なぜ日本の子どもは「幸福度が世界最低レベル」なのか?
主観的な幸福度が世界最低レベルの日本の子どもたち。何が子どもたちから自信や心の居場所を奪っているのか。QOL調査結果を元に診療や学校現場の豊富な事例を交え考察する。

1章 注目のキーワード「自尊感情」を問い直す

1 自尊感情(セルフ・エスティーム)とは

自己への関心の高まり

 この章ではまず、自尊感情という言葉について、簡単にですが説明してみたいと思います。

 ここであらかじめ述べておきますが、本書では、自尊感情の定義や研究の歴史、調査そのものに重点を置くのではなく、私の専門である小児医学の立場から、現在、我が国の子ども社会が抱えている臨床教育学的、あるいは精神医学的病理現象を、自尊感情という視点からどのように考えなおしていくかに重点をおいて考えてみたいと思います。

 ですから、ここでは、子どもの自尊感情の従来の研究については、簡単に触れるにとどめておきます。私達が開発した日本語の新しいQOL尺度と、その中の一領域としての自尊感情尺度を使用した調査の結果が出ていますので、それらを次章以降で紹介するつもりですが、子どもの自尊感情そのものの研究について、さらに詳しく知りたい方は、心理学系の専門書などをあたってみていただければと思っています。

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 自分自身のことを自ら考えるという概念は、昔から存在していましたが、とくに一九世紀以降、いろいろな研究がされてきたことが知られています。

 自分を肯定的にとらえる、ということは、人生のさまざまな困難を乗り越えて充実した人生を送るためだけでなく、他人と協調していくためにも必要なことだと言えます。自分を否定的にとらえると、他人のことも否定的にとらえたり、他人からの言動を被害的にとらえたりすることで、関係がうまく成立しなくなってしまうからです。そうなると、コミュニケーションをとることが難しくなってしまいます。

 最近は、社会あるいは国際状況の急激な変化と、それに伴う個人の不安な気分を反映して、心理学的な興味を持つなどの自己への関心が、よりいっそう高まってきたと言われています。人は不安が強くなってくると、自分の内的側面を観察する方向に、関心を向ける傾向があるのです。

 一時期、心理学が大変なブームになり、大学の心理学科への入学希望者が多くなって、学科の偏差値がものすごく高くなった、という時がありました。自分自身に葛藤や悩みを抱えていて、それを解決したいという理由で、つまり自分自身のことで心理学科に入ってくる学生が増加しだしたのです。その延長線上でカウンセラーの資格を取るような学生が増えました。その結果、「心理学科の学生は、とても人にカウンセリングできるような状況にない」とこぼす教員にもよく出会ったものです。

 現在も心理学科にそのような状況が続いているかどうかはわかりませんが、学生の中にも、また社会の人びとの中にも、自己の内面に対する関心がさらに高まっていることはたしかだと思います。

 現在のような、自分を取り巻く環境が激しい変化にさらされていたり、不安定な社会情勢の中にあっても、なお自分が生きていく力を持ち続けるためには、「自分が好きで、自分を大切にする」「自分の存在を自分で受け入れる考えを持つ」ことは、たいへん重要なことです。

セルフ・エスティーム(=自尊感情)は良い面・悪い面を含んだ概念

 自分のことを自分でとらえるという概念には、「セルフ・エスティーム」という言葉をあてることが一般的です。

 セルフ・エスティーム(self-esteem)とは、質問紙法による自尊感情の測定を考案したローゼンバーグによれば、「自己イメージの中枢的な概念で、一つの特別な対象、すなわち自己に対する肯定的または否定的な態度」と定義されています(一九六五)。

 セルフ・エスティームは、日本語では「自尊感情」の他に、「自尊心」「自負心」「自己評価」「自己尊重」「自己価値」「自己肯定感」などさまざまな訳語があります。

 広辞苑には、「自尊心」という言葉が掲載されていますが、「自尊の気持。特に、自分の尊厳を意識・主張して、他人の干渉を排除しようとする心理・態度。プライド」となっています。「自尊感情」以外のこれらの訳語は、ローゼンバーグのいう定義のうちの、ある一面のみを中心に意味し、必ずしも全体を包括する意味を持ちません。

 それに対し、「自尊感情」は、その他の訳語と異なり、必ずしも良い響きだけを持つわけではなく、自分に対する感情を中立的に表現する言葉としてとらえられているようです。

 セルフ・エスティームという概念は、「自信を持ちゆったりと構えること」や、「自重する」という、いわゆるポジティブな思考を指すだけでなく、ネガティブな側面も包括した概念に近いと思われます。セルフ・エスティームという単語は、プラスの価値とマイナスの価値を中立的かつ客観的に表す単語、ということもできます(アメリカなどでは、セルフ・エスティームというと、高すぎてもよくない、というイメージがあります。良い面、悪い面の両方を表す言葉としてとらえているからです)。

