マクドナルド「悪夢の3年間」とは何か?
外食産業の雄・マクドナルドは永遠か? それとも賞味期限切れ寸前か? 十年追いかけてきたマーケティング業界の第一人者が徹底分析する。
シェア ツイート

1 ぐらつく、外食の雄

 2014年夏、日本マクドナルドに激震が走った。チキンマックナゲットに使用している鶏肉の一部仕入れ先である、米・食肉大手OSIグループ「上海福喜食品有限公司」で、使用期限切れ鶏肉を使用していた問題が発覚したのだ。中国のローカルテレビ局による報道で、工場内の不衛生な食肉の処理作業が明らかとなり、日本の消費者には動揺が広がった。

 経営陣は謝罪し、鶏肉をタイ産に切り替える措置を取ったが、8月の既存店売上高は、前年同月比251%減と2001年の上場以来最大の下げ幅となった。201412月期の連結業績予想は純損益が▲170億円と、最終赤字に転落する見込みである。

 さらに、20151月には「人の歯」や「ビニール片」などといった異物がポテトやナゲットに混入していた事実が全国で相次いで発覚し、信頼回復への道のりは依然険しい。

 使用期限切れ鶏肉問題が発覚する前から、日本マクドナルドの業績は大きく落ち込んでいた。201312月期の決算では、売上高2604億円(前期比116%)、営業利益115億円(同533%)と、上場以来最大幅の減収減益だった。

 日本マクドナルドはいま、創業以来、最大の危機を迎えている。

創業以来、最大の危機の「予兆」

 1971年に創業し、東京の銀座三越に1号店を出店した日本のマクドナルドは、その後30年間、創業者・藤田田氏のもとで成長を続けた。1995年以降は、急激な円高を利してディスカウント路線をひた走り、それまで210円だったハンバーガーの価格を130円に引き下げる。その結果、競合のロッテリアやモスバーガーを圧倒し、1994年に48だったシェアを1998年には61にまで拡大、マクドナルドは繁栄を謳歌しているように見えた★1

 ところが、2001JASDAQに株式上場後の2年間、減収減益が続く。

 2004年、米国本社の意向を受けて、業績が低迷する日本マクドナルドのCEOに就任したのは、アップルの日本法人の経営改革で成功を収めた原田泳幸氏だった。原田改革により、マクドナルドの業績はV字回復を果たし、5期連続で増収(20042008年)、2011年には過去最高益を記録した。

 しかし、2012年春からは一転して13カ月連続で既存店の売上がマイナスとなった。20138月、原田氏は日本マクドナルドの社長を退任し、後継者として、カナダ人のサラ・カサノバ氏が就任している。

 マクドナルド失速の予兆は、実は2012年の初めごろからデータに表れ始めていた。日本版顧客満足度指数(JCSI)の調査によると、2012年ごろの利用経験(13月)において、マクナルドの顧客満足度(CS:Customer Satisfaction)は少しずつ下がり始めていた。

 2010年度のJCSI調査では、マクドナルドのCSは、飲食業全体で21社中14位で、顧客満足度指数(CSI)は100点満点中670点と、野家の657点よりやや高かった(図表11)。

 ところが2012年度調査では、CSの順位が飲食業界の最下位集団に入るようになり、2013年度には、調査対象の24社中最下位に転落、リピート率(再利用意向)でも最下位となった。

 2004年、原田氏がCEOに就任してからの華々しいV字回復のあとで、マクドナルドの凋落はなぜ起こったのか。そして、この先、日本マクドナルドに復活の目はあるのだろうか。次節以降で見ていきたい。

2 日本マクドナルド、2012年夏の変調

店から客が消えた?

