ると、「ninja rider」と名乗っており実名は明らかにしていない。しかし「国家公務員。船橋市LOVE。勤務先は赤坂、ときどき永田町や霞ヶ関、自宅は東京都北区」と自己紹介している。

 どうやら一二年八月までは千葉県船橋市役所に勤務していたようで、地元の有名な飲食店や高校サッカー部の活躍に関する話題など、ほのぼのとした内容が多い。しかし勤務先が船橋から東京・赤坂に移ったと思われる一二年八月以降は刺々しいツイートが次第に増えていく。

▽「そろそろツイッターで本名さらすのは止めようかな。今さら遅いかな」(一二年一〇月四日)

▽「労働者の党が通告を出さないため、多数の労働者が深夜残業なう」(一〇月三一日)

▽「四問被弾。あー面倒」(一一月一日)

▽「田舎の町議会をじっくり見て、余りのアレ具合に吹き出しそうになりつつ我慢」(一一月一五日)

▽「釣銭詐欺」(一一月一六日)

※タクシー運転手から余分な釣り銭を寄付として受け取ったとする谷岡郁子参院議員(当時)のツイートを引用して

▽「皆で福島に行ってしまえば、議員対応も法制局対応も主計対応もできなくなるから、楽になりそうだ」(一三年一月九日)

▽「我が社の大臣の功績を平然と自分の手柄としてしまう某大臣の虚言癖に頭がクラクラ」(二月六日)

▽「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会に出席。不思議と反発は感じない。感じるのは相手の知性の欠如に対する哀れみのみ」(三月七日)

▽「今日は懸案が一つ解決。正確に言うと、白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意しただけなんだけど、こんな解決策もあるということ」(三月八日)

▽「今日の最も重要なお仕事は某党本部の冷蔵庫に缶ビールを補充するなど。その大半は自分で消費するんですが…」(三月一三日)

▽「国会議員相手に失礼なことを言い過ぎたとちょっと反省。まあ、いいか…」(三月一九日)

 メールの送り主は、国会での質問通告を「被弾」と呼んだり、福島県内の自治体議会を馬鹿にする「上から目線」ぶりもさることながら、この人物が支援法の担当者であり、中傷する相手がことごとく支援法の成立に尽力した国会議員や、関連する市民団体であることを問題視していた。

エリートキャリア官僚の「つぶやき」

 ツイッターの主と思われるのは、復興庁の水野靖久参事官(45)。参事官はいわゆる課長と同級で、中堅幹部とも言える存在だった。

 水野参事官はいわゆるキャリア官僚だ。旧総務庁(現総務省)に入り、船橋市副市長を二年間務めた後、一二年八月から復興庁に出向していた。ツイッターの中身と経歴は大筋で一致する。

 ホーム画面にある「アイコン」にはキャラクター「リラックマ」が使われていた。水野参事官の名前をインターネット上で検索すると、同じアイコンの下に実名が入ったものも見つかった。さらに人気の中型バイク「ninja」を愛好しているらしく、フェイスブックには愛車と一緒に写った画像も掲載していた。水野参事官が問題のツイッターの主であることはおそらく間違いあるまいとは感じた。

 インターネット上には、国会議員や市民団体が開く集会に出席する水野参事官の映像も残されていた。私自身も水野参事官の姿に見覚えがあった。

 支援法は、主に自主避難者への生活支援や、福島県外にも広がる、局所的に線量が高いいわゆる「ホットスポット」に住む子どもたちにも被ばくに対応した健康調査を国がするよう規定している。福島県が実施する県民健康調査の不透明な実態を調査報道してきた関係もあり、一二年秋に議員会館で開かれていた支援法関係の集会をのぞいたことがあった。

 水野参事官は「皆様の意見をしっかり聞いて反映させたいと思います」などと快活にあいさつしていた。私も含めて「腰が低く、丁寧な人」というのが目撃者の共通認識だった。参加者たちも水野参事官を信頼している様子で、とても、このツイッターをしているのが同一人物と思えなかった。

どうやって証明するのか

 最大の課題は、このツイッターの主が水野参事官であることを証明することだった。インターネット上では「ninja rider」が水野参事官であることを示す形跡はあるし、異動の経過や仕事の内容とも一致はしている。例えば「国会議員相手に失礼なことを言い過ぎたとちょっと反省。まあ、いいか…」という一三年三月一九日のツイートだが、確かに「YouTube」を検索すると、水野参事官がこの日、議員会館内で支援法の推進を求める議員連盟との会議に出席し、「ちゃんと条文を見てください。基本方針は政府が決めると書いてあるでしょ」と言い放つ様子が記録されていた。ただし「YouTube」にアップされているため、水野参事官以外の誰かが見て、ツイッターに書き込む可能性もゼロではない。

 直撃取材した際に、水野参事官が「私ではない。誰かのなりすましだ」と言い張り続けた場合、ネット上に残る「形跡」だけで覆すことは難しい。そうなると復興庁も水野参事官をかばって問題に対処せず、報道自体が成立しない危険性も考えられた。

 水野参事官をインターネットの世界から実世界に引き出す必要があった。もちろんツイッターの主が水野参事官であることを完全に立証することは難しい。水野参事官が認めざるを得ないか、もしくは復興庁や第三者が「水野参事官以外にありえない」と認めるレベルまで持っていくにはどうしたら良いか。