 このような理由から、本書では、セルフ・エスティームの訳語として、心理学系の論文やハンドブックで一般に使用されることも多い「自尊感情」を用いることにします。繰り返しますが、「自尊感情」という言葉は、マイナスの意味も含めて使ってください。本来は、高めれば高めるだけよい、というわけではない、ということも、一応は理解しておいていただければと思います。本書では、自尊感情が高すぎる人のこと、その問題点についてはほとんど触れませんが、高すぎてもまた、人の上に立ったときなどにやっかいなことが起きる可能性があります。

学校関係者も注目

 整理しますと、「自尊感情」とは、外見・性格・特技・長所短所・自分の持っている病気やハンディキャップなどすべての要素を包括した意味での「自分」を、自分自身で考えるという意味です。

 これらの「肯定的な面」に目を向ければ、「自信、積極的、有能感、できるという気持ち、幸せな気持ち、自分を大切に思う気持ち」などと表現できますし、「否定的な面」をとらえれば、「劣等感、消極的、無力感、できないという気持ち、不幸でつまらないと思う気持ち、自分をみじめに思う気持ち」などと表現できます。

 当然のことながら、自分の欠点やハンディキャップをふまえた上で、自分自身のことをどのように考えていくかという概念になります。ですから、「欠点を長所ととらえる発想」、「他人がハンディキャップと考えることを自らはねのける気持ち」、などというのも自尊感情と関連していると言えます。

 海外の研究では、低学力、少年犯罪、薬物依存、一〇代の妊娠、自殺、などと、自尊感情との間に、相関があることが指摘されてきました。わが国においても、居場所がなく不安を抱える子どもたちが増えていることが指摘されていることは、「はじめに」でも述べたとおりですが、摂食障害、自殺企図、引きこもりの増加など、今日的な臨床病理現象においても、低い自尊感情との関連があると私は考えています。

 子どもを取り巻く社会環境の急速な変化の中で、子どもたちは自分自身をどのように考えているのか。子どもにおいても自尊感情の研究に関する関心が日に日に高まっているのを感じています。

 最近では、学校関係者の研修のためのマニュアル本でも、「自尊感情を高める」などという項目がよく出てきますし、特別支援教育でも、「自尊感情を保つ」ということはよく話題になります。学会などでは、もともと自尊感情というのは注目されていましたが、学校の先生の研修会などで目立つようになってきたのは最近のような気がします。

 ですから、最近の学校の先生は、「自尊感情という概念は必要であるし、いまの子どもたちは自尊感情が低い」というようなイメージを少なからず持っている方は多いと思います。しかし、子どもたちの自尊感情の低さが、説得力のあるデータとして示されている、ということはなかなかありませんでした。調査者の独自のオリジナルなデータのようなものであったり、小規模な調査がほとんどだったということです。

 青少年のセルフ・エスティームに関する調査などもしばしば行われ、尺度もさまざまあることはあったのですが、そのほとんどが、大人の調査をそのまま流用するか、簡単な改良をほどこした程度で、子どもに使用しています。大人に対するセルフ・エスティームの調査で使われる方法で多いものは、一〇〇ぐらいの質問に、二択で答えるものです。そうなると、回答の選択肢は、イエスかノーですから、どちらかに極端にふれる可能性があります。

 また、個々の質問を子どもが理解しているか、ということや、質問の数なども、かなりの吟味が必要なのですが、そういったことが行われていない調査がほとんどでした。さらに、大人にはするが、子どもにはしない質問、というものも、もちろん出てきます。たとえば、性的な質問であったり、職場に関する質問などです。こういったものを質問項目からカットするということは、研究の精度ということでいえば、正しくない、ということになります。

 ですから、研究ということでいえば、子どもの自尊感情の調査は、まだまだ未発達な段階と言えると思います。我々が今回使用したQOL尺度では、五段階評価にしたうえで、質問をかなり厳選しています。

2 子どもの自尊感情の研究

発達とともに変化をみせる自尊感情

 自尊感情が、子どもの発達とともにどのような変化を示すのかについては、さまざまな国で多くの論文が出されています。発達の途上にある子どもたちが、自分自身を、どの時期にどのように認識するのかについては、多くの研究者が興味を持っていることです。

「私は……」という言葉の後に、文章を続けさせて、二〇種類の文章を完成させるテストがあります。この方法では、年齢が小さいうちには、自分の持ち物や身体像など外見的な記述をすることが多いのに対し、一二歳ごろから、対人関係の中で自分が示す傾向、気質や個性といった、内面的な特徴の記述が増えてくると報告されています。

 また男女とも、自身の評価が主観的・外見的なものから客観的な内面認識に変化する年代で、自尊感情が最も低くなることが報告されています。わが国でのこれまでの調査でも、同様に小学校高学年において、自尊感情が低下する傾向を示しています。また自尊感情は、時代、文化に左右されず、男性よりも女性が低いという報告がなされています。

 自尊感情に影響を与える要因としては、社会的階層、人種、宗教などよりも、母子関係の緊密さ、両親の受容的態度、両親からの一貫したしつけ、子どもの意見を尊重する態度、子どもの独立性を尊重する態度などが関与しているとされています。両親から関心を向けられ、良好な関わりを持つことが、それを高めると、一般的には報告されています。特に幼児期の母親との関係性が自尊感情に大きく影響を与えると言われています。