 20126月中旬、日本マクドナルドの既存店売上高が発表になった。

 社長の原田氏は、手元に上がってきた販売実績に首をひねった。客数は▲22%、客単価は129%、売上高(全店)は対前年比で11であった★2

 東日本大震災から約1年が経過した2012年、外食産業は、そこそこの回復基調にあった。震災前の2010年を上回るようになり、ファストフード業界の売上も、2010年の水準に戻りつつあった。

 ところが、マクドナルドの売上が戻る兆しは見えてこなかった。20125月の既存店売上高は、リーマンショック後、月次で最大の減少を記録していた(図表12)。

 原田氏が自問自答した結果は、基本戦略の練り直しだった。

施策:メニュー表の撤去

 顧客を呼び戻すための施策の一つが、レジ前のメニュー表の撤去(2012101日スタート)だった。

 会社側のねらいは、カウンターでの待ち時間を短くして、顧客サービスを改善することにある。「それによって、売上は5%(約250億円)増える」と踏んでいた★3

 メニュー表には、主要な商品と価格などが書かれており、レジでメニュー表を見ながら注文する、というのが、それまでの流れだった。

 レジのメニュー表を撤去後は、レジ上方に設置されたメニューボードや、通路に張られたポスターを見て、レジでは、注文を伝えるだけというわけだ。

 メニュー表の撤去に関して、さっそく、ネットでは物議を醸した。賛成派の意見は、

 「ついにマックにメニューボードが! これでレジに立たずともメニューを吟味することができる!」

 「先に携帯見てクーポン選んでから行くよね。メニュー表などいらない」

と支持する。

 しかし、多くは、不便を訴えるものだった。

 「いつもマックで注文するときは、メニュー指さしながら喋らないようにしてたのに、これじゃあ行けない」

 「そんな視力検査みたいなこと嫌だ。メニューが見えない」

とメニューボードとポスターの見にくさを指摘する声が相次ぎ、ついには、

 「これって、高いの買わせるためだよね?」

という憶測まで飛び出した。

 そもそも、レジカウンターにメニューを置いているのは、世界のマクドナルド店舗の中で日本ぐらいのものである。

 マクドナルドのビジネスのやり方を考えるとき、米国流の戦略立案やマネジメントのほうが正しい、米国本社で採用されている事例をつねに意識して参照するという思考は、CEO就任以来、原田氏が一貫して採用してきた方式である。原田氏は、東京大学教授の伊藤元重氏との共著で、以下のように述べている。

 「当社はあくまで『アメリカ』をアイデンティティとする企業です。その点を見失ってはならない、と考えています。

 にもかかわらず、日本独自の手法で運営していた部分が多分にあり、以前は成長の足枷になっていました。そこで、海外のノウハウを有効活用し、商品からスタッフまで、最適なタレントを最も効果の上がるかたちに結集させました★4

 米国の手法を日本に持ち込むこと、つまりはメニュー表の撤去も「日本マクドナルドの経営を米国流に戻せ!」ということの一環である。

 カウンター前のメニュー表が撤去された10月、来店客数は5%増えたが、客単価は11の大幅減少となった。セットでオーダーする客は当初のもくろみほどは増えなかったと思われる。

施策:ビッグマックキャンペーン

 2番目の施策は、顧客を呼び戻すための話題作りと客単価の向上だった。

 20131月、1カ月限定で「ビッグマックキャンペーン」をスタートする。キャンペーンの目玉、「ENJOY60秒サービス」は、会計終了後から商品を渡すまでの時間を砂時計で計測し、60秒以内に商品を渡せなかった場合、ビッグマックなどのハンバーガー類と交換できる無料券を提供する、という内容だった。

 キャンペーンのねらいは三つあったと考えられる。

 第一のねらいは、ビッグマックなどの単価の高い商品の注文比率を高めて、客単価を上昇させることである。なぜなら、スマートフォンなどに割引クーポンを配信するeクーポンなどを利用し、単価の安い商品を単品でしかオーダーしないチェリーピッカー(目玉商品や値引きに反応する人たち)が増えてきていたからである。