 ツイッターの中にそのヒントがあった。ツイッターのホーム画面で、彼はバイクの他にアマチュア無線が趣味であることを明かしていた。

 それは一三年五月二八日のツイートだった。「今週末に、JCC100117から100104QSYの予定」。情報提供してくれた関係者の一人が「これはアマチュア無線の用語ではないか」と気づいた。どうやら週末に東京都北区から新宿区に引っ越す予定を意味しているようだ。本人以外の誰かが、住所や引っ越しまで知ったうえで書き込むことは考えにくい。水野参事官がツイート通りに引っ越すこと、行動していることを証明しようと思い立った。そして原始的な方法だったが、水野参事官をしばらく尾行しようと決めた。

 この段階で水野参事官がどこに住んでいるのか、そもそもツイッター通りに北区内に住んでいるのかもつかんでいなかった。職場で張り込むしかない。

 水野参事官の勤務する復興庁は東京・赤坂の民間オフィスビルを間借りしている。出入口はビルの南北両側にあり、両方を同時に見張ることはできない。地下鉄で通勤しているのがうかがえるツイートがあり、東京メトロの溜池山王駅を利用する可能性が高いと見て、五月三一日の夕方、北側の出入口で水野参事官が出てくるのを待った。

張り込み、尾行の果てに

「被弾なう」。頻繁にツイートされている言葉だ。「被弾」は官僚の間で以前から使われている業界用語らしく、国会の会期中に議員から自分の担当範囲で質問通告が寄せられることを指す。政府側の答弁を考えるため退勤が夜遅くなることもあるようだった。福島への出張も多いようで、空振りする危険性もある。幸い、直接の面識はなかった。しかし、薄暗い夜間に特定の人物を見分けるには高い集中力を必要とする。張り込み、尾行は想像以上に難しい作業なのだ。

 幸運なことに、この日は午後六時半ごろ、当人らしき男性が出てきた。予想した通り、溜池山王駅に向かって歩き始めた。最初は一〇メートルほど後ろを追尾した。溜池の交差点の信号待ちで後ろからそっと近づいた。首に掛けた黄色のストラップには「Rilakkuma」とある。「間違いない」と確信した。

 水野参事官は、北へと向かう浦和美園行きの南北線に乗り込んだ。彼は後楽園駅で降り、隣接する都営地下鉄春日駅から都営三田線に乗り換えた。さらに北へと向かい、板橋本町駅で降りた。「北区在住ではないのか」とわずかに不安がよぎった。水野参事官は駅から東の方向へと歩いて行った。イヤホンを付けて音楽を聴き、さらに手元のスマートフォンに目を落としたまま歩いているので尾行に気づいた様子はなかった。

 水野参事官は駅から東に向かって一五分ほど歩き、官舎らしき一〇階建てのマンションに入って行った。急いで住所を調べると、建物が北区にあるのが確認できた。

 この日は金曜日だった。ツイッターの通りであれば、この土日に引っ越すと見込んだ。翌日の六月一日早朝、私は手配した取材用車両に乗り込み、官舎近くでじっと待ち続けた。何度か自家用車を運転して外出するのを目撃した。どうすべきか迷ったが、乗用車の尾行は気づかれる危険性が高くなる。我慢することにした。午後になって、一台のトラックが官舎の敷地内に入った。荷台に描かれた広告からリサイクルショップのトラックと判明した。降りてきた作業員らしき男性が水野参事官となにやら話した後、ベッドらしき家具をトラックに運び込むのを目撃した。「引っ越しが近いのは間違いない」と確信し、その後も夜まで待ち続けた。だが肝心の引っ越し用トラックを見つけることはできなかった。

 翌日も早朝から北区の官舎に向かった。水野参事官が前日に運転していた自家用車は駐車場にはなく、待ち続けたが戻ってはこなかった。既に引っ越したようだった。まだまだ証拠が足りず、尾行を続ける必要があった。

 次に尾行したのは六月四日だった。この日は夜七時半からサッカー日本代表の試合があり、テレビ中継も予定されていた。一連のツイッターにはサッカーに関する書き込みが多くあり、特に日本代表の試合を心待ちにしている様子がうかがえた。国会での「被弾」状況によるが、早く帰宅する可能性が高いと踏んだ。

 果たして、水野参事官は午後七時過ぎに姿を現し、前回と同じく、溜池山王駅から浦和美園行きの南北線に乗り込んだ。いつもより接近し、小柄な参事官の後ろに立つと、手に持ったスマートフォンの画面が頭越しに見えた。二〇年ほど前に流行した人気漫画が映し出されていた。

 ここから水野参事官は前回と違う行動を取った。後楽園の手前にある飯田橋駅で降り、地下通路を歩き続けて都営大江戸線に乗り換えた。そして数駅で降り立ち、地上に出て五分程度の場所にある新築マンションに入った。住所は新宿区内だった。

 二日後、スマートフォンのアプリでこの漫画を無料で読んだというツイートが上がった。ツイッターの主は水野参事官でほぼ間違いなかった。しかし、それでもまだ水野参事官が「なりすましだ」と言い張ってきた場合に備えた証拠としては十分ではない。

 六月九日は日曜日だった。午後自宅に居ると、新たなツイートがアップされているのを見つけた。「久しぶりにバイクで遠出なう」。幸運なことに水野参事官が五日前に入った新宿区内のマンションは私の自宅から車で一五分程度の場所にあった。急いで取材用車両を手配し、車中で息を潜めてその時を待った。午後五時ごろ、水野参事官がバイク「ninja」で帰宅した。バイクをマンションの車庫に入れる様子を車中から撮影できた。「取材の峠を越えた。これでいける」と確信できた瞬間だった。

1章 暴言ツイッター(2)

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