レベル7 史上最大の事故から10年の「最終報告書」
福島第一原発事故から10年 私たちは何を学び、何が変わったのか そして、未来への提言

第1章 安全規制─不確かさへのアプローチ─

1 安全規制─不確かさへのアプローチ─

何ものにも「囚われ」ない規制へ

 事故後、発表された各事故調査報告書は、原子力安全規制のあり方について以下のような教訓と提言を示している。

 民間事故調査報告書は、「国策民営がもたらす責任の所在の曖昧さと、そこからもたらされる事業者の危機管理能力の弱さ、そしてガバナンスの弱さがあった」ことを指摘し、その背景に日本の規制文化・慣行の組織文化面での特徴として「ムラと空気のガバナンス」や「小さな安心を優先し、大きな安全を犠牲にしてきた」ことを抉り出している。

 また、国会事故調は、「規制側と事業者側が、過去の規則と既存の原子炉の安全性が訴訟によって否定され、プラントが停止することを避けるため、両者の利害が一致するところで学界やその他の各方面に働きかけるなど、『本質的なリスクの低減』や、『安全の確保』からかけ離れた不健全な関係があった」と指摘している。

 さらに政府事故調は、「原子力安全規制機関は、原子力安全関連の意思決定を実効的に独立して行うことができ、意思決定に不当な影響を及ぼす可能性のある組織から機能面で分離されていなければならない」と強調している。

 そしてこの点については、20129月、純粋に科学的・技術的な見地から独立して意思決定する規制機関として原子力規制委員会が設立された。同委員会の委員長と委員の人事は緊急事態発令中の例外規定に基づいて衆参各議院の同意を得ずに任命された。(20132月に衆参各議院の同意を得ている)

 新たに設立された原子力規制委員会は、組織発足の3か月後に、「人と環境を守る」との使命と5つの活動原則からなる組織理念を公表した1

 そこでは、「原子力に関わる者はすべからく高い倫理観を持ち、常に世界最高水準の安全を目指さなければならない。我々はこれを自覚し、たゆまず努力することを誓う」と述べ、その活動の原則の第一番目に「独立した意思決定」と題して「何物にもとらわれず、科学的・技術的な見地から、独立して意思決定を行う」ことを掲げた。

 規制委員会の委員たちは、新たな決意を口にした。

 原子力規制委員会の初代委員長に選任された田中俊一は第一声で、「原子力規制委員会の最も重要なことは、地に落ちた原子力安全行政に対する信頼を回復することにある。」2と発言し、そのための方法として透明性・中立性の確保を徹底したいと決意を語った。

 のちに田中の後任になった更田豊志も「地震、津波、航空機衝突のいずれもが、福島第一原発事故前から“脅威”として存在することは認識されていたものの、その強度や発生確率は“不確かさ”を伴うもので(中略)、その“不確かさ”の大きさが、願望的な考えを招いたり、対策強化への決意を鈍らせたりしてしまった。原子力規制委員会はこれらの脅威への取組がその“不確かさ”の大きさの故に後送りされることの無いよう、監視、検討を続ける。」3と決意を語った。

 こうした新たな規制体制を裏打ちする法体系として、原子力安全規制の基礎となる原子炉等規制法4が改正され、またこれを受けて原子力規制委員会は規制基準を新たに整備した。

 従前の原子力利用の計画的な推進に関する文言を削除し、原子力に対する確かな規制を通じて人と環境を守るための安全確保に焦点を絞って強化し、電気事業法の原子力発電所に対する定期検査などの規制を原子炉等規制法に一元化した。

 それまで規制の枠外としていた重大事故を考慮した安全規制へと転換した。そして新たに整備する規制基準をすでに許可を得た施設に対しても最新の規制基準に適合するよう義務付ける「バックフィット制度」を導入した。これは、新たに技術的知見が得られて規制基準が変更された時に、これまでの「バックチェック」と称された制度のように、すでに安全規制の法的手続きを経て許可された施設に対して事業者責任で自主的に最新基準に適合させていくことを期待するのではなく、国の強制力をもって義務付ける制度である。規制基準に施設が適合しなければ、原子力規制委員会は事業者に対して運転停止や施設改造などを命令できるし、命令に違反すると許可取り消しや罰則を課すこともできる。

 さらには発電用原子炉設置者が発電用原子炉を運転できる期間を、原則、使用前検査に合格した日から起算して40年と限定し、原子力規制委員会の認可によって20年を超えない期間で政令で定める期間を限度に1回だけ運転期間の延長を認めることができるとした。

 新たに定めた規制基準は、深層防護の徹底を第一に、確率的に極めて小さい重大事故の具体的な対応措置(シビアアクシデント対策のための施設、体制の整備)を求めた。すなわち、共通要因による安全機能の喪失を防止する観点から火山・竜巻・森林火災などの自然現象とそれ以外の理由で起きる停電、火災、内部溢水などに対して、万一重大事故が発生しても対処できる電源や炉心冷却システムの多重化・多様化と手順の整備を求め、意図的な航空機衝突などに対しても可搬型設備を中心とした対応策(可搬型設備・接続口の分散配置)とそれをバックアップする常設施設(特定重大事故等対処施設)の整備を要求した。

 また、規制法で事業者の安全性の向上のための評価活動を自ら実施することを義務付け、規制当局が日常の保安検査で確認していた定期安全レビュー(Periodic Safety Review:PSR)制度(最新の知見の反映、高経年化対策等を定期的に確認すること)を見直して安全余裕度評価に加えて確率論的リスク評価手法を用いた安全評価を追加し、原子力施設の安全性を総合的に評価して国に届け出る制度とした。

 そして、このような安全規制体系を独立的に運用するため、原子力安全規制の中核としての原子力規制委員会を環境省の外局に設置した。これにより、文部科学省および国土交通省の所掌する原子力安全の規制、核不拡散のための保障措置などの事務事項を集約一元化した安全規制体制に改革した。これに伴って原子力安全委員会および原子力安全・保安院を廃止した。

 原子力推進行政機関からの独立が保証されていなかった制度的な壁とそれを執行するガバナンスや規制側と規制される側の曖昧な関係を根本的に変革しなければまともな原子力の安全規制は望むべくもない。それが福島第一原発事故からの「学び」だった。原子力規制体制に関しては、大きな改革が実現した。日本はそこは、よく学んだと言える。

 しかし、仕組みは革新されたものの、その仕組みの運用ではまだまだ旧体制の惰性を引きずっている。ものごとを決める際の権限と責任のあいまいさ、司司のお家大事の組織文化は依然、変わっていない。民間事故調やその後、日本再建イニシアティブが刊行した『吉田昌郎の遺言 吉田調書に見る福島原発危機』の表現を使えば、「ムラと空気のガバナンス」や「小さな安心を優先し、大きな安全を犠牲にする」日本の規制文化・慣行の特質はなかなかぬぐい切れていない。

 以下、福島第一原発事故に至る経緯および当時の経験から得られた「学び」が安全規制に実効的に活かされているかどうかを、①新規制基準②自主的な安全性向上活動③組織文化の三つのテーマに絞って検証する。

第1章 安全規制─不確かさへのアプローチ─(2)

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