 第二のねらいは、震災後に離れてしまった顧客を呼び戻すことである。「60秒以内にご提供できた場合も、プレミアムローストコーヒー(S)無料券をプレゼントいたします」というクーポン券配布は、その一環である。

 第三のねらいは、クルーの作業時間の短縮である。砂時計で60秒を計測し、顧客の遊び心をくすぐりつつ、クルーの作業効率を改善させるという狙いが見え隠れする。しかし、遊び心に関してはうまく機能しそうだったが、これ以上の効率化は厳しいのでは、と考えていた。

ビッグマックキャンペーンの結末

 月次データでは、どのような結果になっていたのか。

 「ENJOY60秒サービス」がスタートした20131月、客数は▲8%、客単価は▲97%、既存店売上高は152%となった。

 日本マクドナルドのCSは、2011年まで上昇していたが、2012年から徐々に低下し始めている。その理由の一つは、2010年ごろを境に、店舗運営が「超高回転経営」に切り替わったことである。顧客の数が増え、繁忙になっているところにビッグマックキャンペーンが始まり、店舗では必要なサービスに手が回らなくなってしまった。

 また、20082009年にかけて、経営の主軸が直営店からフランチャイズ(FC:小売サービス業で採用されている事業運営形態。ビジネスを計画する本部=フランチャイザーとそれを実行するFC店=フランチャイジーが役割分担する)経営に変わり、2007年に71だった直営比率は、2012年には34にまで下がった。ところが、新たにFC店に加わったフランチャイジーの経営は思わしくなく、日本マクドナルド全体でも売上高がじりじりと減少し始めた。にもかかわらず、2011年からは、米国本社へ支払うロイヤルティ(FC本部が提供する経営支援に対してFC店が支払う利用料。一般的に固定金額に加えて売上や粗利益の一定割合を支払う)が25%から30%に引き上げられたのだ。

 従業員のモチベーションは低下し、FC店の不満は高まっていた。

3 一枚のグラフの奇妙な一致

 ここで、興味深い一枚のグラフをご覧いただきたい。

 創業者・藤田田氏が経営にたずさわった最後の10年間(19932002年)と、原田泳幸氏の10年間(20042013年)の売上高推移を、並べたグラフである(図表13)。

 10年間という時を隔てた二つの時代で、経営の指揮を執った人物は異なるにもかかわらず、売上高推移の曲線は、不思議なほど一致しているのだ。

 創業者の藤田氏は、1995年以降、ディスカウント路線で顧客を集め、サテライト戦略で店舗を大幅に増やしていった。それとは対照的に原田氏は、一店舗あたりの売上を大きくしながら、店舗数を大幅に削減している。

 ところが、最終的にはどちらも、戦略転換の7年目ごろから売上高が減少し、その翌年には突然の大幅な減益に見舞われている。そして、偶然の出来事に見えるかもしれないが、それに追い打ちをかけるように、食の安心・安全に関わる異常事態に直面しているのだ(2001年はBSE問題、2014年は使用期限切れ鶏肉問題)。

 二つの時代において、二人の経営者に戦略転換を決意させた動機は何だったのか。そして戦略転換によってビジネスを大躍進させることができた理由はどこにあったのか。売上高のカーブの奇妙な一致はなぜ起こったのか。

 その答えを本書を通して探っていく。

★1 日本経済新聞社の推計によると、マクドナルドのシェアは、1994年47.71998年61.41997年比3.5増。「マクドナルドが『平日半額バーガー』」『日本経済新聞』2000219日、夕刊3面。

★2 「『客が戻らない』マック原田の反省(ルポ迫真)」『日本経済新聞』電子版、2013123日。

★3 原田泳幸(2008)『ハンバーガーの教訓』角川Oneテーマ2182頁。

★4 原田泳幸・伊藤元重(2012)『マクドナルドの経済学』PHP研究所、132頁。

シェア ツイート
第2章 マクドナルドはどう誕生し、世界最大の外食チェーンに成長したのか(1)

この作品では本文テキストのコピー機能を無効化しています

01