子どもの自尊感情尺度

 すでに開発されている、子どもの自尊感情を調べる尺度はいくつかあります。ここでは、自己報告式の尺度の質問内容をいくつか紹介しておきます。

 資料1に示したのは、我々が、後に述べるQOL尺度を開発する際に併用した、ローゼンバーグの自尊感情尺度です。

 このローゼンバーグの自尊感情尺度は、一九六五年に作成されたもので、自己についての価値的評価の程度を自己報告するものです。もうかなり古いものですが、最も普及した調査用紙であると言えます。

 具体的な質問項目としては、「自分にはいくつか良いところがあると思う」「私はいろいろなことをうまくやれると思う」など一〇項目について、「そう思う─4、まあそう思う─3、あまりそう思わない─2、そう思わない─1」の四段階で評定するものです。得点がとりうる範囲は一〇~四〇点で、得点が高いほど自尊感情が高いように配点されています。

 ところで、この尺度は現在日本でも広く用いられていますが、一九八二年に再度翻訳され、日本での学術的な検討がなされた五段階評価のものが主として使用されています。質問の中身は変わりません。資料2に五段階評価のものをお示ししておきます。

 ローゼンバーグの自尊感情尺度は、あくまでも「自尊感情」のみに限定した調査です。我々が行ったQOL調査のように、親子関係や友だち関係、学校関係という視点は全く含まれていません。

 ですから、これだけを使っても、わからないような多面的な問題が、常に子どもにはあります。研究者は誰でも、常に、もっといい尺度はないか、と考えるものです。

 次に示しました資料3の尺度は、E・アンダーソン/G・レッドマン/C・ロジャース著、荒木紀幸監訳、江里口歡人、山田礼子訳『親から子へ 幸せの贈りもの』より転載した尺度です(荒木紀幸、一九八五 小学生用自尊感情尺度 兵庫教育大学荒木研究室作成資料)。

1. なにかしようとするとき、むずかしそうだと、ほかのひとつだってもらいたくなります。

2. められたことは、きちんとやるほうです。

3. ともだちがわるいことをしているのをると、とめようとおもいます。

4. ぶんでしなければならないことでも、おやせんせいからわれないとしないほうです。

5. ほかのひとを、とてもうらやましくおもいます。

6. ただしいとおもうことは、はんたいされてもやりとおしたいとおもいます。

7. ぶんをたよりないとおもうことがあります。

8. ほかの人からそんけいされるようなにんげんになれるだろうとおもいます。

9. いまのぶんがしあわせなほうだとおもいます。

10. もしまれわることができたら、こんべつひとになりたいとおもいます。

11. ぶんしんをもっています。

12. ほかのひととくらべて、いろいろなてんですぐれているとおもいます。

13. ほかのひとからどんなふうにうわさをされているか、になるほうです。

14. ともだちは、わたしかんがえをよくげてくれます。

15. ときどき、ぶんしんがいやになるときがあります。

16. だれとでもなかよくしていけるほうです。

17. いまぶんにだいたいまんぞくしています。

18. ともだちは、わたしのためになることをしてくれることがおおいとおもいます。

19. なにごとも、ほかのひとにしてもらうより、ぶんでやりたいほうです。

20. へまやしっぱいをやって、わらわれることがおおいです。

21. ほかのひとよりおとっているとかんじることがよくあります。

22. ほかのひとおなじくらいに、ものごとができるとおもいます。

23. なにかしようとするとき、ほかのひとはんたいするのではないかとしんぱいになることがあります。

24. ほかのひとからうらやましがられることがよくあります。

25. ぶんけんかんがえをとおすほうです。

26. どんなこうにあっても、くじけないだろうとおもいます。

27. わたしには、あまりまんできるところがありません。

28. ほかのひとからわるわれることがおそろしいです。

29. わたしには、たくさんいところがあるとおもいます。

資料3 小学生用自尊感情尺度(荒木紀幸)の質問項目

 こちらの尺度は、ローゼンバーグのものより、子どもの状態を多面的にとらえようとしています。親子関係に関しても、少し踏み込んでいます。この本では、著者が、得られたデータをもとに、どうすればいいかということにまで触れていますから、我々のように、研究重視というよりは、臨床応用にしようと考えている者にとっては、参考になります。

 この尺度も、各質問について自分がどう思うかを答えるものです。小学生用は、二九の質問に「Yes」か「No」で答えます。中学生用は(1)(2)(5)(10)(11)(17)(19)(22)(25)の九つの質問を用いて、「ほとんどない」「時々ある」「しばしばある」「ほとんどいつも」の四段階の答えから選ぶものです。小学生は〇~二八点、中学生は、それぞれの答えに〇~三点を配置し、〇~二七点で評価します。これも得点が高いほど自尊感情が高い結果となります。

第1章 注目のキーワード「自尊感情」を問い直す(2)

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